4-7 化粧をする理由
その朝、三人は大きな洗面台の前に並んでいた
リンは鏡越しに二人を見て、張り切った様子で言う
「今日は、美容について教えます」
「あなたたちは、あまりにも何もしなさすぎます」
「今日からしっかりと、美しさを保つ努力をするのです」
洗面台には、見慣れない瓶や小さな容器がいくつも並んでいる
ナルもミナも、この修行には乗り気ではなかった
ミナは化粧水の瓶を見て、面倒くさそうに肩を落とした
「え~、面倒くさいよ。顔なんて洗うだけでよくない?」
ナルも指先についた乳液を見下ろし、眉を寄せる
「だよね~、なんでこんなの塗らなきゃいけないの? ちょっとべたべたするし」
リンは小さくため息をついた
「そんなことを言えるのは若いうちだけです」
「今からやっておきなさい」
「10年後には、まるで違ってきますよ」
ミナは鏡の前で頬を指でつつきながら言った
「そんな先のこと言われてもね」
リンは呆れたように二人を見る
「10年後の姿は、今の積み重ねで決まるのです」
「あなたたちは素材に甘えすぎですよ」
「ちょっと可愛いからって余裕ぶっていると、そのうちわたくしより年上に見られますからね」
「わたくしは、あと20年は今の見た目を維持しますよ」
ナルとミナは、思わず顔を見合わせた
「ええ!? なにそれ」
二人の声が重なった
ナルがミナに顔を寄せ、小さく耳打ちする
「リンならやりかねなくない?」
ミナは真剣な顔でうなずいた
「確かに、リンより年上に見られるってやばいよね」
ナルは少し青ざめる
「わたし、ぜったいそれだけは耐えられないかも」
ミナも同じように顔をこわばらせた
「わたしも……」
リンは鏡越しに二人を睨んだ
「だから、全て聞こえていると言ってるでしょ」
「分かったなら、まずは洗顔です」
「こうしてしっかりと泡立て、肌に泡を置くように優しく洗いなさい」
「そのあとは化粧水と乳液です」
「こすらず、優しく押さえるようになじませるのですよ」
「最後に、クロの魔法で全身の電気マッサージもします」
「毎日やりますよ! あなたたちのためです」
面倒くさい
けれど、リンが本気なのは分かる
二人は声を合わせて言った
「はーい、恩師様~」
そして、リンの真似をして顔を洗い始めた
朝の肌のお手入れが終わると
次は化粧の指導が始まった
リンは小さな瓶や筆を、洗面台の上に順番に並べていく
「化粧は下地が命です」
「まずは、肌をしっかりと整えます」
ナルは並んだ道具を見て、少し身を引いた
「ちょっとリン、さすがに化粧はいらないよ」
ミナも嫌そうに鼻を押さえる
「そうそう、お城に招かれた時にこりたよ」
「なんか臭いし、やだよ」
リンは二人の反応など気にせず、瓶を手に取った
「なにを言ってるんです」
「化粧は女の武器ですよ?」
「覚えておくことが、あなたたちのためになるのです」
ミナは鏡の中の自分を見て、嫌そうに眉を寄せた
「なんで女だけ、そんなことしなきゃいけないのよ」
「男の人はやってないじゃん」
リンの声が、少しだけ低くなる
「女は、弱みを簡単に見せてはいけません」
「疲れた顔も、肌荒れも隠し、いつも綺麗に整えておくのです」
「それが女の闘いです」
ナルはまったく納得していない顔で首をかしげた
「誰に弱みを見せちゃいけないのよ」
「どう見られようが、どうでもいいじゃん」
リンは鏡越しに、まっすぐ二人を見る
「皆にです」
「目の下にクマでもあってごらんなさい」
「何かあって眠れていないのかと、相手は考えます」
「弱みを見つければ、そこから踏み込んでくる者もいる」
「わたくしは、その隙を与えません」
「何があっても動じない女だと、見せつけるのです」
ミナは鏡越しにリンを見た
いつも同じように整えられた髪
乱れのない服
疲れを見せない顔
今まで何気なく見ていたリンの姿が
これまでとは少し違って見えた
「リンって、ずっとそうやって頑張ってたの?」
ナルも、鏡に映るリンの横顔を見た
いつも余裕があって
いつも綺麗に整っている
それが、生まれつきのものではないと初めて気づいた
「だからリンって、いつ見ても変わらなかったんだ」
「頑張ってたんだね」
鏡の中のリンの表情が、ほんの一瞬だけ揺れた気がした
けれど、すぐに目を細めて二人を睨む
「あなたたちは、そうやってすぐに人をからかいます」
「からかってないよ」
ミナも素直にうなずいた
「うん。本当にすごいと思っただけ」
リンは二人から目を逸らし、洗面台に並べた筆の向きを直した
「……納得しろとまでは言いません」
「まずは、わたくしの言う通りにやりなさい」
リンは鏡の中の二人を見つめ、静かに続けた
「ですが、覚えておきなさい」
「身なりを整えるのは、弱みを隠すためだけではありません」
「自分に手をかけ、自分を労わることでもあります」
「あなたたち自身も、守るべき大切な人の1人なのですよ」
「これは、師としてのわたくしからの教えです」
リンの声が、わずかに強くなった
「魔女たるもの、自分を大切にしなさい」
ナルとミナは顔を見合わせる
そして今度は、少しだけ素直な声で答えた
「はーい、恩師様~」




