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赤さびの魔女  作者: うめやす.
4章_ドラゴンを狩る魔女
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第四十七話 ミナとユアン 1

朝早く、ミナは鼻歌を歌いながら身支度をしていた


いつもより丁寧に髪を整え、鏡をのぞき込む


指先で頬を押さえ、薄く塗った口紅を確かめる


そこへ、ナルが目をこすりながら部屋から出てきた


「おはよー、ナル」


「あれ、おはよー、ミナ」


ナルはぼんやりした顔でミナを見たあと、首をかしげた


「どこか出かけるの?」

「今日は修行お休みだから、一緒に遊びに行こうと思ってたのに」


「ちょっと用があってさ」

「今日はダメなの、ごめんね」


「ふーん」


ナルはミナの顔をじっと見た


きれいにファンデーションが塗られている


薄く口紅も引かれている


そして、髪もいつもより念入りに整えられていた


「ミナが化粧するなんて、珍しいね」


「たまにはやらないと、やり方を忘れちゃうからさ」


「ふーん」


ナルはそう言いながら、横で顔を洗い始めた


ミナは最後に前髪を指で整えると、ナルの肩をぽんと叩いた


「じゃ、行ってきまーす」


「いってらっしゃい」


ミナが廊下へ出ると、リンが部屋でお茶を入れていた


紅茶のいい香りが広がっている


「あら、おはよう、ミナ」

「もうすぐ朝食ができますよ」

「あなたもお茶を……」


リンはそこで言葉を止めた


ミナの身なりを見たからだ


「出かけるのですか?」


「うん、ちょっとね」

「ごめん、朝ごはん今日はいらないや」

「いってきまーす」


「いってらっしゃい」


ミナは少し急ぐように部屋を出ていった


すると、ナルが歯ブラシをくわえたまま、ミナを追うように顔を出した


「怪しくない?」


リンは即座に答えた


「怪しいですね」


ミナは組合を出て、街へ歩き出した


今日はユアンと約束があった


ユアンは毎週の休日に教会へ行く


教会には大きなパイプオルガンがあり、そこで演奏をしているらしい


その演奏を聴きに来てほしいと、ユアンに誘われたのだ


ミナは少し浮かれていた


演奏が楽しみなのもある


けれど、それ以上に、今日はユアンと間近で会える


これまで二人は、ミナは吊り橋、ユアンは二階の窓から話をしていた


でも今日は違う

最近できた友達と、ちゃんと同じ場所にいられる


それだけのことが、なんだか特別に思えた


やがて吊り橋の近くまで来ると、小さくピアノの音が聞こえてきた


ミナが好きな、あの曲だった


ユアンが、今日も弾いてくれている


自分に向けて弾いてくれているのだと分かる


ミナの足取りは少しだけ軽くなった


吊り橋に着くと、ミナはいつもの場所に腰を下ろした


すると、ピアノの音が止まる


いつもの窓から、ユアンが顔を出した


「おはよう、ミナ」


「おはよう、ユアン」


「すぐに下へ降りるね」

「でも少し時間がかかるんだ」

「座って待っていてくれるかい?」


「うん、ここにいるよ」


ユアンは窓から顔を引っ込めた


いつのまにか隣にムギが座っていた


また勝手に……


ミナはそう思ったが、何も言わなかった


ムギは当然のようにそこに座り、しっぽをゆっくり揺らしている


しばらく待っても、ユアンはなかなか出てこなかった


ミナが少しだけ不安になったころ


ようやくユアンが現れた


「おまたせ、ミナ」


声に振り向いたミナは、そこで初めてユアンを間近で見た


少し痩せた体


青空のような青い瞳


肩まで伸びた、さらさらとした明るい茶色の髪


いつもと同じ、柔らかい笑顔


そして、車椅子に座っていた


ユアンを見ると、ムギはすぐに彼の膝の上へ飛び乗った


そのまま体を丸めて、眠り始めてしまう


ユアンはムギを優しく撫でた


それから、少しうつむく


「がっかり……させちゃったかな」


ミナはすぐに首を横に振った


「そんなことないよ」

「足が悪かったの?」


「うん」

「生まれつき、こうなんだ」


ユアンはそう言って、ミナの顔を見た


けれど、すぐに息をのむように目を止める


ミナの顔を吸い込まれるように眺めてから


慌てて視線をそらした


それに気づいて、ミナは少し笑った


