表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/33

第一話 さびはじめ

カウントダウン ~転生したら配管工になった~【ミナ・ラピスクロニクル】の続きです

「ぁ……ソラ……」

隣の部屋から、甘い声が漏れてきた


ナルは、ぱちっと目を開く


少しの沈黙


それから、表情を変えないまま呟いた

「…………ムリ」


がばっとベッドから起き上がる

薄い毛布を跳ねのけ、そのまま扉へ向かう


「ミナぁ……」

追い打ちみたいに、また聞こえた


ナルは静かに自分の部屋を出た

そして、すぐ隣の扉を開ける

逃げ込むように中へ入ると、そのまま背中で扉を閉めた


「はぁぁ~……」

ひときわ大きなため息が、殺風景な部屋に響いた


「新婚だからなぁ……」

ぼやいてから、ナルは部屋の中を見回す


ベッドしかない部屋

壁際には、大きな柄の長い戦斧が立てかけられている


「あれ、イナク、これ置いていったんだ」


ぽつりと呟いてから、部屋の真ん中へ向けて手を振った

すると、赤い砂の塊がふわりと現れ、丸いベッドの形を作った


ナルはそのベッドにぼふっと倒れ込む


「きついよ~……」

そう言って、顔をうずめる


「わたし、失恋したばっかりなんだけどぉ……」


このギルドは壁が薄すぎた

本当に、びっくりするくらい薄い


隣の部屋の気配が伝わるどころの話じゃない

声も、 息づかいすら伝わってくる


ナルは耳を塞ぐように頭を抱えた

「むりむりむり……」

「さすがにこれはむりだって……」


でも、それくらいで防げるはずもない

「ぁ……ソラ……」

「ミナ……いい……」


ナルはぴくりと肩を震わせた

「だめだってばぁ……!」


ベッドに顔を押し付け、くぐもった悲鳴を上げる


この建物はラピスギルド

ナルが育った場所

家そのものだった


ここには、ずっと家族がいた


ミナも

イナクも

そして、ソラも


だから、ナルはずっと思っていた

これからも、みんなでここで暮らしていくんだろうなと


平和に

楽しく

家族みたいに


本当に、それだけでよかったのだ


なのに


「なんでこんな目にあわなきゃいけないのぉ……」

ぽろっと本音が漏れた


ナルは小柄で華奢、薄い桃色のふわりとした長い髪をして、琥珀色の目がよく笑う。ちょっと気の抜けた雰囲気の女の子

実はちょっとした有名人で

国が言うには、たった九人しかいないA級魔法使いらしい


そんなナルにはこの1年の間、色々な誘いが届いていた


貴族からの求婚

魔法省や軍からの勧誘


そんなものが、ナルのもとには次々やってくる


でも、ナル自身はあまり気にしていない

興味すら持っていなかった


隣の部屋で、新婚夫婦がいちゃいちゃしている

その事実のほうが、今のナルにはよほど重い


「はぁぁ~……」

ナルはまた大きく息を吐いた


「ミナとの結婚は祝福するよ……」

「そりゃ、するけどさぁ……」


そこで一度言葉を切って、天井を見る

「さすがに新婚夫婦と同居は無理だよぉ……」


ミナは幼い頃からこのギルドで暮らしてきた女の子だ

ナルは十八才で、ミナは一つ下


そんなミナとソラは、つい最近結婚したばかりだった


ソラは異世界から来た転生者で

貧乏で潰れかけていた、このギルドを立て直してくれた人


そして…

ナルの、初恋の人でもあった


「分かってたよ……」

「分かってたけどさぁ……」


ナルは自分に言い聞かせるように呟く

「ソラ君、わたしのことも好きだったじゃ~ん……」


別に、思い込みじゃない


この一年、ナルとソラは二人きりでギルドに暮らしていた

ミナは事情があって、一年間ギルドを留守にしていたからだ

幼い頃から一緒だったイナクも、軍で寮生活をしていて留守だった


その間、二人は仲良くやってきた

一緒に頑張って

一緒に笑って、食べて

ソラの夢の話も、何度も聞いた


時々、ソラが少し違う目で自分を見ていることにも、ナルは気づいていた


ミナという心に決めた人がいなければ

きっと、どうにかなっていただろう

それくらいに近かった


「でも……仕方ないよね~……」


ナルはベッドの上で寝返りを打つ

「ミナから盗るなんて嫌だし」

「それに、ソラ君って一途だからなぁ……」


そこまで言って、少しだけ笑った

「ま、わたしが好きになった人だもんね~」

「浮気なんかするわけないかぁ……」


ナルはもともと、このギルドで暮らしてきた

小さい頃から、ずっとだ


ミナと イナクは

家族みたいなものだった


だから、ミナの幸せが心から嬉しい

それは本心だ


ただ


膨れ上がってしまったソラへの気持ちだけが

置き去りになってしまっている


ナルは目を閉じる


