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赤さびの魔女  作者: うめやす.
4章_ドラゴンを狩る魔女
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第四十七話 ミナとユアン 3

二人は教会のオルガン室を出た


扉にきちんと鍵を掛けたことを確認してから、ミナが車椅子を押す


「すぐそこだよ」


ユアンが指さした先に、テラス席の並んだレストランがあった


二人は店に入り、窓際の角の席へ案内された


そこでミナは違和感に気づいた


視線を感じる


店中の客が、自分たちを見ていた


よく見ると、客は若い女性ばかりだった


まだ幼さの残る女の子が、二人の机にメニューを置いた


エプロンをつけている


どうやら店の手伝いをしているようだ


「ユアン、いらっしゃい」

「今日は女の子と一緒なの?」


その瞬間、店内に目に見えない緊張感が広がった気がした


「やあ、チル」

「僕の友達で、ミナっていうんだ」


チルはひときわ大きな声で言った


「え」

「ただの友達なんだ」

「恋人とかじゃないんだね」


店内の空気が、ほんの少しだけ和らいだ


チルはユアンの膝の上にいるムギに目を移した


「わー、かわいい」


「あ、猫を店に入れたらまずかったかな?」


「大丈夫だよ」

「この子、おとなしそうだし」


それからチルはユアンに顔を近づけ、小声で言った


「お客さんが減っちゃうから、彼女とか連れてこないでよ」

「デートは他の店でやって」


「え?」

「デートじゃないよ」

「ミナは友達なんだ」


「とにかくやめてよ」

「ユアン目当ての子がたくさんいるんだから」

「絶対にイチャイチャしたりしないでよ」

「うちのお店にとっては死活問題なんだから」


「そうなのかい?」

「ごめん、気づかなくて」


「てかさ」

「女の子に興味があったんだね」

「男の子が好きらしいって噂されてるよ」


「え……なにそれ」

「僕は違うよ」


「それと、今日もよろしくね」

「おまけするからさ」


そう言って、チルは店内の壁際に置かれた小さなピアノを見た


「うん、分かったよ」


そこまで聞いて、ミナはだいたいの事情を呑み込んだ


どうやらユアンは、演奏帰りにいつもここで食事をしている


そして、ここでもピアノを弾く


だから、ユアン目当ての女性たちが店に集まっているらしい


ユアンはメニューを手に取って開いた


「ミナは何か食べたいものはある?」


「多分、メニューを見てもよく分からないから」

「ユアンが選んでよ」


ユアンは小さくうなずいてメニューのページをめくった


「苦手なものはあるかい?」

「ここは自家製のピザが美味しいんだ」

「僕が好きなのはペスカトーレ」

「トマトベースに、イカや貝が乗ってる」

「朝からそういうのは嫌かな?」


「全然平気だよ」

「おすすめのやつで」


「分かった」

「じゃあ注文するね」


ユアンがチルに注文を伝えると、チルは厨房の方へ走っていった


自分に集まる視線を感じながら、ミナは言った


「ユアンってモテるんだね」

「わたし、すっごい睨まれてるんですけど」


「ごめん…」

「こんなことになっているとは気づいていなかったんだ」


ミナはあらためてユアンを見た


ユアンは見た目がいい


性格は優しくて、ちょっと可愛い


音楽の才能があって、演奏している時は少しかっこいい


それに……どこか放っておけない感じがする


ミナは呟くように言った


「確かに…女の子が放っておくわけないか」


「ごめんね」

「嫌な思いをさせてしまって」


「いいよ」

「わたしって図太いから、全然平気」

「モテる男と食事ができて光栄だわ」


ユアンは少し戸惑ったあと、思い切ったようにミナに聞いた


「えっと……」

「実は失礼かなって思って、聞けなかったことがあるんだ」

「ミナがよく言っている連れって、男の子じゃなかったの?」


そう聞かれて、ミナはすこし首をかしげた


「それはナルだよ」

「さっき教えたでしょ」

「わたしの友達」


「そうなんだ……」

「よかった」


ユアンはほっとしたように息を吐いた


「ミナはすごく可愛いから」

「絶対、他の男性からお誘いがあるだろうなって思ってたんだ」


そう言われて、ミナは肩をすくめた


「そんなのないよ」

「わたしも友達少ないんだから」

「普段はずっとナルと一緒だし」

「男の子と二人で食事するなんて、初めてなんだからね」


「本当に?」

「嬉しいな」

「すごく光栄だよ」


ミナは少し目をそらした


「ユアンは経験ありそうだけどね」

「なんか落ち着いてるし」

「慣れてる気がする」


慌てたようにユアンは言った


「僕だって初めてだよ」

「ミナと同じさ」

「ただ、僕には姉がいてね」

「よく一緒に食事をしていたんだ」

「だから、そう見えるのかもしれない」


すると、チルが両手で皿を持って戻ってきた


その上には、焼きたてのピザが乗っている


チルは二人のテーブルの真ん中にそれを置いた


「おまちどうさま」

「サラダと取り皿を持ってくるから、もう少し待っててね」


