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赤さびの魔女  作者: うめやす.
3章_過去からその先へ
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第三十四話 ナルの使い魔

リンの居住区には、リンの私室、ナルとミナに与えられた部屋、広い書庫があった


そして、訓練に使える広いホールもある


二人の修行は、いつの間にか組合の中庭ではなく


居住区の中にあるホールで行うようになっていた


その日、リンはホールの中央に立って言った


「今日は、使い魔について教えます」

「既にミナは従えていましたね」


ミナが軽くうなずくと


その足元から、すっと茶色の猫が現れた


ナルは思わず身を乗り出した


「あれ? ムギじゃない」

「今までどこ行ってたの?」

「ずっといなかったよね」


かつてミナが、リンの使い魔を真似て作った魔猫


それがムギだった


ミナは足元のムギを見下ろし、少し得意そうに笑った


「使い魔はわたしの分身だからね」

「好きな時に出し入れできるのよ」


リンの足元にも、いつの間にか黒猫が座っていた


黒猫は尾をゆっくり揺らしながら


二人を見上げている


リンはその頭を指先で軽く撫でた


黒猫は目を細め、喉を鳴らすように身を寄せる


「そう、使い魔は宿主の分身です」

「そして、最も信頼できる相棒となります」


ナルは黒猫を見て、目を輝かせた


「クロちゃんもかわいい~」


リンは小さく笑った


「あなた方は何度も、わたくしの魔法を見ていますね」

「本来、わたくしが使える魔法は水の魔法です」

「雷の魔法は、クロを通して使っています」


ナルはクロを見て、それからリンを見上げた


「それじゃ、クロちゃんがいるから、リンは雷の魔法も使えるってこと?」


「そういうことですね」

「クロやムギのような形態のことを魔猫と言います」

「わたくしが長年研究して生み出したものです」

「魂を共有した、もう一人の自分のようなものですね」


ナルはムギとクロを見比べた


どちらも主人のそばにいて


当たり前のようにそこにいる


「へー、なんか可愛くていいね」


「魔猫は戦いの役にも立ちます、ミナはあまり必要になることはなかったようですが」

「わたくしはこの子がいなければ、ミナに殺されていたかもしれませんね」


ミナは少しだけ肩をすくめた


昔のことを掘り返されるのは


あまり気分のいいものではなかった


「そういうこと言うのやめてよ、なんかちょっと嫌なんだよね」


リンはそんなミナを見て、小さく笑った


それから、ナルへ視線を向ける


「今日の修行はナルにも魔猫を持ってもらうためのものです」

「あなたなら、できるはずです」


ナルの顔がぱっと明るくなった


クロもムギも、主人に寄り添うように座っている


その姿が、羨ましかった


「ほんとに!? わたしもペットとか飼ってみたい!」

「二匹とも可愛いし、わたしも欲しいな!」


その期待に満ちた顔を見て


リンは少しだけ楽しそうに目を細めた


「では準備をしますね」


そう言ってリンは、ホールの床に膝をついた


指先から細い水の線が伸び、床の上に複雑な模様を描いていく


「見て、覚えておきなさい」


リンは二人にそう言った


だが、線は何度も交差し


輪の中にさらに小さな輪が重なっていく


ナルには、覚えられる気がしなかった


やがて魔法陣を描き終わって、リンはナルに言った


「陣の中心に立って、左回りに魔力を流し込みなさい」

「それで使い魔は発生します」


「うん」


ナルは陣の中心に立って言われた通りに魔力を流す


すぐに陣はまばゆい光をあげた


そして、光が弾けた


一瞬目を閉じてから


ナルはゆっくりと目を開いた


そこには小さな影が見えた


私の猫ちゃん!


