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赤さびの魔女【ナル・ラピスクロニクル】  作者: うめやす.
2章_魔女の姉妹弟子
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第十二話 新たな日常①

住めば都

居場所はある

「もうだめ……わたし死んじゃう……お家に帰る……」

床にぼろ雑巾みたいに倒れたまま、ナルがうめいた


今日もナルは、リンの魔法で強制的に筋トレのメニューをこなしていた

弟子になってから、もう一か月ほど訓練を続けている

座学にはだいぶ慣れたが、筋トレだけはどうしても慣れなかった


「だいじょうぶ〜? ナル」

ミナが心配そうに声をかけ、肩を貸してくれる

ナルはミナに支えられて、ようやく起き上がった


ミナはナルの二の腕を軽くつまんで言う

「ナルって全然筋肉つかないよね、ある意味すごいよ」

「見て、わたしなんてこんなに」


ミナは腕を曲げて、左腕の硬そうな力こぶを見せた


それをチラリと見てからナルは言った

「わたしに筋肉は無理なのよ……筋肉なんて嫌い……」


「そういうこと言うから付かないんじゃないの?」


「そんなわけないでしょ! 一生懸命やってるもん」


そこへリンが台車を押してきた

台車の上には、ジョッキに入った白い液体と紅茶のセット

それから丸い鉄の蓋がかぶせられた皿が載っている


「ゴールデンタイムを逃してはいけません、早く飲みなさい」


リンは毎回これを言う

ナルは最近、本気で思っていた

筋トレはリンの趣味なんじゃないかと


その疑いと不満が、じわじわ積もって口から出た

「リン、これって本当に意味あるの? 筋トレやりたくないんだけど」


リンは穏やかな顔のまま答える

「ナルは本当によく頑張っていますね、辛いのは最初だけです」

「さあ、早く飲まないと、せっかくのトレーニングが無駄になってしまいます」


そう言ってリンは、二人にジョッキを手渡した


ナルは不満そうにリンを睨みながら受け取る

そこで、いつもより少しだけ色がクリームっぽいことに気づいた


「あれ? いつもと違う?」


「はい、ナルさん用の特製です」


ナルはジョッキに口をつけ、少しだけ飲んだ


「おいしい!」


ぱっと顔が明るくなる


「魔糖に果物の果汁も加えて、味を調節してあります、気に入りましたか?」


「うん! わたしこれ好き!」


そう言ってナルは、ごくごくと一気に飲み干した


その様子を、リンが嬉しそうに見ている

ミナは少しだけ何か言いたげな顔で、そんなナルを見ていた


するとリンが丸い鉄蓋に手を置いて言う

「ナルは頑張っていて偉いですから、今日は特別なものを用意しましたよ」


「え! ほんとに? なになに!?」


「じゃーん、シュークリームです。国一番の人気店から取り寄せました」


「おぉー、シュークリーム! 食べたことない!」


「とても美味しいですよ、さあ、あちらで食べましょう」


「うん!」


ミナは小さく頭を抱えた

毎回この流れなのだ


リンは、ナルの扱いがどんどん上手くなっていた


ナルの筋トレは、リンが魔法で無理やり体を動かしてやらせている

ナルは自力では腕立て伏せすら満足にできない

一か月訓練を続けても、まだ四、五回が限界だった


毎回、ナルは悲鳴を上げながら筋トレをやらされる

そして終わると、リンは決まってナルの知らないお菓子を持ってくる

ナルはそれを見ると、さっきまでの不満をきれいに忘れてしまうのだ


そんなナルを見ながら、ミナは改めて心に決めていた


悪い人に騙されないように、わたしが見ててあげないと


気持ちのいい日差しの入るテラスに、三人は腰を下ろした

いつものように、お茶会が始まる


リンが穏やかな口調で言った

「ナルもここでの生活に慣れてきましたか?」


「んー、まあね。でも筋トレだけは慣れないなぁ」


「ナルって筋肉が付かない体質なのかもね~」


「なんかそんな気がする、わたし向いてないよ~」


「大丈夫です、そのうちつきます。つかせます」


「え……なんかリン、ちょっと怖いよ」


たじろいだナルの前に、シュークリームが置かれた

「召し上がれ。手で触れると味が変わってしまうから、その紙で包んで食べなさい」


「わあ! ありがとう、いただきま~す」


ナルは嬉しそうにシュークリームを頬張った

「外がカリカリしてる~! それに中に入ってるクリームがたまらない~!」


「カスタードクリームです。外側が柔らかいものもあるんですよ、次はそちらを用意しますね」


「やった! ありがとう!」


ナルは上機嫌で食べていた

