第三十六話 過去の足音 2
しばらく考えてから
リンは自分のベッドから枕を取り出し、ガラスを払って落とした
すると、リンの部屋の扉が勢いよく開いた
「リン!」
飛び込んできたミナは
耳の長いウサギの寝帽子をかぶっていた
寝起きの顔のまま
割れた窓とリンを交互に見る
リンは何事もなかったように言った
「ミナ、どうしましたか」
ミナはまずリンの顔を見た
怪我はなさそうだった
それから床に散らばったガラスを見る
「どうもこうも、凄い音がしたでしょ!?」
「なにこれ!? ガラス割れてるじゃん」
リンの口元が少し緩んだ
「魔法の実験に失敗してしまいまして、部屋がこの通りなのです」
「お騒がせして、すみませんでした」
「実験……そうなの? 怪我はない?」
「はい。ただ、今晩寝るところが無くなってしまいました」
「仕方がないので廊下で寝ようと思います」
「え? そんなところで寝ることないでしょ」
「私の部屋に来なよ、ソファーもあるし」
「いいのですか?」
「いいよ、廊下で寝られる方が気になっちゃうよ」
リンは、わざとらしく考えるふりをした
「それは、ミナを襲っちゃってもいいって意味ですか?」
「そんなわけないでしょ! あんたそっちの趣味なの!?」
「いいえ、わたくしは違いますよ。安心してください」
「ミナは可愛いですね」
「もう、早く寝ようよ。遅いんだからさ」
二人は廊下に戻り歩き出した
「ナルは起きてこなかったのですか?」
「うん、寝てるみたい」
「あんなに凄い音がしたのに、ある意味凄いよね」
ミナの部屋に、二人は入った
ミナはソファーに腰を下ろして言った
「リンがベッド使っていいよ」
「私はソファーで寝るから」
リンは少し意外そうにミナを見る
「いいのですか?」
ミナは眠そうにあくびをしながら言った
「私の方が若いからね」
「老体に無理させられないでしょ」
リンは眉を上げた
「まぁ、失礼ですね」
「ですが今回は見逃しましょう」
二人は横になり、部屋の明かりを落とした
静かな沈黙が広がる
しばらく、布の擦れる小さな音だけが聞こえていた
ふいにミナが声を掛けた
「リン、起きてる?」
「はい」
ミナは毛布の中で、少しだけ身じろぎした
「わたしさ、ずっと気になってることがあるんだよね」
「聞かない方がいいのかなって話なんだけど」
「なにか確かめたいことがあるんですか?」
「うん」
リンは黙ってミナの言葉を待っているようだった
「ナルの親を、リンは知ってるんでしょ?」
「知っているというよりも、調べました」
「そうなんだ」
また少し間があってからミナは続けた
「あのさ、わたしたちの髪を切ると……凄く危ないんだよね」
「切った人が手を失うかもしれないくらいに」
ミナはそれ以上なにも言わなかった
リンはゆっくりと閉じていた目を開いた
ミナがなにを聞きたいのか
リンには分かっていた
しばらく、答えなかった
全ては語らなかった
けれど、嘘もつかなかった
「父の膝の上に座り、母が髪を切りました」
ミナは毛布を抱きしめるようにして丸まった
「もう……いいよ……」
ミナは尋ねたことを後悔した
知らない方がよいこともある
真実は必要ない
優しい嘘を信じさせる
それがいいことだと……ミナは思った
二人が寝静まった頃
ミナの部屋の窓の外に
赤い砂が静かに浮いていた
少し開いた窓の横で
ナルは足を抱えて泣いていた
ナルは、飴玉を手に入れようとして外に出ていた
前にリンに撃ち落とされた飴玉が
まだ下に落ちているかもしれない
そう思って、赤い砂で体を支え
窓の外まで出ていたのだ
けれど、そこで聞いてしまった
マリーとの会話も
ミナとの会話も
全部、見てしまった
全部、聞いてしまった
ナルは足を抱えたまま
声を殺して泣いていた
全てが寝静まって、静かに世界が明るくなるまで
ずっと、ずっと、泣いていた




