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赤さびの魔女  作者: うめやす.
3章_過去からその先へ
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第三十一話 リンの決意

温泉旅行から一週間が経った


休日の朝、リンは水を飲みながら一通の手紙を読んでいた


細い肩ひもの、短めのシルクのネグリジェを着ている


魔猫のクロは、リンの膝の上で喉を鳴らしていた


リンはその喉を指で撫でながら、手紙に目を落とす


差出人の名はない


だが、文末に小さく記された符丁を見れば分かる


第三軍に潜り込ませている、リンの手の者からだった


リンは小さく笑った


イナクの周辺でナルが心配するような動きはない


それは、ナルにとっては十分な吉報だった


リンは手紙をたたみ、指先で文面の端を軽くなぞった


ナルが聞けば、きっと安心するだろう


そう思うと、口元が少しだけ緩む


誰に聞かせるでもなく、リンは呟いた


「ナルにとっては吉報ですね」

「約束通り、知らせてあげましょうか」


そう言って静かに立ち上がり


着替えてから自分の部屋を後にする


リンの私室は組合の最上階にあった


エレベーターを使って下に降り


ナルの部屋へ向かう


その途中、ミナを見かけた


何やら色々と買い込んで


大きな袋を両手に持っている


ミナは荷物を抱え直しながら


ナルの部屋の方へ歩いていた


その拍子に、袋の一つから小さな紙袋が滑り落ちる


ミナはそれに気づかないまま


ナルの部屋に入っていった


リンは足を止めた


床に落ちた紙袋を拾い上げ


後を追うようにナルの部屋へ向かう


部屋の前まで行き


扉をノックした


すぐにナルの声が聞こえた


「はーい」


返事と同時に扉が開いた


そこには部屋着のナルが立っていた


赤いショートパンツに、肩ひものキャミソール姿だった


薄い布地のせいで、色々と隠せていない


ナルはきょとんとした顔でリンを見る


「あれ、リン? どうしたの?」


リンはナルの無防備な姿に目を細めた


この子は相手が誰であろうと同じように扉を開けていたのだろうか


そう思うと、見過ごす気にはなれなかった


「ナル、いま相手も確認せずに扉を開けましたね」

「なんですか、その格好は」

「人前でそのような姿を見せてはいけません」


ナルは自分の服を見下ろして、少しだけ首をかしげた


「あ、そっか」

「でもリンだったからいいじゃん」


「そういう問題ではありません」

「相手を確認してから扉を開けなさい」


ナルは軽く手を上げた


「は~い」


その奥から、気の抜けたミナの声がした


「あれ、リンじゃん」


リンが部屋の中へ視線を向ける


ミナはクッションを抱えるようにして、うつ伏せに寝転びながら本を読んでいた


油で揚げた小さめのエビを、フォークで口に入れている


リンはまた少し眉を寄せた


床に落ちた食べかす


横に投げるように置かれた本


寝転んだままの姿勢


あまりにも自然に散らかっていて


本人に悪気がないことだけは分かった


だからこそ、余計に見過ごせなかった


「ミナ、寝ながら食事をするとは何事です」

「何のためにテーブルがあるんですか」

「見なさい、食べかすも落ちています」

「それと、先ほどこれも落としましたよ」


リンは拾った紙袋を差し出した


ミナはようやく本から目を離し顔を上げる


「あ! やっぱり落としたんだ」

「ほらね、ちゃんと買ったんだって。疑わないでよ」


ナルが頬をふくらませる


「だってミナ、いつも何か忘れてくるじゃん」


それからリンに向かって言った


「リン、届けてくれてありがとう」


ナルは横から紙袋を受け取った


すぐに袋を開けて中身を取り出す


それは、砂糖がまぶしてあるクロワッサンだった


そこでリンは、床に目を落とした


二人の朝食が並んでいる


揚げ物、甘いお菓子、オレンジジュース


そこに菓子パンが加わった


リンは少しの間、それを無言で眺めていた


「あなた達は毎日このような食事を?」


ナルはクロワッサンを一口かじって答える


「え? うん、朝は交代で買いに行ってるよ」

「それ以外は外で食べてる」


「組合の食堂は利用していないのですか?」


今度はミナが気まずそうに言った


「うん、なんか落ち着かないのよね」


声に少しだけ困ったような響きがあった


リンはミナを見る


「落ち着かない?」


ミナは本を閉じて、クッションに顎を乗せた


「私たちが座ると、バタバタっと周りから人がいなくなるのよね」

「なんか悪いことしてる気持ちになっちゃうのよ」


ミナは笑うように言ったが


その声は少しだけ小さかった


ナルもうなずいた


「気を使ってくれてるんだろうけどね~」


リンはすぐには返事をしなかった


二人が食堂を使わない理由は


ただの気まぐれではなかったらしい


リンは少しだけ表情を緩めた


「そうでしたか」


そこでリンは、ナルの部屋に山積みになった箱に気づく


壁際に、同じ箱がいくつも積まれている


まるで店の倉庫のようだった


「それは?」


ナルが箱をちらりと見た


「飴玉だよ。リックがくれた箱にお店の場所が書いてあってさ」

「沢山買ってきたの」


「こんなに沢山どうするんです?」


ナルは当然のように答える


「食べるに決まってるじゃん」


リンは少し考えるように間を置いた


それから、穏やかな声で聞く


「ナル、あなた、一日にどれくらいの飴を食べていますか?」


「え? 五十個かな」

「あんまり食べると、すぐ無くなっちゃうからさ」

「一箱以上は食べないようにしてるの」


リンが箱を見ると、どうやら五十個入りらしい

つまり、ナルは一日に一箱食べているようだった


リンは静かに息を吐いた


「そういうことですか」


ナルは首をかしげる


「それで、リンは何の用でここに来たの?」


リンは手に持っていた手紙を、そっとポケットの中に入れた


本来なら、今ここで伝えるつもりだった


だが、目の前の光景を見て、その考えは変わっていた


なによりも優先して、整えなければならないものがある


リンは優しく微笑む顔を作る


「明日の訓練は、わたくしの部屋でやることにしました」

「組合の最上階にありますから、そちらへ来るように」

「それと、明日は三人で一緒に朝食をとりましょう」

「何も食べないで来るように」


ナルは特に疑う様子もなくうなずいた


「そうなの? うん、わかった」


「では、食事の邪魔をしましたね」

「わたくしは失礼します」


ナルが手を振る


「またね~」


ミナも寝転んだまま手を振った


「ばいば~い」


ナルの部屋の扉が閉まる


リンは廊下を歩き出した


その歩く速さが、少しずつ早くなる


「プライバシーに配慮したつもりでしたが、軽率でした」


あの部屋の様子が、ひとつずつ頭に浮かぶ


無防備に開けられた扉


床に並んだ偏った朝食


山積みにされたお菓子


寝転がったまま食事をするミナ


それでも二人は、悪びれた様子もなく笑っていた


リンは小さな決意を固めていた


「あの二人は、わたくしが躾けなければいけませんね」


リンは足早に自分の部屋へ帰っていった




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