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2-2 姉妹弟子

休日の朝


ナルは部屋にこもり、『マリー・マリンの放浪伝記』第八巻を読んでいた


マリーはリックの告白に答えを出せず、旅と女の幸せの間で揺れている


「お願いマリー……わたしを置いていかないで……」


ナルは本を抱えるようにそうつぶやいた


その時、扉を叩く音がした


「ナル~、入ってもいい?」


ミナの声だった


「いいよ~」


返事をすると、すぐに扉が開く


部屋に入ってきたミナは、ベッドの上のナルを見て一瞬立ち止まった


ナルはうつ伏せに寝転んで本を読み、足をぱたぱたと揺らしている


その格好は、赤いショートパンツに薄いキャミソール姿だった


「なにその格好」


「え? 部屋着だよ」


「ナルってそんな格好してたっけ」

「前はもっとぶかぶかしたの着てたじゃん」


「最近はこういう方が楽でいいの」


「ふーん」


ミナはナルの格好をもう一度見て、少しだけ考え込んだ


「で、なんの用?」


「あ、そうそう。朝ごはん食べに行こうよ」


「待って、今いいところなの」

「マリーが危ういのよ」


「マリー? ああ、いつもの本の話?」

「手が離せないなら、ナルの分ももらってこようか?」


「ありがとう! 助かる!」


「はーい」


ミナは部屋を出ていった


しばらくすると、再び扉を叩く音がする


「ナル~、入るよー」


戻ってきたミナの手には、切れ目を入れたバゲットにベーコンや野菜を挟んだものが二つあった


一方のナルは、ベッドの上に正座して腕を組み、目を閉じて黙り込んでいる


「なにしてるの?」


「悩んでるの」


「それは見たら分かるけど、なにを?」


「九巻を読むかどうか」


「読めばいいじゃん、好きなんでしょ?」

「いつも楽しそうに話してたじゃん」


「マリーがリックとキスして、八巻が終わったのよ」


「リック? 誰それ」


「お金持ちで、さわやか美男子で、優しい王子様」

「マリーにアプローチしてるの」


「へー、マリーってその王子様と結ばれて、ハッピーエンドになるんだ」

「良かったね」


ナルはむっとしてミナを見た


「よくないでしょ!」

「マリーが旅やめちゃうじゃん!」


「やめればいいじゃん」

「マリーって、女ひとりで定職もなく放浪してるんでしょ?」

「そんなマリーが王子様に好かれるなんて、すごくラッキーじゃん」


「なにそれ! 見損なったわ、ミナ!」

「あなた、夢より男を取るような女だったの!?」


「わたしは初恋もしたことがないのに、ナルにそんなこと言われたくないよ」

「ナルだってソラと付き合えてたら、夢のことなんか考えずに幸せに暮らしてたでしょ」


「嫌なの!」

「マリーはわたしの憧れなの! ずっと放浪しててほしいの!」


「マリーだって、いつまでも若くないんだから、そんな無茶できないでしょ」


「なによ、あんた! 前はもっと尖ってたじゃない!」

「最近、腑抜けてきたんじゃないの!?」


「わたしは最初からこうだよ!」

「あれは魂が混ざってて、あんたたちの恋愛バトルに巻き込まれただけでしょ!?」


「恋愛バトルなんかしてないもん!」


「ナルこそ、失恋してからやさぐれて、リンに似てきたんじゃないの!?」

「あんな大人になりたいわけ!?」


二人は息を切らせながら睨み合った


その時、ナルの目がミナの持っているバゲットに止まる


「あれ? ミナ、それなに?」


険しかった表情が、あっという間に緩んだ


「え? 朝ごはんだよ」

「もらってくるって言ったでしょ」


「わぁ~、美味しそう~」


「でしょ! これ、最近できたお店のパンで、すごく評判なんだよ」

「挟む具も選べてさ、特製のソースが絶品なんだって」


「えぇ~、ありがとう~、ミナ大好き~」


ミナは少し疲れた顔で言った


「ナルさぁ、ほんとそういうところ気をつけなよ」

「全部、そういうところから始まってると思うよ」


「ん? なんの話?」


「美味しいもの食べさせてくれるからって、好きになっちゃだめって話」


「あ! そうなのよ!」

「マリーがさ、リックに見たこともない料理を食べさせてもらったの!」

「それから様子がおかしくなったのよ!」

「ほんと、ずるいよね。リックって!」


「えっと……そうじゃなくて……」


「でも、マリーなら、はねのけてくれると思うの!」


「……分かってはいるんだ」

「そうだね、はねのけてほしいよね……」


