2-10 お披露目
ナルは曇りのない目で言った
「ミナ、わたし決めたわ」
「なにを?」
「わたし、ここに住みたい!」
「はあ?」
三人はパーティー会場のテーブルを囲んでいた
リンが隣でワインを飲む一方、ナルの前には料理を盛った皿がいくつも並んでいる
ナルは目の前の料理を見渡した
「ここは天国よ……」
「どうしたら、ここに住めるのかしら?」
「ナル~? 大丈夫かな~?」
「帰っておいで」
リンが口を挟んだ
「城に住めるのは王族だけです」
「王族の誰かと結婚すれば住めますね」
「そうかぁ……結婚かぁ……」
「知らない人とは、ちょっとなぁ……」
ミナがナルの顔を覗き込む
「まさか……本気で悩んでる?」
リンが続けた
「ただし、独身の成人王族は、リック陛下とその叔父君だけですよ」
「リックって、やっぱり独身なんだ」
リンがすぐにたしなめる
「ミナ、相手が国王だと分かっていますか?」
ナルが尋ねた
「それで、二人は何歳なの?」
「リック陛下が38歳、叔父君が56歳です」
「さすがに56歳は無理ね……」
「じゃあ、リックかぁ……」
「待って、ナル!」
「本気で言ってないわよね!?」
「だって、ミナ。これを見てよ」
「この薄いお肉、ここに住まないと二度と食べられないんだよ」
「ローストビーフですね」
「食べられるお店なら知っていますよ」
「え? そうなの?」
ナルはテーブルの料理を順番に指さした
「じゃあ、この干しブドウやナッツが入ったパンは?」
「こっちの、ぷるぷるしてて甘いやつは?」
「スコーンとプディングですね」
「どちらも中央区で食べられますよ」
ナルは並んだ料理を真剣に見回した
「じゃあ、この城に住まないと食べられないものは?」
「見たところ、ありませんね」
「中央区にはレストランがたくさんあります」
「むしろ王族と結婚すれば、城の料理しか食べられなくなるかもしれませんよ」
「えっ、ここに住む方がおいしいものを食べられなくなるの?」
「城の料理人も一流ですが……」
「まあ、そうとも言えます」
「なーんだ、よかった!」
「リックと結婚しないと、もう食べられないのかと思ったわ」
リンが呆れたように言った
「あなたも、相手が国王だと分かっていますか?」
ミナは何も言わず、がっくりとうなだれた
三人が食事をしていると、貴族達がひっきりなしに挨拶へ訪れた
そのたびにリンから促され、二人は両手でスカートの裾をつまみ、軽く腰を落とす
「ミナです。ごきげんよう」
「ナルです。ごきげんよう」
まるで業務のように、同じ礼を繰り返した
訪れるのは、決まって父親とその息子だった
どうやら、ミナとナルに息子を紹介しに来ているらしい
先ほどのリックとのやり取りを見ていたためか、彼らは二人へ直接声をかけようとはしなかった
代わりに、父親たちはリンへ懸命に愛想を振りまいている
二人のことを決めるのはリンだと、誰もが理解したようだった
ミナがナルに耳打ちした
「なんかわたし達、狙われてない?」
「ずっと見られてるよね~」
「落ち着かないな~」
そう言いながら、ナルは平然とステーキを切って口へ運んだ
「よくそんなに食べられるわね」
「え? おいしいよ?」
「いや、そうじゃなくてさ」
ひとしきり挨拶を終えると、リンが二人に言った
「そろそろ帰りますよ」
「え~、まだデザートも食べてないのに~」
「スープだって10種類のうち、3種類しか飲んでないんだよ!」
ミナが呆れたように言った
「全部食べるつもりだったの?」
「もう帰ろうよ」
リンは小さくため息をついた
「……では、あと10分だけいましょうか」
「その間に好きなものを食べなさい」
「え! 10分だけ!?」
「早く取ってこなきゃ!」
ナルは慌てて立ち上がり、料理を取りに向かった
リンはこめかみを押さえた
「ミナ。ナルについていてあげてください」
「大変不安です」
「だよね! 行ってくる」
ミナも慌ててナルを追いかけた
ナルは楽しそうに料理を物色している
その姿を見つめる貴族達の表情には、好意的な笑みが浮かんでいた
リンはその様子を眺め、小さくつぶやく
「案外……ナルが正解なのかもしれませんね」
結局、三人が会場を後にしたのは、それから40分後だった
帰りの馬車で、ナルは満足そうに言った
「おいしかったね~」
「また行きたいな」
「ナル、すごい食べてたよね」
「その体のどこに入ったの?」
「コルセットがなければな~」
「もっと食べられたのに」
「まだ食べる気だったの……」
「リックっていい人だったね!」
「また誘ってくれないかな~」
「でも、ナル・ラピスって呼ぶと、なんか変な感じだね」
「ミナ・ラピスもでしょ」
二人は顔を見合わせ、同時に笑った
リンはそんな二人を見つめ、小さく微笑む
馬車は三人を乗せ、組合へと帰っていった




