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4-9 リンの残り火

リンは自宅の廊下をゆっくりと歩き


ナルとミナが眠ったか確認していた


ナルはもう眠ったようだが


ミナの部屋からは、まだ灯りが漏れていた


リンは扉の前で足を止める


扉を軽くノックしてから中をのぞくと


ミナは寝台の上で本を読んでいた


「ミナ、もう遅いですよ」

「続きは明日にして、眠りなさい」


ミナは本から目を離さずに返事をする


「はーい」


リンは静かに扉を閉め


廊下の灯りを落としていく


自分の部屋に戻ると


ようやく小さく息をついた


ふと、先ほどのミナの返事が耳によみがえる


「はーい」


その気の抜けた声を思い出すと


リンの口元が、ほんの少しだけ緩んだ


自分でそれに気づき


リンはそっと口元を押さえる


「わたくしとしたことが」


次の瞬間


リンの口元から笑みが消えた


そして、自室から続く広いテラスへ出る


そこには、長い金髪の女がいた


第一軍に所属するA級魔法使い、マリー・マリン


リンの古くからの友人でもある


マリーは手すりにもたれたまま


街の灯りへ目を落とした


リンはその背中を見ても、表情を変えなかった


「マリー、お待たせしましたね」


マリーは肩越しにリンを見た


その顔には、いつもの軽い笑みが浮かんでいる


「別に待ってないよ、私もいま着いたところだから」


リンはその軽口を受け流し、静かにマリーを見た


「それで、なんの用ですか?」

「夜更かしは美容の大敵なのですが」


「そうだね、でも確認しておきたいことがあってさ」


「なんですか?」


マリーはしばらく黙ったあと


静かに話を切り出した


「ヴァルドリア王国との交渉が決裂したのは、あなたの耳にも入ってるでしょ?」


リンは答えない


マリーは横目でリンの反応を探った


けれど、リンの表情は動かなかった


マリーは続けた


「リックは、あちらの要求を突き返した」

「たぶん近いうちに戦争になる」


そこでようやくリンは答えた


「ええ、聞いていますよ」

「ドラゴンの保護についての要求のことですね」

「ヴァルドリアは、ドラゴンから豊かな土地を借り受けて発展してきた大国です」

「わたくしたちとは、水と油ですからね」


マリーは問い詰めるように言った


「あなた、こうなるって分かってたんじゃないの?」

「あちらは、いきなりすべてを変えろと言ってきたわけじゃない」

「まずはドラゴンへの魔力依存を減らす、そこからだった」

「それをリックは突き返した」

「喧嘩売ってるのと同じだよ」


リンはマリーの隣で手すりに手を置き


星空を見上げて言った


「リックなら、いずれはそうなるだろうと思っていました」

「すごく短気で、短慮ですからね」


マリーは振り返り、手すりに両肘を乗せた


「私たちは国と民を守るためになんだってやるよ」

「それで、リンはどうするの?」


リンはマリーの思惑を無視するように


さらりと答えた


「どうでしょうね」

「必要な時に、必要な返答をいたします」


マリーはリンの横顔をじっと見た


「ふーん」


その声には、納得していない響きがあった


少しの間、夜風だけが二人の間を通り抜ける


マリーは手すりから体を離した


「あのさ、リン」

「1つだけ、古い友人として確認しておきたいんだけど」


リンは星を見上げるのをやめてマリーに視線を移した


マリーは声を落として問い詰めた


「私の特技、知ってるよね?」

「人の性質を見抜ける」

「ついこの前まで、あなたは魔道を追求するだけの魔女だったはず」

「でも……今のあなたは違うよね?」

「この短い間に、ずいぶん変わった」


リンは黙っている


「あの隠し子……誰との子なの?」

「どうやったのか、私にも教えてよ」


「勘違いされているのは知っていますが、ナルはわたくしの子ではありません」


マリーは、リンの内側を確かめるように見つめた


「ふーん、本当に違うんだ……」

「だったら、今のあんたは何なの?」

「執着に満ちているよね」

「いったい、何に?」

「今さら、あの人への想いでも取り戻したの?」


リンは静かに言った


「違います」

「それ以上は、言わない方が身のためですよ」


マリーはその警告に構わず、言葉を続けた


「復讐……なんて話じゃないよね?」

「言っておくけど、あの人が死んだことに、ルッツは関係ないよ」

「だから今、あんたの本音を聞いておきたいんだけど」


マリーは一歩下がり、身構えた


その瞬間


リンの香りが、マリーの鼻先をかすめる


甘く、冷たい香りだった


マリーの体が青く光り始めた


スキル『守護』の光


だが、もう遅かった


青い光が全身を包むより早く


マリーの膝から力が抜ける


その場に崩れ落ち、床へ手をついた


「うかつですよ、マリー」


マリーは床に手をついたまま


立ち上がろうと体に力を入れた


けれど、体はまるで言うことをきかなかった


「な、なに?」

「体が……動かない……」


リンの足音が近づいてくる


リンは床に崩れたマリーを、冷ややかに見下ろした


「あなたは昔から、余計なおしゃべりが多いですね」

「もう、やめてくださいな」


リンの声だけは、いつものように涼しげだった


「わたくし、本音を言いますと……」

「あなたの顔を見るたび、殺してしまいたくなるのですから」


マリーの肩が、小さく震えた


その穏やかな声の奥で


長いあいだ押し殺してきた憎しみが


少しずつ滲み出していた


「あなたの大切なルッツも……」

「あの汚い口を開くたびに、我慢するのが大変でした」


言葉を重ねるほどに


リンの声から穏やかさが失われていく


「わたくしの本音を知りたいのですか?」

「ならば、最後に教えて差し上げます」


リンの声が、重く沈んだ


「わたくしは、すべての罪を集めて滅びたいのです」

「この国もろとも、愚かなわたくしの道連れにして」


リンの瞳が、夜よりも暗く沈んでいく


その奥では


すべてを焼き尽くそうとする炎だけが揺れていた


「魔道に打ち込むほど、わたくしの胸は焦げていった」

「いつのまにやら、わたくしは……焼け残った炭のよう」

「忘れることなどできない。何ひとつ果たせない」

「もう、わたくしに歩む道などないのです」


リンの瞳から、光が消えた


「いえ……最初から……なかったのです」


マリーは逃げようとした


けれど、体は動かず


魔法を使おうとしても、魔力が形にならなかった


マリーは怯えた表情でリンを見上げた


かすれた声が漏れる


「やめて……リン」


その声を聞き


リンの目が、わずかに細くなった


怯えるマリーを見下ろしながら


リンは薄く笑う


その目には、隠しきれない憎しみの炎が宿っていた


喉の奥から


押し殺したような声が落ちる


「あなたがサラに、余計なことを言ったから」


マリーは目を見開いてリンを見る


そして、死を覚悟して目を閉じた


次の瞬間


再び、リンの香りがマリーの鼻先をかすめた


すると、少しずつ手足の感覚が戻ってくる


マリーがなんとか上体を起こしたときには


リンの瞳には、光が戻っていた


「なんてね、嘘ですよ」

「マリーも案外、騙されやすいですね」


リンの顔には


もう、いつもの整った笑みが戻っていた


けれど、マリーの手足にはまだ力が戻りきっていない


リンはマリーに背を向け


部屋へ戻ろうとする


マリーは手すりにすがり、どうにか立ち上がった


息が乱れていた


「いまのが、嘘だったって言うの?」

「そんなわけないよね」

「なんで私を殺さないの?」




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