1-2 わたしの居場所
へっくしゅ!
ナルはくしゃみをして目を覚ました
気づけば、自分で作った赤い雲の上に寝転んでいる
「あれぇ~、あのまま寝ちゃったんだ」
あたりはまだ暗く、空がわずかに白み始めていた
下を覗いてみても、暗くて何も見えない
ナルは、明るくなるまで待つことにした
やがて朝日が昇り、眩しい光が差し込む
「わぁ~、きれ~い」
その時になって、ナルは自分がずいぶん高いところまで来ていたことに気づいた
遠い地平線が見える
しばらく、その光景を黙って眺めていた
ふと、自分の住む街を見下ろす
住み慣れたナルの世界は、とても小さく見えた
「そっか……わたしって、あの町しか知らないんだよね」
ナルはそうつぶやいて、また地平線へ目を向ける
ゆっくりと赤い雲を下ろしながら
ナルはずっと、遠くを見つめていた
しばらくして、ナルはギルドの前に降り立った
中へ入ると、朝食の美味しそうな匂いが漂っている
厨房では、左手の薬指に指輪を光らせたミナが卵焼きを焼いていた
ナルに気づいたミナが顔を上げる
「ナル? 部屋で寝てたんじゃなかったの?」
「うん、ちょっと散歩にね」
「えー、珍しいね」
「たまにはさ……」
ナルは厨房へ入ると、皿やフォークを取り出した
「朝ごはん作ってたの? 手伝うね」
ミナはたどたどしい手つきで、卵焼きを作っている
また一緒に暮らせるようになってから
ミナは家事を覚えようと頑張っていた
「ミナも奥さんって感じになってきたね~」
「え? そうかな」
「幸せなのが伝わってくるよ」
「ほんと? ソラのおかげだね~」
「うん、ほんとうによかったね」
照れたように笑うミナを見て、ナルも嬉しくなった
すると、厨房にソラが入ってきた
「おはよう、二人とも」
「おはよ~、ソラ」
「ソラ君、おはよー」
「今日は二人とも早いね」
「ごめん、朝食の準備を手伝えなくて」
「いいよ、わたしが作りたかったんだから」
ソラはミナのすぐ隣まで寄り、卵焼きを覗き込んだ
「もうできてるんだね」
「運ぶのは俺がやるよ」
三人は食堂へ移り、朝食を食べ始めた
ナルが卵焼きを見て言う
「おいしそ~」
「ミナって絶対料理上達してるよね」
「ほんと? ありがとう~」
ナルは二人へ目を向ける
胸が、いつものようにちくりと痛んだ
ミナとソラは、肩が触れるほど近くに座っていた
横には十分な場所が余っている
なんか……近くない……?
二人が同時に卵焼きを口へ入れる
ナルも食べてみたが、塩がかかっていない
「うまい!」
ソラが嬉しそうに声を上げた
「ミナの料理は世界一だ!」
「え~、言いすぎだよ~」
二人は顔を寄せて笑い合っている
こういう小さな積み重ねが、ナルにはつらかった
朝からこれだし……夜はあれだし……まったく……
ナルは二人から目をそらした
「新婚だから、仕方ないよね~」
もう何度も自分に言い聞かせた言葉をつぶやく
窓の向こうから差し込む朝焼けの光に目を向けながら
ナルは遠い地平線を思い出していた
すると、ギルドの入口から声がした
「郵便で~す」
ナルが受け取りに向かうと、郵便屋は次々に荷物を運び込んだ
大きな花束
手紙の山
いくつもの贈り物
立派な杖やドレスまである
「ちょ、ちょっと、これ間違いじゃないの?」
「全部ナルさんへの誕生日プレゼントですよ」
「量が多かったので、まとめて持ってきました」
ナルは十八才の誕生日を迎えたばかりだった
ミナが手紙を一通取り、中を確認する
「これ……求婚の手紙だよ……」
フリーのA級魔法使いであるナルには、以前から知らない貴族や富豪から求婚が届いていた
正式に大人と認められる十八才になり、その数が一気に増えたらしい
ナルは気持ちのこもっていない声で言った
「わたしモテモテ~、どうしよう~」
ミナが手紙の山から一通を見つけ、ナルへ差し出した
「ナル、これリンからだよ」
リンは魔法省の長官を務める魔法使いだ
ナルの魔法の才能を検査して見つけてくれたのもリンだった
ナルはリンからの手紙を受け取り、目を落とす
進路相談のため、組合へ来るように書かれていた
ナルは小さくため息をついた
「なんかちょっと疲れちゃったから、横になるね」
そう言って自分の部屋へ戻る
「進路相談……?」
「なによそれ……」
ナルはベッドに体を投げ出した
「あ~あ、やだなぁ」
さっきの二人の姿が頭から離れなかった
「わたしって、一度好きになったら、しつこかったんだなぁ」
ナルはリンの手紙を取り出す
そこには「なんでも相談してください」と書かれていた
「リンって、サラさんと同じくらいの歳だよね……」
「ってことは、ひょっとして経験豊富?」
サラは、亡くなったミナの母親で、ラピス・ギルドの創設者だった
ナルには、恋愛について相談できる相手がいなかった
「なんでもってことは……なんでもだよね?」
いたずらっぽく笑い、ナルはベッドから立ち上がった
食堂へ戻ると、ミナが心配そうに声をかけてきた
「ナル、もう大丈夫なの?」
「うん、平気だよ」
「ちょっとリンのところに行ってくるね~」
「夕方までには帰ってくる?」
「たぶんね」
ナルはギルドを出て、組合へ向かった
ナルが恋愛相談のために訪ねてくるなど
リンは夢にも思っていないだろう




