第四十五話 ミナの身近な魔法 1
三人はお風呂から出てきた
ナルが上機嫌で、髪をタオルで拭いている
「はー、さっぱりした!」
「気持ちよかったね!」
「やっぱ牢屋とか懲り懲りだよ」
「体を拭くだけの生活には戻れないね~」
二人はしばらく、ナルがミナを洗う、洗わないで揉めていたが、リンの仲裁で二人ともリンの水の魔法で洗ってもらい、仲直りした
「二人とも、髪を乾かしますよ」
そう言って、リンは髪の乾燥用の暖房機を動かした
壁から出た管から暖かい空気が吹き出し、二人に当たる
「これ便利だよね~」
「すぐに髪の毛乾くし」
「うん」
「私なんて髪が長いから、自然に乾かしたら一日かかっちゃうよ」
「そういえばナルって、ずっと髪伸ばしてるよね」
「切った方が楽じゃない?」
「まあね」
「でも切りたくないのよね」
「なんでよ」
「なんでもいいでしょ」
「ミナも髪伸ばしてみたら?」
「きっと似合うよ」
「それは無理」
「制御不能になっちゃう」
「今がギリギリなのよ、わたしのくせ毛は手ごわいの」
「そっか…大変だね」
リンが二人に言った
「髪が乾いたら、しっかりと肌の保湿をするんですよ」
「乾燥が一番の大敵ですからね」
二人は声を合わせた
「はーい、恩師様」
三人は服を着て、リンの部屋に戻ってきた
ナルが言った
「リン、今日はわたしたちがご飯作ってあげるからね」
「あら、それは楽しみですね」
「そういえば、誰かの手料理を食べられるなんて何年ぶりでしょうか」
「わたくしは幸せものですね」
「リンは座って待っててね」
そう言って、ナルはリンの肩を持ち、椅子に座らせた
ナルがキッチンに意気揚々と入る
「よし!」
「やるよ! ミナ!」
「え?」
「本気で料理する気なの?」
「わたしたちが作ったら毒しかできないじゃん」
「考えがあるの」
「わたしが悪食でキッチンを覆うから」
「その中でミナが作ればいいのよ」
「なにそれ」
「わたしが作るの?」
「だってわたしの魔力は悪食じゃ消えないもん」
「魔力が当たるから味が変わっちゃうんでしょ?」
「つまり悪食の中なら、ミナの魔力は消えちゃうから」
「料理しても味が変わらないってわけよ」
「なるほどー」
「って、嫌よ」
「わたしやらないわよ」
「なんでよ」
「悪食の中に入りたくない」
「トラウマなのよ」
「なによそれー」
「大丈夫よ、襲ったりしないから」
「そういう問題じゃないの!」
「嫌だからね」
その時、リンの鼻歌が聞こえてきた
テーブルの水差しからコップに水を注ぎながら、リンは嬉しそうにしている
「見なさいよ!」
「リン、期待しちゃってるじゃん」
「あんたが作るとか言うからでしょ!」
「どうすんのよ」
「多分、リンは自分以外の手料理食べるの何十年ぶりだよ」
「孤独に慣れた中年女に、気軽に甘い言葉掛けちゃダメでしょ」
「いまさら作れないなんて言えないよ」
「やるしかないでしょ」
「手伝ってよ」
「もう…しょうがないな…」
すると、キッチンが紫の光に包まれた
ミナはしばらく嫌そうにそれを眺めてから、おそるおそる足を踏み入れた
ナルもすぐにキッチンに入る
「あんまり近づかないでよね」
「色々思い出すのよ」
「キッチンなんか狭いんだから仕方がないでしょ」
「我慢してよ」
「それで、なにを作る?」
「目玉焼きの作り方なら知ってるよ」
「じゃ、それだね」
「ってか、わたしたちが作れる料理ってそれしかなくない?」
「わたしが触ると鉄臭い砂味になっちゃうから見てるね」
「がんばれ、ミナ!」
「もう、言い出しっぺのくせに」
そう言って、ミナはキッチンにある冷蔵庫を見た
いつもリンはここから食材を取っている
どうやら魔法で中は冷たくなっているらしい
ミナは冷蔵庫の扉を開けた
すると、そこには様々な食材が入っていた
肉、野菜、牛乳、色々な穀物らしきもの
そして卵もある
「うわー、すごいよ」
「ナルも見てよ」
ナルも覗き込むように冷蔵庫の中を見た
「すごい」
「色々あるね」
「うん」
「でも、こんなのどうしたらいいか分からないよ」
