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1-6 檻

翌朝、鍋を叩く耳障りな音でナルは目を覚ました


まだ暗いうちから岩山を走らされ、その後も筋トレが延々と続く


後ろでは、馬に乗ったリンが鼻歌交じりについてきていた


「はい、いっちに、いっちに」


励ましているふりをして、明らかに楽しんでいる


ナルは拳を握りしめたまま、黙って走り続けた


訓練が終わるころには、腕も足も震えていた


それでも今日は、いつもとは違う


ナルはここ数日、リンに見つからないよう、手頃な大きさの石をいくつか集めていた


今日、それを使うつもりだった


最後の筋トレを終え、ナルがどうにか立っていると、リンは穏やかな声で言った


「ナルも少しは、たくましくなってきましたね」


ナルはリンを睨み返す


「だったら、もう帰してよ」


「いいですよ」

「わたくしを倒せたらね」


リンはさらりと言った


ナルは小さく舌打ちする


これまでにも、二度逃げようとした


一度目は、走って逃げた


だが、すぐに馬で追いついたリンに、ムチで追い立てられるように連れ戻された


二度目は、正面からリンへ襲いかかった


けれど、一瞬で組み伏せられた


力任せでは勝てない


だから今日は、別のやり方を選ぶ


リンがナルに背を向け、建物へ戻ろうとした


その瞬間、ナルはポケットから石をつかみ出し、全力で投げつけた


鈍い音とともに、石がリンの背中を打つ


「っ――」


リンの体が崩れ、片膝をついた


ナルは迷わず飛びかかる


手に残していた石を振り上げ、何度も叩きつけた


息が乱れ、腕が痛む


それでも、自由になるために止めなかった


やがてリンが動かなくなると、ナルは石を放り捨て、弾かれたように駆け出した


「やったああーーーーー!」


やっと自由になれる


ナルは下山の道を逃げるように走り、その実感を噛みしめた


けれど、走り続けるうちに、胸の奥から別の感情がじわじわと湧き上がってきた


帰って……どうしよう


リンを後ろから襲って、あんなに殴っちゃった


わたし、もうどこにも居場所がないよね


ギルドにも戻れない……


リンは魔法省の長官でもある


ただで済むはずがない


「なんで、こんなことになるんだろう……」


ナルは息を切らしながら、小さくつぶやいた


「わたしはただ……平和に暮らしたかっただけなのに……」


けれど、その言葉はむなしく胸へ返ってくる


ううん……


そうやって何も選ばず、逃げていたから、こうなったのかな


自分の気持ちに正直になって


欲しいものは欲しいって言えていたら……


ミナに遠慮せず


ソラ君に、ちゃんと気持ちを伝えていたら


振られても


嫌われても


その方が、まだよかったのかもしれない


「ばかだなぁ……」

「気づくの、遅いよ……」


そのとき、ナルの行く手に一人の人影が現れた


ナルは足を止め、反射的に身構える


「だれ!?」


人影は何も答えず、ゆっくりと近づいてくる


やがて、その顔がはっきりと見えた


「ソラ君……?」

「なんで、こんなところにいるの?」

「ミナは?」


ソラは何も答えない


ただ静かに、ナルとの距離を縮めていく


「ソラ君?」

「どうしたの?」

「なんで返事しないの?」


返事の代わりに、ソラはナルをそっと抱きしめた


「あ……」


ナルは目を見開いたまま、そのぬくもりへ身を預けた


ソラはナルを見つめ、ゆっくりと顔を近づけてくる


何をしようとしているのか、ナルにも分かった


ナルは静かに目を閉じる


その瞬間、胸元に何かが押しつけられた


ん……?


次の瞬間、盛大に鼻をかむ音が響いた


「な、なに!?」


ナルが目を開けると、白い天井が見えた


胸元では、ミナが顔を押しつけたまま、ずびずびと鼻を鳴らしている


ナルの顔が一瞬で引きつった


「あんた、なにしてんの?」


ミナは顔を上げ、くせっ毛の茶髪をかき上げた


「おかえしに決まってんじゃん」


ナルはあたりを見回した


そこは、見覚えのある組合の医務室だった


ベッドの横にはリンが座っている


目が合うと、リンは何事もなかったように微笑んだ


「おかえりなさい」

「これ、どういうこと?」

「夢の中で修行をしてもらったのです」


「夢?」

「あれが?」


「現実では、あなたはここで数日間眠っていました」


「数日間も?」


その瞬間、ナルはリンから渡された飲み物を思い出した


あれを飲んだ直後に意識が遠のき、記憶が途切れている


ナルはリンを睨んだ


「……わたしに、なにか飲ませたわね」


リンは穏やかな口調で答える


「ナル、あなたは欲を出すことを嫌い、気持ちが優しすぎる」

「その優しさは、あなたの長所です」

「ですが、何かを選び取るために、何かを切り捨てなければならない時もある」

「優しいだけでは、その決断はできません」

「それを知ってほしかったのです」


リンは、わずかに目を細めた


「つらい思いをさせましたから、最後に少しだけ……ご褒美を与えたかったのですが」


「ご褒美?」


そこまで聞いて、ナルは夢の中でソラが顔を近づけてきた意味を理解した


そして、ゆっくりとミナへ顔を向ける


ミナは目を閉じ、これ見よがしに唇を尖らせてみせた


「あんた! 決着つけてやるわよ!」


ナルはベッドから飛び降りた


同時に、周囲へ赤い針が現れる


「お互いさまじゃん!」


ミナはすぐに走って逃げ出した


ナルはその背中へ、容赦なく赤い針を放つ


医務室のベッドが弾け、石造りの床と天井が砕け散った


「危ないでしょ! 死んだらどうするの!?」


「あんたは生き返れるんだから、いいじゃない!」


「いいわけないでしょ!」


崩れていく医務室を前にしても、リンは二人を止めようとはしなかった


むしろ、どこか満足そうにその姿を見守っていた






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