1-4 立派な魔女のリン
ナルはリンと向き合って座っていた
紫色の長い三つ編みを背に垂らしたリンは、綺麗な姿勢のまま静かに微笑んでいる
「お待ちしていました、ナルさん」
「手紙を出してお呼びしたのは、お話ししたいことがあったからです」
「うん、こっちもリンに相談したいことがあってさ、そのついでってやつ」
「わたくしに相談ですか? なんでしょう」
「リンの要件の後でいいよ」
「なんか悪いしさ」
リンは軽く頷くと、丁寧な口調のまままっすぐナルを見た
「それではナルさん、単刀直入に聞きます」
「今後の進路について何か希望はありますか?」
ナルは少しだけ首を傾げる
「進路?」
「あなたも十八歳になりました」
「そろそろ身の振り方を決めていただかないと、これ以上はわたくしにも周囲を抑えきれません」
その言葉で、ナルは家に届いた大量の手紙や贈り物を思い出した
ギルドに居づらくなったことを抜きにしても、もう以前のようには暮らせない
ナル自身も、それは感じていた
「それがさ、特に希望とかないんだよね」
ナルは困ったように笑う
「ただ、家族と平和に暮らせれば、それでよかったのにな……」
「わたし、A級ってやつなんでしょ?」
「それって何なの?」
リンは少しだけ目を細めた
「A級とは、国が認定する最高位の魔法使いです」
「登録されているのは10名ですが、そのうち1名は、もうすぐ寿命を迎えます」
「実際に戦力として動けるのは、事実上9名です」
「そんなに少ないんだ……」
「資源も人口も少ない我が国は、魔法の力で外敵との均衡を保っています」
「ですから、A級魔法使いを国に属さないまま、自由にしておくことはできません」
「なんで、わたしがA級なの?」
「理由は単純です」
「強いからですよ」
リンの返事には迷いがなかった
「あなたの赤さびの魔法は、希少で強力です」
「そして何より、あなたは悪食のスキルを持っています」
「その力が魔法使いとしてどれほど有用かは、あなたが一番よく分かっているでしょう」
ナルは肩をすくめる
「まぁね」
「悪食が魔法で戦うのに、すごく便利なのは分かるよ」
「難しい話ではありません」
「あなたはただ、国に属する立場にいてほしいのです」
「え~……わたしが公務員になるの?」
「そんなの勤まるかなぁ」
ナルは考えながら続ける
「わたしさ、働くことは嫌いじゃないよ。ギルドでも働いてたしさ」
「でも、それって家族と一緒に暮らしてただけなんだよね」
「あらためて1人で何かやれって言われてもさ~、分かんないよ」
するとリンは、少しだけ声をやわらげた
「お嫁に行く、という方法もありますよ」
「へ?」
「貴族の家に入れば、国に所属するのと同じことです」
「すでにお誘いもあるでしょう」
「え~、やだよ。知らない人と結婚するなんて」
「それならば、ミナと同じ方法を取りますか?」
「ミナと同じって?」
「わたくしの弟子となり、修業期間を設けるのです」
「その間は進路を保留できますし、あなたへの勧誘も止まるでしょう」
ナルは少し考えてから、首を傾げた
「魔法って、人から習うものじゃなくない?」
「その通りです」
「魔法使いは、それぞれが生まれ持った才に応じた魔法を使います」
「あなたがわたくしの水や雷の魔法を覚えることはできません」
「そうだよね」
「ですが、魔法体を作る技術や、魔力を使った加工技術など、後から学べるものもあります」
すると、リンの横から黒い猫が机へ飛び乗った
リンは猫の背を撫でながら続ける
「例えば、この猫のような魔法体です」
「ほかにも、魔法で砂糖を作る技術などがあります」
「誰でも使えるってこと?」
「訓練と適性は必要ですが、魔力を持つ者なら習得できる可能性があります」
「それだけではありません」
「魔法使いとして必要な知識だけでなく、力を持つ者としての立ち振る舞いも教えます」
「へー」
ナルには、あまり興味がわかない話だった
それでも、すぐに進路を決めなくてよくなるという部分だけは気になった
その様子を見て、リンは探るように言った
「その前に、一つ謝っておかなければなりません」
「この建物は、わたくしの管理する領域です」
「ここで起きたことは、すべて分かるようになっています」
「ん? 何の話?」
リンは猫を撫でる手を止めずに続けた
「ナルさんが、わたくしに何を相談しようとしているのかも」
ナルの肩が、ぴくりと揺れた
リンはそこで、少し間をおいた
「惚れ薬……なんてものがありますよ」
「な、なによそれ……」
「興味があるのでは?」
「……なんでそう思うの?」
リンは楽しそうに微笑んだ
その笑みは美しかったが、ナルには少しだけ冷たく見えた
「わたくしはナルさんの応援団なんです」
「先ほどのミナとの会話も、すべて見ていました」
「み、見てたの……」
「恋に悩むナルさんは、とても可愛らしかったですよ」