そこで、ナルが何かを見つけた
「あ、ベーコンがあるよ」
「これなら焼けばいいんじゃない?」
「ほんとだ」
「それならできそうだよね」
「目玉焼きだけってのも寂しいし」
そう言って、ミナはベーコンの塊と卵を六個、料理台の上に置いた
「野菜とかいるよね」
「ないとリンのことだから、なにか言いそうじゃない?」
「うん」
「あった方がいいよ」
するとナルが喉を整えるように咳払いをしてから
リンの声真似をして言った
「そんなものばかり食べていたら、あっという間にわたくしより老けてしまいますよ」
ミナは手を叩いて笑った
「似てるじゃん! ナル」
「そっくりだよ」
「言いそう言いそう」
「なんにしても野菜がいるよね」
二人は野菜を物色する
冷蔵庫には色々な野菜が入っていた
ナルはレタスを指さした
「レタスって、ちぎればいいんだからできそうじゃない?」
「うん、そうだよね」
「彩り的なのが欲しくない?」
「人参とか」
「人参ってどうやって料理するの?」
「切って焼けばいいんじゃない?」
「そうだよね」
「それに生でも食べられるんだし、きっと大丈夫だよね」
そう言って、ミナはレタスと人参を手に取る
「これ以上は無理よ」
「手に負えないわ」
「だよね」
そう言って、冷蔵庫は閉められた
ミナはまず、卵を割ることにした
ボールをキッチン台に置き、身構える
ナルと目を見合わせてから言った
「いくよ」
卵をキッチン台にぶつけてから開き、ボールへ中身を落とす
つるんと綺麗に卵がボールに落ちた
それを見て、二人が顔を見合わせて笑顔になる
「いけそうじゃん!」
「わたしたち、実は料理上手なんじゃない?」
「ナルはなにもしてないじゃん」
そんなやり取りをしながら、もう一度ミナは卵を割ってボールに入れた
すると今度は、卵の黄身が割れて崩れてしまった
二人はまた顔を見合わせて、悲しい顔になった
六つの卵をすべて割って、成功したのは最初の一つだけ
他は黄身が崩れてしまった
「やっぱりミナじゃ無理なのかな?」
「悪い時だけわたしのせいにしないでよ」
「だって、わたしはできないんだから仕方がないでしょ」
「ナルは料理ができるようになる修行をやりなよ」
「前にリンが言ってたじゃん」
「やだよ」
「氷水に入って、魔力が漏れない感覚を感じ取れ、みたいなやつでしょ?」
「リンはさらっと言ってたけど、多分すごく大変だよ」
「そんなの簡単に感じ取れるわけないよ」
「だから買ってきたもので良かったのよ」
「どうしよう」
「黄身が崩れた卵焼きでも大丈夫かな?」
またナルは、リンの声真似をして言った
「なんですかこれは」
「生活が乱れているから料理も乱れるのです」
「ちゃんとしなさい」
ミナはナルの声真似がお気に入りだった
手を叩いて喜ぶ
「きゃはは」
「言いそう言いそう」
「ねえねえ、その声真似でなにか話してよ」
「あ! そうだ」
「テーマはお見合いで自己紹介するリン」
「えー、なにそれ」
「そんなの分かんないよ」
「おねがーい」
「聞いてみたいの」
少し腕を組んで、ナルは考えた
そしてまた、リンの声真似をして言った
「わたくしは魔法庁長官、リン・セピアです」
「わたくしの自慢は若作りと、無駄に大きな胸」
「もしも一緒に住むのなら、わたくしのルールに従ってもらいます」
「あなたの寝る場所は床」
「毎朝わたくしが踏みつけてあげますから、喜んでくださいね」
ミナがお腹を抱えて笑う
「言いそう言いそう」
「リンって男を踏むの好きそうだもんね」
「あんなキモイ像を部屋に飾ってるくらいなんだから」
「てか、あの像どこで手に入れたのよ」
「まさか特注で作ったのかな?」
その時、ナルがまたリンの声真似をして言った
「男を踏みつけている女の像を作ってください」
「わたくしの部屋に飾ります」
ミナが大きく噴き出した
笑いのつぼにはまったようで、笑いが収まらない
その時、リンの声がキッチンに響いた
「楽しそうですね」
ミナとナルが、ぴたりと像のように固まった
リンはキッチンの入口に、仁王立ちのように立っていた