ナルの中で、期待が一気にふくらんだ


小さくて、かわいくて、丸くなったりして


クロやムギみたいに、わたしの足元にすり寄ってくる子


そんな姿を勝手に想像していた


やがて薄い煙が晴れて、その姿がはっきりと見えた


赤くドロドロとした感じに波打ち


うねるものがそこにいた


ナルの顔から、期待の色がすっと消えた


「なにこれ……」


赤い塊は、床の上でぷるぷると震えた


それから、おずおずとナルの足元まで寄ってくる


丸い体をすり寄せるようにして


ナルの足首にぺたりと触れた


見た目はどう見ても猫ではない


けれど、その仕草だけは


なんとなく甘えているようにも見えた


ナルは赤い塊を指さし


勢いよくリンに詰め寄った


「なにこれ!?」


リンは赤い塊の周囲に残る魔力の流れを目で追った


召喚は成立している


魔力の結びつきも、ナルへ向いている


リンは少し困ったように答えた


「ナルの…魔猫のようですね……」

「見た目はともかく、正常な状態だと思います」


ナルは納得できず、足元の赤い塊を指さした


「なんでわたしだけこんなのなの? 可愛い猫なんじゃないの?」


リンも、赤い塊を見下ろして首をかしげた


「そうですね、そのはずなんですが……おかしいですね」


ナルは足元の赤い塊をもう一度見た


ぷるぷる震えている


どう見ても猫ではない


「かわいくない! やりなおして!」


リンは慌てるでもなく、赤い塊の様子を確かめた


そして、落ち着いた声で言う


「それがナルの魔猫です、姿はあなたから発生したもののはずです」


ナルは即座に首を振った


「そんなわけないでしょ! 猫は?」


リンは少しだけ考え込んだ


「まさかとは思いますが」

「ナルは、本物の猫を見たことがない…ということはありませんよね?」


ナルはむっとした顔で言い返した


「わたし、クロもムギも見てるよ!」


リンは静かに首を振る


「クロもムギも、猫ではありません」

「魔猫です」

「本物の猫を見たことは?」


ナルは言い返そうとして、口を閉じた


頭の中を探してみる


ふわふわした猫


丸くなって眠る猫


喉を鳴らして甘えてくる猫


けれど、浮かんでくるのはクロとムギだけだった


「そう言われてみると……ないかも」


ミナが少し言いにくそうに口を開く


「わたしはあるよ」

「近所のおじさんが、食べるために捕まえたのを見たことがある」


ナルとミナが育った地域は貧しかった


猫がいれば、誰かが捕まえてしまう


可愛がるものではなく


食べられるものとして扱われる場所だった


だからナルは、本物の猫を見たことすらなかった


リンは空気を切り替えるように言った


「まぁ、見た目はともかく。召喚には成功しています」


リンが説明を続ける


「魔猫には、それぞれ扱える魔法があります」

「まずは、どのような魔法が使えるか聞いてみなさい」

「ミナには説明はいりませんね?」


ミナは足元のムギを見下ろしてうなずいた


「うん、ムギは火の魔法が使えるよ」


ナルは少し機嫌が悪そうな顔になった


その足元には、先ほど生まれたばかりの赤い塊の使い魔がいる


ナルは足元をちらりと見てから、ぷいっと顔をそむけた


「わたしの、猫じゃないもん」

「魔猫じゃないもん」


足元の赤い塊が、しゅんとしたように小さく縮んだ


ナルは一瞬だけ、言い過ぎたかなという顔をした


けれど、すぐに気づかなかったふりをした


リンはその様子を見て、少しだけ表情を緩めた


それでも声は、いつもの師匠のものだった


「いじけてないで早く使い魔に命令なさい」

「それから、名前を付けなさい。命令する際に便利です」


ナルは改めて足元にいる赤い塊を見る


表面に少しぬめりがあり、うねっている


お世辞にも可愛いとは言えない


どう見ても、赤いスライムだった


ナルは少し考えるふりをした


けれど、あまり真剣に考える気にはなれなかった


足元の赤い塊を見下ろす


「じゃ、赤いからアカ……」


ナルは適当に名前を付けた


アカはその名前に反応するように


床の上でくねくねと体を揺らした


適当に付けられた名前なのに


嬉しそうに見える


ナルは少し困った顔をしながら


アカに向かって言った


「あなたって魔法が使えるの? 見せてよ」


アカは嬉しそうに跳ねると


ナルの腕に飛び乗った


そのまま体を伸ばし


ぬるりと絡み付いてくる


ひやりと冷たく、ぬめるような感触が腕にまとわりつき


ナルは思わず顔をしかめた


その直後、白銀の砂が周辺を舞い始めた


ナルは腕にまとわりつくアカを気にしながら


舞い始めた白銀の砂を見た


「なにこれ? 金属の砂?」


白銀の砂は空中で集まり


小さな球になった


表面は鏡のように光を映している


ナルは少しだけ目を輝かせた


「わー、綺麗じゃん」

「まるで鏡みたい」


リンは歩み寄り、その球を手に取った


すぐに、わずかに眉を動かす


「鉄とは違うようです」


手のひらの上で、球を軽く転がす


「かなり軽い」

「やはり鉄の魔法ではありませんね」

「見たこともない金属です」


ナルは少し不満そうに白銀の球を見た


それから、自分の手を少し上げる


赤い砂が集まり


同じように小さな球を作った


二つの球は、色こそ違うものの


よく似ていた


ナルは少しだけ眉を寄せた


「でもさ、これって色が違うだけで私の魔法とほぼ同じじゃない?」


リンは球を見つめたまま答える


「赤さびの魔法のように、何か効果があるのかもしれません」

「ですが、同じ系統の魔法ではありそうですね」


ナルが残念そうに肩を落とした


「……どうせなら全然違うのが良かった」

「なんで私だけ火とか雷とかじゃないの?もっとかっこいいのがいい」


リンは少し楽しそうに首をかしげた


「あら、赤さびの魔女なんて素敵じゃないですか」


ナルはむっとしてリンを見る


その呼び名だけは


どうしても好きになれなかった


「そういう風に呼ばれるの本当に嫌なの!」

「私までさびてるみたいじゃない」


ナルはアカをもう一度じっくりと見た


赤くて、うねっていて


クロやムギとは、あまりにも違いすぎる


それから、期待を捨てきれない顔でリンを見た


「これって……やり直しとか……」


リンは少しだけ気まずそうに目を逸らした


「無理です」


ナルはリンの目線の先に


顔を潜り込ませるようにして言った


「そこをなんとか!」


リンはさらに目線を逸らした


「無理ですね」

「ペットは最後まで責任を持ちなさい」

「違うのは見た目だけですから、問題はありません」


「そ、そんなぁ~」


やり直しは、できなかった


足元では、アカが何も知らないように


ナルの足にぺたりと寄り添っていた


ナルは困った顔で、その赤い塊を見下ろした


かわいくない


思っていたのと全然違う


それでもアカは


ナルから離れようとはしなかった




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