「がっかり……させちゃった?」


ユアンはすぐに顔を上げた


「違うよ」

「こんなに綺麗だとは思わなくて」

「あんまり見たら、失礼かなって思ったんだ」


「失礼なんかじゃないよ」

「好きなだけ見ていいから」


「あ、ありがとう」


「ありがとうって、なんか変だね」


「はは、確かに」


ミナは吊り橋から降りると、ユアンの車椅子の後ろに回った


「いこっか」

「車椅子、押してもいい?」


「うん、ありがとう」

「教会は水路沿いをまっすぐ行ったところにあるんだ」


車椅子は木製で、ところどころを金属の金具で留めてあった


車輪が回るたび、からからと小さな音が鳴る


ミナはその音を聞きながら、ユアンの車椅子を押して水路沿いを歩いた


道端には、ツバキが並ぶように植えられている


どれも満開だった

赤く咲いた花と濃い緑の葉が、朝の光を受けて静かに輝いていた


「綺麗だね」


ミナが言うと、ユアンは嬉しそうにうなずいた


「僕はこのツバキの花が一番好きなんだ」

「だから、あそこに住んでいるんだよ」

「本当はこんな体だから、一階の部屋がよかったんだけど」

「借りられる部屋がなくてさ」


「ふーん」

「どうしてツバキが一番好きなの?」


「縁起が悪いっていう人もいるけどね」

「綺麗に咲いて、綺麗に落ちて、そしてまた来年、綺麗に咲く」

「僕はそれが、美しいことだと思うんだ」


「ユアンは変わらない、綺麗なものが好きなんだ」


「うん」

「きっと、そうなんだと思う」

「音楽をやっているのも、多分同じ理由なんだ」

「一度生まれた音楽は、ずっと美しいままだから」


ユアンは少し照れたように笑った


「実は、ミナとムギが気に入ってくれたあの曲」

「僕が作った曲なんだ」


「え、そうなの?」


「うん」

「あの曲は好評でさ」

「あの家で弾いていると、たくさんの小さなお客さんが来るんだ」


「小さなお客さん?」


「そう」

「小さい生き物たちさ」

「僕がピアノを弾くと、集まってくる」


ミナはそのことを知っていた


ユアンがピアノを弾くと、周りには小さな生き物たちの気配が集まってくる


「ユアンのピアノには、不思議な力があるのかもね」

「わたしも、そのお客さんの一人だもん」


「うん」

「ミナが来てくれたのが、なにより嬉しいよ」


ユアンは少し間を空けた


「実を言うとさ」

「僕は人が苦手なんだ」

「なんだか怖くて、どうしても距離を取りたくなる」

「でも、ミナだけは違ったんだ」


ミナは少しだけ目を細めた


それは、わたしが本当は人じゃないからかもね


ミナはそう思ったのだ


けれど、言葉にはしなかった


「ユアンは、あの部屋でずっとピアノを弾いてるの?」


「家にいることは多いけど、きちんと仕事もしているよ」

「今日、教会で演奏するのも、実は仕事なんだ」

「教会から演奏や作曲、写譜の仕事をもらっているんだよ」


やがて、道の先に白い大きな教会が見えてきた


周辺は広場になっていて、食べ物を売る出店が並んでいる


広場には大勢の人がいて、教会へ次々と入っていった


「大きい教会だね」

「あそこで演奏するの?」


「うん」

「毎週のミサで、僕が演奏しているんだ」

「前にピアノのコンクールに出たことがあってね」

「そこで大司教様が僕の演奏を聴いて、気に入ってくれた」

「おかげで、僕は一人で生活ができているってわけ」


それから、ユアンはミナを見上げた


「よければ、ミナのことも教えてよ」

「普段は何をしているの?」


「わたし、魔法使いなのよ」

「リンって名前の、紫髪の性悪女がわたしの師匠」

「今は修行中……てことかな」


「すごいな」

「ミナは魔法が使えるんだね」

「修行中ってことは、いつか独り立ちするのかい?」

「ミナは、どんな魔法使いになるの?」


「んー……」

「とくにはないんだよね」

「イメージもできないよ」

「多分、ずっとナルの近くにいるだけかもね」


「ナル?」


「ああ、わたしの友達」

「姉妹弟子なのよ」

「ナルは、最近やりたいことが見えてきているみたいだしさ」

「わたしは、それをずっと手伝ってるんじゃないかな」


「そうなんだね」


ユアンは教会の裏手を指さした


「あ、僕らは裏の入口から入るから、あっちだよ」




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