第四十話 わたし達の作る未来 1
リンは丁寧に淡々と話し始めた
「わたくし達の国の南東に、ヴァルドリアという大きな国があります」
「そして我が国とヴァルドリアの南西には、広大で温暖な地域が広がっています」
「そこでは、強力なドラゴンたちが、それぞれ縄張りを持って暮らしています」
「人の作る国とは違いますが、その地を侵す者にドラゴンは報復を行うため、人は近づけないのです」
「ヴァルドリアは、その縄張りを持つドラゴンの一匹と契約しました」
「そして、豊かな土地を借り受けることで巨大化した国です」
「ただし、その見返りとして、契約したドラゴンに従う立場にあります」
「つまり、ヴァルドリアはドラゴンと共に繁栄している国です」
「一方で、我が国はドラゴンを魔力源にしています」
「この違いが、今回の問題の根にあります」
「わたしたちの国の冬は厳しい」
「魔力がなければ、貧しい者から犠牲になるでしょう」
「ヴァルドリアは我が国に対し、ドラゴンへの虐待をやめるよう要求しています」
「リック王はその要求をはっきりと拒絶しました」
ミナが呟くように言った
「なによそれ……」
ナルは表情も変えずに話を聞いていた
リンは二人の反応を確かめるように
一度だけ言葉を切った
「確認しておきたいことは一つだけです」
「戦えばあなた達は、大量虐殺の兵器となる」
「あなた達の手を血で汚すなんてことはさせません」
「わたくしには力も金も、国外逃亡のつてもある」
「いつだって逃がしてあげることができます」
「少人数なら、あなた達が望む人も連れていけるでしょう」
「そのつもりで、いてくれますか?」
二人は黙っていた
部屋の空気が、重く沈む
ナルが先に口を開く
「それって……他のみんなはどうなるの?」
リンは答えなかった
「リンは……どうするの?」
「わたくしは残ります」
「安心してください、わたくしは負けませんよ」
「なにもかも終わったら、迎えをよこします」
ミナが口をはさむ
「わたしに負けてるよね」
リンは小さく笑う
「それは言いっこなしにしてください」
「ミナ以外に負けたりしませんよ」
リンの言葉が強がりであることが
二人には分かっていた
もしも、本当に勝てるなら
自分たちを逃がそうとはしないはずだからだ
ナルは、膝の上で握った手を見つめる
その手が
誰かの血で赤く染まるところを想像した
それから……旧市街の寒い夜を思い出した
ナルはゆっくりと話し始めた
「わたし、たくさんの人たちと関わってきたよ」
「旧市街の人たちもそうだし」
「ソラの仕事を手伝っていた時もそう」
「組合に来てからも、職員の人たちや、城で会った人たちを見てきた」
「みんな、毎日を頑張って生きてるんだよ」
「そんな人たちを、見捨てて逃げられないよ」
「わたしって旧市街にいたじゃない? だから暖房機とか……昔は無かったの」
「でも、魔力管から来る魔力で、お湯を沸かすことはできたから、冬は湯たんぽを抱きしめるようにして寝てた」
「きっと、魔力がなかったら……凍えて……死んでたんだと思う」
「わたしが魔法でたくさんの人を殺すなんて……想像できないけど」
「そうしないと、みんなが大変なことになっちゃうんでしょ?」
「だったら、わたしも戦うよ」
リンは悲しそうにナルを見た
「ナル……」
ミナがいつもの調子で軽く言った
「私は別にどっちでもいいし、ナルと一緒にいるよ」
「それに、弱っちいリンにだけ任せ切りなんてできるわけないでしょ」
「わたし達の帰る家がなくなっちゃうじゃん」
「ようするにさ、冬が越せればいいんでしょ?」
リンは少し戸惑うように答えた
「まぁ、そういうことですが」
ミナは少し考えるように首をかしげた
「それってこの町だけでいいの? 他の町は?」
「我が国の人口の8割はこの町で暮らしています」
「それ以外は他の国と同じ暮らしです、魔力に依存はしていません」