「やっぱ……これ以上むりかなぁ……」

ぽつりと漏らす


限界を感じていた


もともと、ソラはミナが拾ってきた異世界転生者だった

当たり前みたいに二人は惹かれ合って、ソラが告白した

ミナもソラを愛していた


ただ、色々あって、ミナの返事は少し遅れた

その間に、ナルはソラへ想いを告げてしまったことがあったのだ


「なんで告白しちゃったかなぁ……」

「でもあの時は仕方ないよ~……」

「わたし、絶対死ぬと思ってたんだもん」


ミナには複雑な事情があった

彼女は強力な魔法使いで、別の人格を宿していた


その人格が目覚め、ミナを乗っ取った時

ソラを命がけで守ったのがナルだった


あの時、自分はミナとの戦いで死ぬと思った

だから、ずっと秘めていた気持ちを伝えてしまったのだ


言わなければよかった


でも、一度口にしてしまったら

もう、なかったことにはできなかった


「あ~~~、分かってたら絶対言わなかったのに~~」

「言っちゃったら、気持ち止められないじゃ~ん……」


ソラはこう言われると不本意かもしれないが

彼はナルの告白に対して、こう返事した


ミナが好きだが、ナルも好きだ

ミナに振られたら、ナルでもいい


そういう話だった


ナルは、その返事だけでも十分衝撃だった

それまで自分は、女として見られていないと思っていたからだ


だから、つい言ってしまった


ミナの返事を聞くまでは、キープされてあげる――と


その結果が、今だ


ミナとソラは結婚した

ナルは失恋した

そして、壁の薄いギルドに新婚夫婦と同居している


地獄だった

「わたし……そんなに悪いことしたぁ……」


ナルは天井を見つめた


最初は、本当にうまくやれると思っていた

二人を祝福して

また家族として

仲良く暮らしていけると思っていた


でも、毎晩毎晩、新婚夫婦から溢れてくる幸せの音は

失恋したばかりのナルには、あまりにもきつかった


「わたし……ここにいちゃ……だめだよね……」

その呟きは、寂しさと迷いに溢れていた


ここは大切な場所だ

想い出がある

いまはいないイナクだって、帰ってくる場所はここだ


ナルはずっと、家族とここで暮らしたいと思ってきた

それで満足なのだ…


今だって、その気持ちは変わらない

でも…


「ぁ……ソラ……」

また聞こえた


「もう無理~!」

とうとうナルはこの家にいることが耐えられなくなった

イナクの部屋を飛び出し、食堂を抜け、そのまま外へ出る


夜は静まり返っていた

虫の声だけが響いている


「ふぅ……」

ようやく、変な緊張から解放された気がした


ナルはギルドの建物を振り返る

「わたしが……ここを出ていきたいだなんて……」


少し前の自分なら、そんなこと考えもしなかっただろう


家族と

平和に

今のまま


それが、ナルの願いだったのだから

でも、もう駄目だった


これ以上は、自分が耐えられない

ナルはそれを、ちゃんと分かっていた


空には月が浮かんでいた


その月を見上げたナルの足元から、赤い砂が現れる

ふわりと渦を巻き、雲のように彼女の身体を持ち上げた


彼女の魔法は、赤さびの魔法

鉄にわく、あの赤さびだ


前はその属性を、かっこ悪いと嫌がっていた

でも今は、そこまで気にしていない


ギルドの屋根が小さく見える高さまで昇る

夜風が頬をなでる


「わたし……分かってなかったな……」


両手を胸に当てて、ナルは呟く

「気持ちが届かないって……こんなに……切ないことだったんだね」


それから月を見上げたまま、ぽつりと言った

「わたしの……やりたいこと……かぁ」


頭に浮かぶのは、家族のことばかりだった

……ソラのことばかりだった


この一年、ソラの夢をたくさん聞いてきた


子供たちが水運びをしなくてもいいように、上水道を作りたい

そして、子供達が安心して学べる学校を作りたい

不衛生な旧市街を綺麗にしたいから、下水道を作りたい

親のいない子供たちを引き取る孤児院に、金銭的な支援をしたい


ナルも、その夢に共感してきた

一緒に頑張りたいと思っていた

自分の夢も、きっとソラと同じなんだと思っていた


でも


こうなって、やっと気づいた


自分の中には、たくさんあると思っていたのに

本当は何もなくて


ソラしか、いなかったのだと


風の中で月を見つめるナルの目から、ぽろぽろと涙が零れる

「知ってたのに……わたしって……ばかだなぁ……」


少し冷たい夜風の中

ナルはただ、静かに肩を揺らしていた


もう、今までと同じではいられない

そのことだけは、痛いほど分かっていた


火曜の朝に定期更新

ブックマーク、リアクション、評価、励みになります

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