第四十八話 悪い虫 1
ナルとリンは、赤い砂の風船の上に立っていた
二人は、店の中にいるミナとユアンをじっと見つめている
朝からずっと、二人はミナの後を追っていた
そして、ミナがユアンと合流してから今まで、一言も言葉を発していなかった
重い沈黙だけが、風の中に漂っている
ナルの桃色の髪が、大きくなびいた
その沈黙を破るように、ナルが低く呟く
「男の子ね……」
リンも紫の髪をなびかせながら、静かに答えた
「ええ、男ですね」
ナルの目つきが鋭くなる
「だれよ、あいつ」
「知らないわ……」
「わたしに挨拶もなしに、ミナに色目使うとか」
「いい度胸じゃない」
リンは深くうなずいた
「まったくです」
「わたくしとしたことが、うかつでした」
「少し目を離しただけで、もう悪い虫がついているとは」
ナルは店の窓を見下ろしたまま、物騒なことを言い出した
「あの男とミナが離れたら、あいつを捕まえようよ」
「正直者になる薬は持ってるよね?」
「それ吸わせて、本音を聞こう」
「きっと悪い男だよ」
「だって、ミナがわたしに言えないような人なんだもん」
しかし、リンはその提案では満足しなかった
「それでは手ぬるいですね」
「え?」
「ミナが男に奪われると思うと、吐き気がします」
「記憶を消して、どこか遠くに捨ててきましょう」
ナルが少しだけ戸惑う
「それは、ちょっとやりすぎじゃないかな?」
リンははっきりと答えた
「いいえ、ミナを守るためです」
「口が上手くて、見た目だけの男に騙されているのです」
「男なんか、付き合いたては犬のように忠実なものです」
「薬で自白させても、好きだの大切だの言うだけでしょう」
「どうせ体目当てです」
「目的を達成すれば、時間とともに変質するに決まっています」
「挨拶もなしに、わたくしたちの大切なミナを連れまわすなど、万死に値します」
「ミナが傷つけられる前に、適切に排除しましょう」
ナルは少し考えた
そして、ゆっくりとうなずいた
「そうか」
「そうだね」
二人は、完全に変なモードに入っていた
こういう時、いつもならミナが止めてくれる
けれど、今はそのミナがいない
二人は本気でユアンをさらい、どこか遠くへ捨ててくるつもりだった
やがて、店からミナとユアンが出てきた
ミナはユアンの車椅子を押し、帰り道を歩き始める
二人は楽しそうに会話をしながら、満開のツバキの並木道を進んでいった
その上空を、ナルとリンが静かについていく
ナルは二人から目を離さずに言った
「あいつ、ミナを家に連れ込む気じゃないでしょうね……」
「もしそうなったら、どうする?」
リンの目つきが鋭くなる
「現行犯ですね」
「直ちに排除しましょう」
「わたくしが隙をついて、ミナの意識を奪います」
「ナルはあの悪い虫を、赤い砂で捕らえてください」
「ミナにはそうと分からないように、迅速に連れ去りましょう」
「わかった」
ミナとユアンが、ユアンの家の前まで来る
ナルとリンの緊張が一気に高まった
しかし、ミナは吊り橋の上に腰を下ろした
ユアンだけが、家の方へ帰っていく
しばらくすると、二階の部屋からピアノの音色が流れてきた
ミナは吊り橋の上で、その音色を静かに聴いている
ナルとリンは顔を見合わせた
それから、ピアノの演奏に耳を傾けるミナを見下ろす
ナルがぽつりと呟いた
「なんか……ちょっと素敵だね」
「ピュアな感じが……」
リンは即座に言った
「騙されてはいけません」
「ああやって、ミナのような世間知らずの女を虜にするのです」
ナルははっとしたように顔を上げた
「そうだよね」
「だって、わたしたちに挨拶もなしにデートしてたもんね」
「きっと、わたしたちが気づかなかったら、このままミナを盗られてたよ」
「その通りです」
「あれは盗人です」
「わたくしたちのミナを守りましょう」
「ミナは惑わされています」
「正しい判断などできません」
やがて演奏が終わり、ユアンが二階の窓から顔を出した
ミナは吊り橋から降り、ユアンに向かって手を振る
ユアンも、窓から手を振り返した
「ミナは帰ったようですね」
リンがそう言うと、ナルは小さくうなずいた
「どうする?」
「やる?」
「もう少し待ちましょう」
「大きな魔法を使えば、ミナがわたくしたちの魔力に気づいて戻ってくるかもしれません」
その時だった
ふいに、背後からミナの声がした
「とっくに気づいてますけど!」




