4-10 堕落した魔女
リンは振り返らないまま答えた
「今となっては嘘なのです」
「わたくしも、あなたと同じ堕落した魔女なのですから」
「くすぶり続ける火に、無邪気に息を吹きかけるあなたを」
「少し、からかいたくなっただけ」
「前に言ったでしょう?」
「私たちは素朴な魔女です」
「ただ、平和な日常を守って欲しいだけ」
マリーは問い返した
「リンは愛情のことを、堕落って言うようになっていたわよね」
「まさか……あの子たちに、情が湧いたってこと?」
リンはそこで、少しだけ柔らかく笑う
「そうですよ」
「いけませんか?」
「だって、わたくしの大切な弟子ですもの」
「わたくしの血も肉も、骨すら捧げてもいい。サラのようにね」
マリーの表情が陰った
リンは淡々と語った
「わたくしが育てた彼女たちが、どんな未来を作るのか」
「この国を、運命を、どう変えていくのか」
「それを見届けたい……そんなことを思う日もありますよ」
マリーは顔をしかめて聞いた
「なによそれ……先生でも始めたってこと?」
その言葉に、リンは一瞬目を丸くする
それから、堪えきれないように口元を押さえ
その手の隙間から、笑いがこぼれ落ちた
しばらく肩を震わせたあと
リンはマリーへ向き直った
「マリー」
「先ほどはあのようなことを言いましたが」
「わたくしは、あなたに同情しています」
「だから、嫌いじゃありませんよ」
「なんなのよ、急に」
「先ほど好き勝手に言ってくれましたからね、お返しでしょうか」
リンは、ほんの少しだけ声を落とした
「あなた、ルッツと結婚してから、ずいぶん時間が経ちましたけど」
「子供がいないのでしょう?」
マリーの顔が歪む
その表情を見て、リンはほくそ笑んだ
「だから、わたくしはあなたが好きですよ」
「わたくしが逃げた場所にいるのですから」
「これからも、ずっとあなたは苦しむのでしょうね」
「よければ、惚れ薬を分けてあげましょうか」
リンはマリーのそばまで歩み寄ると
その耳元へ顔を寄せた
「あなたも……逃げたら?」
マリーはリンを振り払うように腕を振った
リンはその腕をかわし、後ろへ下がる
「もういいよ、黙って」
リンは可笑しそうに笑いながら続ける
「決して、誰しもが認めるような幸せを得られない」
「そんなあなたに、親しみを覚えていますよ」
「そうとも知らずに、結ばれてしまった……親愛なるマリー」
マリーは目を見開き、右腕を前に突き出す
空気が大きく歪んだ
次の瞬間
リンの部屋の窓ガラスがすべて同時に割れた
砕けたガラスが床に落ちる音だけが響く
リンは周囲を水の膜で包み、身を守っていた
その膜の向こうから
乱れひとつない顔でマリーを見た
「危ないですね、そんなに怒らないでください」
「わたくしとあなたは同類です」
「堕落した魔女同士、上手くやりましょうよ」
「本音……なんて、聞かない方がお互いのためなんですよ」
「わたくしも、あえて聞いていないでしょ?」
「ドラゴン好きのお友達に、国を売っていることとかね」
マリーはリンに背を向けた
「たしかにそうだね」
「言っとくけど、ルッツの邪魔だけはしないで」
「あの人の野望は私が叶える、ルッツの隣にいていいのは私だけよ」
「あんたの力なんか、いらないわ」
リンが薄く笑って言った
「素敵ですよ、マリー」
マリーは決意するように言った
「私は逃げないよ」
「惚れ薬を飲ませて、他の女を好きにさせるなんて」
「絶対にしない!」
「あんたみたいには、ならない!」
次の瞬間、マリーは強く床を蹴った
衝撃とともに体が大きく跳び上がり
あっという間に、夜の向こうへ消えていく
リンは黙ってその姿を見送っていた
やがて部屋へ戻ろうと振り返り
そこでようやく気づく
リンの寝室にもリビングにも
ガラスが散乱していた
リンは足元のガラスを見下ろした
「あら、窓がすべて割れてしまっていますね」
「今日、わたくしはどこで寝ればいいのでしょう」




