第三十五話 美容の恩師 1
その朝、三人は広い洗面台の鏡の前に並んでいた
リンは鏡越しに二人を見て、張り切った様子で言う
「美容は女の武器です、あなた達はあまりに何もしなさすぎます」
「今からしっかりと美を保つ努力をするのです」
洗面台には、見慣れない瓶や小さな容器がいくつも並んでいる
ナルもミナも、この修行には乗り気ではなかった
ミナは化粧水の瓶を見て、面倒くさそうに肩を落とした
「え~、面倒くさいよ、顔なんて洗えばよくない?」
ナルも指先についた乳液を見下ろし、眉を寄せる
「だよね~、なんでこんなの塗らなきゃいけないの? ちょっとべたべたするし」
リンは小さくため息をついた
「そんなことを言えるのは若いうちだけです」
「今からやっておきなさい、10年後は全く違ってきますよ」
ミナは鏡の前で頬を指でつつきながら言った
「そんな先のこと言われてもね」
リンは呆れたように二人を見る
「なんですかあなた達は、綺麗になりたくないんですか?」
「化粧とか、興味ないんですか?」
ナルは本当に興味がなさそうに首をかしげた
「そんなのないよ、なんでそんなことしなきゃいけないの?」
ミナも隣でうなずく
「だよね~、だって男の人はやってないじゃん。なんで女だけやらなきゃいけないの?」
リンは鏡の中の二人を見据えた
「美は女の武器です」
「あなた達は素材に甘えすぎです」
「ちょっと可愛いからって余裕ぶってると、そのうちわたくしより年上にみられますからね」
「わたくしは、20年は今の見た目を維持しますよ」
ナルとミナは、思わず顔を見合わせた
「ええ! なにそれ」
ナルがミナに顔を寄せ、小さく耳打ちする
「リンならやりかねなくない?」
ミナは真剣な顔でうなずいた
「確かに、リンより年上にみられるってやばいよね」
ナルは少し青ざめる
「わたしぜったいそれだけは耐えられないかも」
ミナも同じように顔をこわばらせた
「わたしも……」
リンは鏡越しに二人を睨んだ
「だから、全て聞こえていると言ってるでしょ」
「分かったなら、まずは洗顔、それから化粧水です、そして乳液」
「こすっては駄目ですよ、優しく丁寧に押すようにです」
「こうしてしっかりと泡立てて、肌に泡を置くように優しく洗いなさい」
「クロの魔法で全身を電気マッサージもします」
「毎日やりますよ!あなた達のためです」
面倒くさい
けれど、リンが本気なのは分かる
二人は声を合わせて言った
「はーい、恩師様~」
そして、リンの真似をして顔を洗い始めた
朝の肌のお手入れの指導が終わると
次は化粧の指導がはじまった
リンは小さな瓶や筆を、洗面台の上に順番に並べていく
「化粧は下地が命です、まずはしっかりと肌に下地を作ります」
ナルは並んだ道具を見て、少し身を引いた
「ちょっとリン、さすがに化粧はいらないよ」
ミナも嫌そうに鼻を押さえる
「そうそう、お城に招かれた時にこりたよ、なんか臭いしやだよ」
リンは二人の反応など気にせず、瓶を手に取った
「なにを言ってるんです」
「化粧は女の武器ですよ? 覚えるのがあなた達のためです」
ミナは鏡の中の自分を見て、嫌そうに眉を寄せた
「なんでそんなことしなきゃいけないのよ」
リンの声が、少しだけ低くなる
「女は弱みを簡単に見せてはいけません」
「疲れた顔も、肌荒れも、隠していつも綺麗でいるのです」
「それが女の闘いなのです」
ナルはまったく納得していない顔で首をかしげた
「え~、なにそれ、超めんどくさい」
「どう見られようが、どうでもいいじゃん」
リンは鏡越しに、まっすぐ二人を見る
「そうではありません、自己実現です、幸福への第一歩なのです」
「見ているのですよ! 皆が見ているのです」
「目の下にクマでもあってごらんなさい」
「相手は思いますよ、なにかあって寝れてないのかと」
「そんなものは屈辱です、なにがあっても動じない女であると見せつけるのです」
ミナは鏡越しにリンを見た
いつも同じように整った髪
乱れのない服
疲れを見せない顔
今まで何気なく見ていたリンの姿が
急に少し違って見えた
「リンってそんな感じで頑張ってたの?」
ナルも、鏡に映るリンの横顔を見た
いつも余裕があって
いつも綺麗に整っている
それが、少しだけ別のものに見えた
「だからリンっていつも同じ感じだったんだ、頑張ってたんだね」
鏡の中のリンの表情が、ほんの一瞬だけ揺れた気がした
けれど、すぐに目を細めて二人を睨む
「あなた達はそうやってすぐに人をからかいます」
「どうでもいいから、わたくしの言う通りにやりなさい」
「わたくしは美も魔法も、この国では一番の知識者です」
「あなた達には全てを叩き込みます」
「今の見た目を20年は維持しなさい」
「あんな生活をしていたら、直ぐに老けてしまいますよ」
二人はリンの圧に負けてしぶしぶ答えた
「はーい、恩師様~」