本当に毎回こんな感じだった


リンの訓練は、基本は座学だった

週に三日は筋トレがあり、一日は休みがある

今日は午前中に国の歴史を学び、午後は筋トレという流れだ


ナルは座学が好きだった

知らないことを知れるからだ


それに、ここには今までになかった楽しみがあった


「リン、今日も書庫利用の許可もらってもいい?」


「いいですよ、もう読み終わったのですか?」


ナルは本を読むのが好きだった

特に異国のことが書かれている本が好きで、暇さえあれば読みふけっている


「ミナも一緒にいく?」


「ん~、パス。前の読み終わってないし」


対してミナは、あまり読書が好みではないようだった


お茶会が終わると、ナルはリンから図書カードに書庫利用の判子をもらって、軽い足取りで書庫に向かった

明日は週に一度の休みの日だ

ゆっくり本を読んで過ごそうと、ナルは考えていた


組合には大きな書庫があり、数万冊の本が保管されている

一般公開はされておらず、入れるのは魔法省から許可を得た者だけだった


リンは書庫の管理者の一人で、ナルが頼むとすぐに許可をくれた


装飾の施された書庫の入り口の横に机があり、女性が一人座っていた

彼女の名前はニーナ

少し茶の入った髪を左右に分けて三つ編みにしている

書庫の管理人をしていて、いつも本を読んでいた

ナルとは本好き同士で仲良くなっていた


「ニーナ、元気~?」


「あ、ナル。また本を借りにきたの?」


「うん。前に借りたのは読み終わったから」


そう言ってナルは、手に持っていた図書カードをニーナに渡す

ニーナはリンの許可印を確認すると、机の棚から判子を取り出して押した


「ナルもさ、こういうの読んでみない? 絶対はまるって」

そう言ってニーナが見せてきたのは、恋愛小説だった


「んー、いまはいいかな……他に読みたい本があるの」

そうは言ったが、本音のところ、しばらく恋愛と距離を置きたいとナルは思っていた


「じゃ、中に入るね」


「はい、許可します。返却する本の場所を間違わないでね」


そう言ってナルは、鍵を使って書庫の中に入った


そこは広い図書館のようだった

入ってすぐ二階まで吹き抜けになっていて、階段が伸びている

一階にも二階にも、天井まで届く背の高い本棚がずらりと並び、びっしりと本が収められていた


ナルのお気に入りは、旅行記や紀行文、地理風俗や食文化の棚だった


その中でも、特にいまナルを夢中にさせている本があった


マリー・マリンの放浪伝記


全十巻ある長編の旅行記だった


主人公のマリーは、黄金色の長い髪をした大人の魔法使い

さまざまな国を巡って旅をしている

彼女のスキルは守護

自分や他人を守る結界を張ることができた


マリーは旅をしながら、多くの人と出会い、助け、ときには守ったりもする

ナルはそんな主人公に強く憧れていたのだ


読み終わった第七巻を本棚に戻す

そして第八巻に指をかけたところで、ナルの動きが止まった


「そういえば……」


ナルは第七巻の最後の内容を思い出していた


主人公は、いろいろな国での旅を経て、一人の男性リックと出会う

そのリックのいる国に滞在する話が続いたと思ったら、最後は告白される場面で第七巻が終わっていたのだ


「まさか……リックと結婚して、旅するのやめたりしないよね……」


ナルは、旅をするマリーの話を夢中で読んでいた

恋愛して定住するなんて、最悪の結末に感じた

夢が終わり、憧れの人が消えてしまうようなものだった


まして今のナルは、マリーが恋愛していちゃいちゃしだす話なんか絶対に読みたくなかった


「マリーなら、男なんかより旅を選んでくれるよね」


第八巻が少しだけナルの指に引かれる


「いや……でも、マリーもリックが好きっぽかったよね……あれから断ったりする?」


第八巻が少しだけ本棚に戻る


「いやいや……でもマリーは第三巻で『私は恋なんかしない』って言ってたよね」


また第八巻が少しだけ指に引かれる


一巻から七巻までの内容を頭の中で総ざらいしながら、ナルの葛藤はしばらく続いた


そして――


「今日は三冊借りてくね~」


そう言ってニーナの前に置かれたのは、マリー・マリンの放浪伝記、第八巻から第十巻までだった


「なんか書庫から出てくるの遅かったね、今日は三冊も借りるんだ」


「明日お休みなのよ。一日部屋にこもって読破するつもり」


「ナルのお気に入りだもんね、このシリーズ」


「うん。この本の主人公が、わたしの憧れなの!」


ナルは悩んだ末に、マリーを信じることにした


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