「でしょ!」


「じゃ、食べようか」

「美味しいよ、きっと」


「うん!」


二人は大きく口を開け、バゲットにかじりついた


「おいしい~! すご~い、こんなの食べたことない!」


「ねえ、ナル」


「ん? どうしたの?」


「わたし、美味しいお店をたくさん知ってるよ」


「え! そうなの?」


「うん。わたしが食べさせてあげるよ、全部」


「ええ! そんなに優しかった? ミナ」


「ナルには優しくしてあげないとね~」


「ありがとう~! でも、どうしたの? 急に」


「いや……それしかないのかなって」


「なにそれ? 変なこと言うね」


嬉しそうにパンを頬張るナルを見ながら、ミナは心の中で思った


ナルは……わたしがなんとかしなきゃ


「それで?」

「最後まで読むの? その本」


「ん~、それが問題よね~」

「マリーはずっと、男なんかいらないって言ってたのよ」


「それって、前に失恋でもしてたんじゃないの?」

「ナルみたいなもんでしょ」


ナルは力なく横に倒れ込んだ


「やっぱり……そうなのかな」

「マリーの言うこと、妙に分かるな~とは思ってたのよ……」


「どうせだったら、最後まで読んでマリーを参考にしたら?」


「やだよ~、マリーが寝取られるなんて」

「読みたくな~い」


「寝取られるってなによ」

「そこまで読んでやめるのって気持ち悪くないの?」


「気持ち悪い~い、でも読みたくなぁい~」


「ってか、わたしもここまで聞いちゃったら気になるよ」

「ナルが読まないなら、わたしが読むからね」


「だめ! 汚れるから」


「なによそれ!」

「だったら読みなさいよ! それで結末教えて」


「わかったよ……」


朝食を食べ終えると、ナルは第九巻を手に取って読み始めた


ミナは絨毯の上を片づけ、鞄から白い布を取り出して広げる


その上に小さな石や紐、金具を並べ始めた


ナルは本から少しだけ目を上げる


「なにそれ?」


「アクセサリー作り」

「リンに教わったばかりじゃん」


「魔具のこと?」

「自分の魔力を封じ込めて、お守りにするやつね」


「そうそう。ちゃんと作ってみようと思ってさ」


「ふーん、できたら見せてね~」


ナルは読書


ミナはアクセサリー作り


やがて、部屋の掛け時計が十二時を告げた


時計の音と同時に、ナルは第九巻をぱたりと閉じた


「はぁ~」


そのまま力なく肩を落とす


「読み終わったの?」


「うん」


「どうだった?」


「なんか元カレのルッツが出てきて、揉めてた」


「えぇ……なにそれ」


「ルッツがマリーを忘れられないとか言い出して、リックと殴り合いになってた」

「忙しくて疎遠になって、喧嘩したっきり会ってなかっただけとかなんとか」


「修羅場じゃん……」

「マリーも隅に置けないね」


「旅はどこいったのよ~」

「ただの現実逃避だったのぉ~」


「うわぁ……憧れの人、意外と庶民的だね」


「もうわたし、最終巻読みたくないよ……」

「マリーが男まみれだよ……」


「いや、そこは読んでよ!」

「わたしが気になるじゃん」


「ミナ、なんかお腹すかない?」


「うん、すいてきたね~」

「何か食べる?」


「おいしいもの! 食べた~い」


「ふふ~ん、ちゃんとお店を探してあるよ」

「ナルの胃袋は、わたしが管理するからね」


「やったー! 早く行こうよ」


ナルは勢いよく扉へ向かった


「ちょっと待って!」


「え? なに?」


「そんな格好で行くつもり?」


ナルは自分の格好を見下ろした


「あ! そっか。危ない危ない」


慌てて服を着替える


「お待たせ! 行こうよ!」


二人は部屋を出て、組合の裏口から外へ向かった


「なに食べさせてくれるの?」


「ふわふわパンケーキだよ~」


「パンケーキ?」

「それなら前にリンも……」


「ちがうんだな~」

「出来立てでしか味わえない美味しさがあるんだから」


「パンケーキって色々あるの?」


「そういうこと」

「一番美味しいのを食べさせたのは、わたしだって覚えておいてね」


「なによそれ」


「ふふ~ん」


そうこう話しているうちに、目当ての店へ着いた


店はかなり混み合い、外まで列ができている


「もう甘い匂いがするね!」


ナルが弾んだ声で言った


「うん、期待してて! こっちだよ」


二人は列の最後尾に並んだ





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