チルは一度厨房へ戻り、今度はサラダと取り皿を持ってきた


それをミナの前に置く


「ありがとう」


ミナが言うと、チルはにこりと笑った


「どういたしまして」


それから、チルはミナに顔を近づけて耳打ちする


「ユアンはすごくモテるけど、誰も相手にしてもらえなかったんだよ」

「おねえちゃん、すごいじゃん」

「どうやったの?」


「な、なにもしてないよ」


「あの……チル」

「ミナに変なことを言わないでよ」


ユアンが困ったように言う


けれどチルは気にせず内緒話を続けた


「お母さんが言ってた」

「ユアンみたいな男の子と付き合うと、気苦労が絶えないだろうって」

「がんばってね、おねえちゃん」


それからチルはユアンを見て言った


「ユアン」

「食べ終わったら演奏お願いね」


「うん、分かってるよ」


チルはそれだけ言うと、また厨房へ戻っていった


「ごめんね、ミナ」

「チルが変なことを言わなかったかい?」


ミナはにやりと笑った


「チルのママの意見にさんせーい」


「え……なんの話?」

「チルは君になんて言ったの?」


「女の子の内緒話を知りたがっちゃだめだよ」

「でも、ちょっと安心してさ」


「え?」

「どういうこと?」


「ユアンを好きな人が、わたしとムギと、小さい生き物だけじゃなくてよかったなって」


ユアンがミナを見つめた


一瞬、目を離せなくなったようだった


「好き……な人?」


「なに?」


ユアンは慌てたように首を振る


「あ、いや」

「そうだよね……ごめん」


ミナはいたずらっぽく笑う


「ユアンって、いつも家でピアノ弾いてるしさ」

「てっきり、無職の引きこもりなのかと思ってたわ」


「あはは、それは酷いな……」

「実は、いつも弾いているわけじゃないんだ」

「僕の仕事は楽譜作りがメインだからね」

「普段は、机でその作業をしているよ」


ユアンは少し照れたように笑った


「なんとなく……分かるんだよ」


「分かるって、何が?」


「こんなことを言うと、気味悪がられるかもしれないけど」

「ミナが近づいてくると、なんとなく分かるんだ」

「ああ、来てくれたのかなって」


「え?」


「初めてミナが近くに来た時から、そうだったんだ」

「ピアノを弾いたら、気を引けるかなと思って」


「それで、わたしが来るといつも弾いてたのね」


「そういうこと」

「こういうのって、ミナは信じてくれる?」


「信じるよ」

「だって、わたしも分かるもん」


ミナは当然のように言った


「ナルやリンなんて、結構距離が離れててもどこにいるか分かるし」


「そうなんだ」

「ミナにも同じような体験があるんだね」


「それに、ユアンだって分かるよ」

「かなり近づかないと分からないけど」


「僕も分かるの?」

「それは嬉しいな」

「それじゃ、ミナには他の人が遠くから分かるの?」


「魔力がある人ならね」

「だから、ユアンにも魔力があるんだと思うよ」

「ナルやリンと比べたら小さくて、分かりづらいけどね」


「僕にも魔力が……」

「考えたこともなかったな」

「でも、ひょっとしたら、そのおかげで僕はミナと出会えたのかな」


「それは違うかな、最初はピアノの音に誘われたのよ」

「そうじゃなきゃ、吊り橋にも行かなかっただろうし」


ユアンはピザホイールを手に取り、ピザを切り始めた


それから、少し目を伏せる


「そうか」

「魔力で分かるんだね」


ユアンの声が、ほんの少しだけ小さくなった


「少しだけ、残念だな」


「ん?」


「君が近づいてくるのが分かる…」

「それって…僕とミナが特別だからなんじゃないかって」

「ちょっとだけ、期待してたから」


それからユアンは、困ったように笑った


「地道にがんばるよ」


ミナは意味が分からず、首をかしげた


「がんばりなよ」

「それより、早く食べようよ、冷めちゃうよ」


「うん」

「いただきます」


二人はペスカトーレのピザを口に運んだ


甘酸っぱいトマトと、魚介のうまみが広がる


ナル以外の友達と、初めての二人だけの食事


なんだか、いつもと違う味がする気がした


食事が終わると、ユアンは店の小さなピアノの前へ移動した


さっきチルに頼まれていた演奏だ


いつもこうして食事の後にピアノを弾く


そうすると、チルは代金を半額にしてくれるらしい


店にいる女性たちは、うっとりとした顔でユアンを見つめていた


ミナはそんな女性たちを見てから、ユアンへ視線を移した


演奏するユアンは、確かにかっこいい


普段の、柔らかくてどこか頼りないユアンとは違う


そのギャップが、少し色っぽい雰囲気にさえ感じた


「なるほどね」

「そりゃ、ファンができるよね」


ミナは頬杖をつき、ユアンの演奏に耳を傾けていた


そんなミナを見下ろすように


空に二つの影が浮かんでいる


ナルとリンだった


二人は赤い砂を風船のように膨らませ、その上に立っている


言葉はなかった


ただ沈黙のまま、朝からずっとミナの後を追っていた


そして今も、店の中にいるミナとユアンを


じっと見つめていた




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