「ただし、それが出来るのは少ない資源を全て地方に振り分け、この町は魔力で保っているからです」
ミナは納得したように、小さくうなずいた
「ふーん、じゃ、この町さえ暖かければいいんでしょ?」
リンはミナの意図を測りかねていた
「そうなりますが……」
ミナはひょいっと立ち上がる
そしてその肩にムギが飛び乗った
それから窓を開けてテラスに出る
リンとナルは顔を見合わせてから
ミナを追ってテラスに出た
ミナは肩の上のムギをちらりと見た
「ムギの魔法ってさ、火というより、熱の魔法なんだよね」
「まぁ、火の魔法と同じことと言えば……同じなんだけど」
「わたしとムギなら、こんなこともできるわけ!」
ミナは光の弓をつがえた
そして、その矢先にムギが息を吹きかける
矢の光から熱気が流れてきた
ミナは弓を真上に構えて、そのまま矢を放った
空高く昇っていく矢をナルとリンが目で追う
そして上空で爆発するように光が広がった
暖かい光が一瞬で二人に届く
リンは目を見開き、ミナが作った光の球を見る
光はその場に留まり太陽のように輝いていた
「暖かい……」
ナルは空を見上げたまま声を上げる
「なにあれ! すごいじゃん! ミナ」
ミナは得意そうに胸を張った
「えへへ~、これならドラゴンの魔力が無くても、誰も死なないんじゃない?」
リンは光の球を見つめたまま言った
「すばらしい……これなら魔力に頼るのはわずかで済みます」
「ですが、これほどの規模の魔法となれば、維持ができないのでは?」
ミナは軽く手を振った
「全然平気だよ~。こんなのいくら出しても私の魔力は減らないから」
「1年中出しっぱなしでも余裕、余裕~」
「次にリンと喧嘩になったら、霧を一瞬で消してやって、驚いた顔が見たかったんだけどさ」
「思わぬところで役に立ったよ」
リンは感心したように息を吐いた
「さすが化け物ですね」
ナルも素直にうなずいた
「うん、化け物だね」
二人の顔を何度も見てからミナが言った
「ひどい! やっぱり化け物だと思ってるんだ」
リンはまだ、空に浮かぶ光の球を見上げていた
長い間、考え続けてきた
誰の手も汚さずに、この国の冬を皆で越す方法を
けれど、どれも遠く、どれも実現できていない
半ば諦めのなか、日々を過ごしてきた
それをミナは
まるで思いつきみたいに、その答えを空へ放ってみせた
リンの胸の奥で
張りつめていたものが、ふっとほどけた気がした
化け物と言われて膨れた顔のミナに
ナルが声を掛けて肩に手を置いた
「いい意味の方だってば」
ミナが反論する
「いい意味の化け物ってなによ!?そんなのないわよ」
そんな二人のやり取りを見ていると
リンは深刻に考えていた自分がおかしくなった
思わずリンは笑い出す
自分を含め大人達が、難しい顔をして仕方がないと諦めていた
そんなものはどこ吹く風とばかりに
軽口を叩いている二人をみていると
なぜか笑いが止まらなくなった
「なんだか、わたくし達がバカみたいですね」
リンの笑いは止まらず、お腹を抱えて笑い出した
そんなリンを見て、ナルも嬉しそうに言った
「これなら戦争とかしなくてすむのかな!?」
ナルの質問にリンは答えようとしたが笑いが止まらなかった
少しのあいだ、リンの笑い声が続く
二人は珍しいものを見るようにリンを眺めていた
ミナがナルに耳打ちした
「ね、見て? リン目元」
ナルも小声で返す
「うん、見たよ。小じわが出てるよね」
ミナはさらに声をひそめた
「やっぱリンもおばさんだったんだよ」
ナルもうなずく
「うん、普段綺麗だから余計にそう感じるよね」
ミナがぼそっと続ける
「若作りしてるんだよ」
ナルはしみじみと言った
「がんばってるんだね」
今回のミナとナルの内緒話は成功したようだった
リンに特に反応はない
やがて、リンの笑いが落ち着いた
リンは息を整えるようにして言った
「わたくしがリック王を説得しましょう」
「ドラゴンへの依存を段階的に減らすと約束すれば、争う必要などないはずです」