「どうしてよいか分からず、知らない女性にまで失恋話を聞こうとしていましたね」
「ですから、手助けをしたいのです」
「ソラさんの本心を確かめる、お手伝いを」
ナルは顔をしかめる
「惚れ薬って……」
「そんな方法で、ソラ君に好きになってもらっても意味ないじゃん」
「そうなのですか?」
「同じだと思いますが」
ナルはむっとしてリンを見る
「リンだって好きな人ができたことくらいあるでしょ?」
「だったら分かるんじゃないの?」
「ええ、分かりますよ」
リンはさらりと言った
「わたくしは魔女です」
「欲しいものは手に入れます」
その言葉に、ナルは息をのむ
「それに、惚れ薬はきっかけにすぎない」
「相手の心の奥底に、そうなりたいという願望がなければ、なにも起こらない」
「本来あるべき姿へ、戻すだけの話です」
「あるべき……姿?」
ナルは両手をぎゅっと握りしめた
「そんなのやだ」
「盗っちゃうなんて、そんな酷いことできない」
リンは穏やかな声で続けた
「盗る、というのは違います」
「あなたに気持ちが移るなら、それはソラさんが心の奥では、あなたを望んでいたということです」
「もともと、あなたへ向いていた気持ちなのです」
「……だって、最初からソラ君はミナが好きだったもん」
「ソラさんは優しい方です」
「昔から想い続けていたミナさんを、捨てられないだけかもしれませんよ」
「変な想像やめてよ!」
ナルは思わず強く言い返す
リンは、まったくひるまなかった
「魔女とは、人の心に敏感なものです」
「まして、これほど近くで暮らし、想い続けてきた相手の気持ちなら、何かしら感じ取っているはず」
そして、リンは静かに言葉を重ねる
「ソラさんの本心が、あなたにも伝わっているのでは?」
「だから、どうしても諦められないのではありませんか?」
ナルは顔を歪ませて、リンを睨みつけた
「何かを感じるから、あなたは苦しい」
リンはナルの反応を確かめるように、かすかに笑う
「心当たり……ありますね?」
リンは机越しに身を乗り出し、ナルの耳元で声を落とした
「少しくらい、魔法に頼っても良いじゃない」
ナルは黙ったまま動かない
「一年間、二人きりで支え合ってきた」
「ずっとソラさんの近くにいたのは、あなた」
「ソラさんを支えてきたのは、あなた」
「ソラさんを一番愛してるのは、あなた」
「なぜいけないの?」
「……真実を……確かめるだけなのに」
「ソラさんの本心が、本当はどこにあるのか」
「知りたいとは思いませんか?」
部屋はしばらく沈黙に包まれた
ナルの中では、いくつもの感情がぶつかっていた
「言っとくけど、ミナとソラ君は、そんなんじゃないから」
リンは微笑みながら答えた
「もちろんそうですとも」
「それならば、確かめても……だいじょうぶ」
「なにも起こらない」
「誰も困らない」
「わたくしへ相談に来たのでしょう?」
「真実を確かめれば、あなたは前へ進める」
「これが、わたくしの答えです」
その返事に、ナルはいやみっぽく言った
「リン、あなたのこと誤解してたわ」
「立派な魔女ね、あなた」
リンはまっすぐナルを見つめ返した
「そうです」
「わたくしは魔女です」
リンはナルの両肩へそっと手を置き、耳元へ唇を寄せて囁いた
「あなたもそうでしょ?」
ナルはなにも言い返さなかった
リンの考え方には納得できない
惚れ薬を使うことが正しいとは思えない
それでも、ソラへの気持ちから目を背けたままでは、前へ進めない
初めて、答えを探すための手がかりをもらった気がしていた
まだ、ナルは何一つ答えを出せていない
リンの弟子になれば、すぐに進路を決めずに済む
その間に、自分なりの答えを探すこともできるかもしれない
ナルはしばらく黙って考えたあと、リンを見上げた
「分かった」
「わたし、リンの弟子になる」
リンの口元に、満足そうな笑みが浮かぶ
「言っとくけど、あんたの考え方は嫌いよ」
「わたしが言うことを聞くとは思わないでね」
「もちろんです」
「無理に従わせるつもりはありませんよ」
リンは席を離れると、部屋の隅に置かれていた小さなグラスを手に取った
淡い黄色の飲み物が入っている
「長い話で、喉が渇いたでしょう」
「弟子入りのお祝いです」
「なにこれ?」
「レモネードです」
「疲れが取れますよ」
ナルはグラスを受け取り、鼻を近づけた
「いい匂い~」
爽やかな甘い香りに、ナルの表情が緩む
そのまま迷うことなく、グラスへ口をつけた
「おいしい!」
「甘くて、すっきりする~」
ナルは気に入ったように、残りも一気に飲み干した
空になったグラスを机へ置く
「これ、おいしいね!」
「おかわりとかできない!?」
「残念ですが、それだけです」
「え~、もっと飲みたかったのに」
リンは静かな笑みを浮かべて、その様子を見つめていた




