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4-8 美容の恩師

次の日の朝、浮かれたナルの声が響いた


「見て見て! ほっぺがプルンってしてるの!」


ミナもはしゃいだ声を出した


「わたしのも見てよ! 全然違うでしょ?」


美容修行の効果は、すぐに出ていた


リンは、はしゃぐ二人の頬を見比べた


たった一日で、目に見えて肌が変わっている


リンは冷たい目で二人を見る


「若いって……いいですね」

「もう教えるのやめたくなりました」


二人は左右から、リンの手を片方ずつ掴んだ


ナルは甘えるようにリンの手を軽く引っぱる


「いじわる言わないでよ、リン」


ミナも反対側からリンの手を握りしめ


期待に満ちた顔で言った


「もっともっと教えてよ、恩師様!」


そんな二人の笑顔に、リンの表情が和らいだ


「しかたがありませんね」

「今日は、わたくしの魔法で髪を洗ってさしあげます」

「シャンプーだけでなく、コンディショナーも使うようにしなさい」

「今回は、わたくしがやってあげましょう」

「髪には、わたくしの魔法で適度な潤いを与えながら梳かします」

「ポイントは、豚毛を使ったブラシです」

「驚くほど、艶と手触りがよくなりますよ」


二人は嬉しそうに答えた


「はーい、恩師様~」


その翌朝、ミナの喜びの声が上がる


「見て、ナル! 起きてもバサバサ、カサカサじゃないの!」


ミナは何度も自分の髪に指を通している


いつもなら跳ねて広がっている髪が、今日は素直にまとまっていたのだ


ナルはミナの髪を見た


ツヤがある気がする


けれど、ナルにはそこまで大きな違いは分からなかった


「う、うん。良かったね」


ミナは少し涙目になって言った


「いつもは起きたらとんでもないことになってるのよ」

「寝帽子が手に入らなくて、ずっとタオルをまいて寝てたの」

「でも朝になると、あちこちに跳ねてて」

「いくらやっても直らなくて」


ミナはもう一度、自分の髪を撫でた


「でも今日は、全然違うのよ」

「ほら、全然跳ねてないでしょ?」


その声を聞いて、リンがすっとミナの後ろに立った


「よかったですね、そのどうしようもないくせ毛」

「わたくしなら、もっと色んな方法を知っていますよ」


ミナは目を輝かせてリンに抱きついた


「大好き! 恩師様!」


「それから、これはミナへのプレゼントですよ」

「寝帽子を欲しがっていたでしょう」


そう言ってリンは、長い垂れ耳のついたウサギの寝帽子をミナに被せた


「え? 寝帽子? ありがとう!」


ミナの頭の両側で、ウサギの長い垂れ耳が揺れている


リンはその姿に、ほんの少しだけ満足そうに目を細めた


ナルは二人を見て、くすりと笑った


それから、自分の髪に触れる


なめらかで、心地よい手触りだった


今までとは全然違う


その変化は、ナルにもはっきりと分かった


「恩師様……だね」


ナルはそう呟いた


それから、並べられた化粧道具に目を向ける


肌も髪も、リンの言う通りにしたら確かに変わった


でも、これはまだよく分からない


なんで化粧なんかしなきゃいけないんだろう


その日の手入れを一通り終えると


リンはいそいそと次の道具を並べ始めた


そして、当然のように言った


「今日は脇の毛の処理について教えますよ」

「永久に生えないようにできます」

「ただ、ちょっと痛いですけどね」


ナルは意味が分からないという顔で、きょとんとした


「え……なにそれ?」

「わたし、脇に毛とか無いよ?」


ミナが驚いた声を出す


「え! ないの? なんで!?」


ナルはきょとんとしたまま、ミナを見る


「え? ミナってあるの?」


ミナが少し目を逸らした


「ないよ、そんなの」


ナルは不思議そうにミナを見た


「そうなの? ちょっと見せてよ」


ミナは即座に脇を閉じる


「やだよ」


ナルは納得できない顔になる


「なんでよ」


ミナはぷいっと横を向いた


「やなものはやなの」

「ナルは関係ないんでしょ?」

「だったらあっち行ってよ」


ナルはさらに不満そうに口を尖らせた


「なによそれ、見せてくれてもいいじゃん」


リンが二人の間に入るように口を開いた


「今日はミナのための授業としましょうか」

「前にナルのための授業もありましたよね」

「今日はナルは休んでいてください」


ナルはまだ諦めていない顔でミナを見た


「……いいけど、その前に脇毛見せてよ」


ミナは少しだけ顔を赤くする


「なんでよ! そんなもの見てどうするの」


ナルは本気で不思議そうだった


「だって、もう見る機会がなくなるじゃん」

「生えないようにしちゃうんでしょ?」


ミナはますます顔を赤くして、脇を押さえる


「そんなの、剃ってるから今だってないわよ」


ナルが目を丸くした


「え!? 剃るってなに?」

「イナクの髭みたいに剃るの? どうやって?」


ミナはたまらず声を荒げた


「うるさいなぁ! あんたには関係ないでしょ!」


ミナは脇を隠すように腕を閉じたまま逃げ始める


ナルはどうして見せてくれないのか、本気で分からないまま


そのあとを真顔で追いかけ回した


リンはそんな二人を目で追ううちに


だんだん口元が緩んでいく


一度、咳払いをしてごまかそうとした


けれど、必死に逃げるミナと


真剣な顔で追いかけるナルを見ていると


口元から、ふっと笑いが漏れた


一度こぼれた笑いは、もう止められなかった


リンはとうとうお腹を抱えて笑い始めた


二人は足を止め、笑い続けるリンを見た


ミナがナルに耳打ちした


「こんなにリンが笑ってるの、初めて見たね」


ナルも答えた


「うん、なんかちょっと意外だね。こんな風に笑うんだ」


しばらくの間、リンの笑いは止まらなかった


涙が出るほど笑ったのは


彼女にとって、数十年ぶりのことだった





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