↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
40/148

4-3 身近な魔法

ナルの顔がぱっと明るくなった


「え、やった! なんかリンって凄いの食べてそう」

「お金持ちだもんね」


リンは何も答えず、部屋の奥へ歩き出した


もう1つの扉を開けると、そこには白いテーブルクロスの掛けられた食卓があった


その横には、小さなキッチンもある


リンは二人に席を示した


「座りなさい」


ナルとミナは素直に椅子に座った


リンは手を洗いながら言う


「今日、あなたたちを朝食に招いたのは、教育のためです」


ミナが首をかしげる


「教育?」


「あなたたちは毎日なにを食べていますか?」

「食事は体を作る基本です」

「昨日見た限り、あなたたちの食事はあまりにも乱れています」

「食事を整えなければ、健康で美しい体は作れません」


ナルはぽかんとした顔になる


「なんの話してるの?」


リンはキッチンに立ったまま、淡々と続けた


「今後は適切なものを食べなさい」

「食事は、わたくしが管理します」

「外食も多いようですね」

「もはや悪食は克服したのですから、そういったものはたまに食べる程度にしなさい」


ナルは嫌な予感を覚え、ミナを見た


リンは振り返らずに言った


「あなたたちは生活態度も行儀もなっていません」


こつん、と包丁がまな板を叩いた


「昨日、あなたたちの部屋を見て決めました」

「たまに注意するだけでは、何も変わりません」

「今日からしばらく、ここに住みなさい」

「勝手に外で食べることは許しません」


ナルの目が細くなる


「しばらくって、どれくらい?」


ミナも同じ気持ちらしく、小さく頷いた


リンは包丁を置き、にっこり笑った


「わたくしが、もう大丈夫だと判断するまでです」


ナルは即座に立ち上がった


「嫌な予感がするから帰るね」


ミナが目を丸くする


「え、判断早っ」


ナルはミナの返事も待たずに、入ってきた入口へ向かって走り出した


だが、そこで足を止める


先ほどまであったはずの扉が、なくなっていた


壁しかない


ナルが叫ぶ


「ええ!? 扉がなくなってる!」


リンはキッチンで野菜を切りながら言った


「わたくしから逃げようなんて、いけない子ですね」

「そんなことをして、本当に良いんですか?」


ナルは壁をぺたぺた触りながら言い返す


「だって、絶対ロクな目に遭わないじゃん」


するとリンは、棚の上に置いてあった1通の手紙を指で挟んだ


ひらひらと揺らしてみせる


ナルの動きが止まる


「なによそれ」


リンは手紙を見せつけるように微笑んだ


「第三軍には、わたくしの手の者が潜入しています」

「イナクさんの周辺について、調査させました」


ナルの表情が変わる


「え!? そうなの!? なんて書いてあるの?」


さっきまで逃げ道を探していた目が


今度は手紙だけを見ていた


リンは、その変化を見逃さなかった


ミナは静かにリンへ視線を向けた


なにか言いたげだったが、黙っている


リンは手紙を自分の胸元に引き寄せる


「さあ、それは分かりませんね」

「悪い子には教えたくありません」


ナルは明らかに動揺した


「う……」


リンは楽しそうに続けた


「今のところ、イナクさんは誰とも深い関係にはなっていないようですよ」

「ただし、周囲の女性、特に3人の女隊長はとても積極的なようです」


ナルの目が据わる


「積極的ってなに?」


「それは、良い子になったら教えてあげます」


「リン、ずるい!」


「大人とはずるいものです」


リンは手紙を振りながら続けた


「今後も、イナクさんに何か変化があればすぐに分かります」

「必要であれば、誰かと深い関係にならないよう、工作だっていたしましょう」


ナルはもう逃げようとはしていなかった


リンは楽しそうに微笑む


「どうしますか? ナル」

「わたくしとの生活、楽しみじゃありませんか?」


ナルはゆっくりと歩いて戻ってきた


そして元の席に座って


ハッキリとした口調で言った


「はい、恩師様!」


リンは満足そうにうなずいた


「よろしい、いい子になりましたね」


ミナがナルに耳打ちした


「ナル、ちょろすぎ」


ナルは小声で返す


「だって……しょうがないじゃん」


「それも聞こえています」


二人はまた口を閉じた


リンは手紙を棚の上に戻し


テーブルの水差しを指さした


「起きてから、水分を取りましたか?」

「最低でもコップ1杯は飲むんですよ」

「まだなら、そこに水差しがあります。飲みなさい」


二人は言われた通り、水差しから水を注いだ


ナルがひと口飲むと、少し驚いた顔をした


「あれ、これレモンの味するね」


ミナもひと口飲んでうなずく


「うん、さっぱりする」


リンはキッチンに立ったまま言った


「朝はまず水分です」

「あなたたちは、そういうところから覚えなさい」


リンはキッチンで料理を始めた


やがて、じゅう、と油の弾ける音がした


香ばしい匂いが部屋に広がっていく


ナルが鼻をひくひくさせる


「あれ? リンが作るの?」


ミナもキッチンを見る


「みたいだね」


キッチンからリンの声が届く


「料理とは、最も身近な魔法です」

「誰にでも使える。けれど、誰とも同じにはならない魔法」


二人は顔を見合わせた


リンは手を止めずに続ける


「同じ材料でも、作る人が変われば味は変わります」

「誰かを思って作れば、なおさらです」

「体を作り、気持ちを整え、時には人の記憶にまで残る」


そこでリンは、少しだけ声を柔らかくした


「そういう魔法なのです」


ナルがミナに小声で聞く


「リンがなに言ってるのかわかる?」


ミナは首を横に振る


「よく分かんない」


リンは少しだけ笑った


「イナクさんの料理を覚えていますか?」


ナルが顔を上げる


「え? イナクの?」


ミナもすぐに反応した


「また食べたいね、シチューとか!」


ナルの目が懐かしそうに細くなる


「イナクが料理すると、なんだって臭くなくなったよね」

「ほら、よくミナが獲ってきたザリガニとかナマズだって、イナクが料理すると美味しかったじゃん」


ミナも少しだけ笑った


「懐かしいね」

「ほんとにまた食べたい」


そのときだけ、二人の声が少し幼く聞こえた


ナルは言った


「うん、わたしなんて殻まで食べてたよ」


ミナは真顔で返す


「それは、もうやめたほうがいいと思う」


リンは両手に皿を持ち、二人の方へ歩いてきた


そして、小さくため息をつく


「わたくしの弟子は、まだまだですね」


そう言って、二人の前に皿を置いた


大きな皿には、スクランブルエッグ


鶏胸肉の炒め物


オートミール


何種類かの野菜が盛られ


その横には、温かいスープが添えられていた


ナルの目が輝く


「あれ! 美味しそう!」


ミナも皿を覗き込む


「ほんとだ! なんかおしゃれだし」


リンは小さく笑った


「めしあがれ」


ナルとミナの声が重なった


「いただきます!」


二人は黙々と、リンの作った朝食を食べた


いつもなら、感想を言い合って賑やかに食べる


それが二人の日常だった


でも、自然と何かを言う気にはならなかった


スクランブルエッグは柔らかく


鶏肉は淡白なのに、ちゃんと満足できる味がした


スープを飲むと、体の奥から少しずつ温まっていく


リンが作ってくれた食事は美味しかった


それ以上に


不思議と、落ち着いた


魔法のように温かい


そう、二人は感じていた




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。