6ー26 今まで、ありがとう
すると周辺に舞っていた光の鎖がすっと消えた
アルトが目を向けると、ルッツとマリーはその場にうずくまっていた
アルトがリンに尋ねる
「なにをした?」
「なにも」
「彼らは以前、わたくしの麻痺薬を吸ったことがあります」
「あの薬は、一時的に効いて終わるものではありません」
「もう一度働きかければ再発します」
「準備のいいことだな」
「よくやった、愛してるよ、リン」
アルトは体が麻痺してうずくまるルッツにとどめを刺そうと歩み寄る
するとリンが声をかけた
「待ってください」
アルトの目に、また冷たい光が宿った
今度はそれをリンに隠そうともしなかった
「なんだ?」
「彼らはわたくしの研究のいい材料になります」
「殺さないでください」
「マリーは好きにしろ、だがルッツはだめだ」
「いいえ、研究材料としてルッツの方が価値が高い」
「あなたの王国のためですよ」
「なんの研究だ?」
「魔法使いの魂の研究です」
「アルならば興味があるのでは?」
「ないな、俺には必要ない」
「ルッツはだめだと言っている」
「俺の言うことが聞けないのか?」
リンは返事をしなかった
「返事はどうした」
リンは諦めたように下を向いた
「はい」
アルトはルッツに歩み寄り、光の剣を掲げた
マリーが叫んだ
「やめて! おねがいだから、やめてよ!」
「おねがい! リン!」
その時、リンはマリーの麻痺だけを解いた
指先に力が戻ったことに気づき、マリーはリンに目を向けた
そして小さく呟いた
「ありがとう」
アルトは容赦なくルッツの首に向けて光の剣を振り下ろす
次の瞬間、衝突するような大きな音が鳴り響いた
アルトが目を細める
ルッツを庇ったマリーが、強い青い光を全身にまとい、アルトの光の剣を受け止めていた
しかし、光の剣は青い守護を貫き、マリーの左肩から胸元まで深く食い込んでいた
アルトを睨みつけながらマリーが血を吐いた
ルッツが叫ぶ
「マリー!」
次の瞬間、紫の光がアルトとルッツ、そしてマリーを包み込んだ
光の剣は、その中へ飲み込まれるように掻き消える
続けて、アルトへ向けて赤い砂が迫った
アルトはすぐに後ろへ飛んでそれをかわす
ルッツは這うようにマリーへ駆け寄り、彼女を抱き寄せた
そのルッツの前に立ちふさがるように、ナルが降り立った
ナルはリンを見る
「リン、み~つけた」
「勝手にかくれんぼ始めるなんて駄目でしょ」
「首に縄つけて連れて帰っておしおきするからね」
リンの目が細まる
「ナル……」
アルトがリンを横目で見る
「もう一人の方の弟子か」
「やっかいな能力を持っているようだな」
「弱点はないのか?」
「ありません」
「ナルがここに現れた時点で、わたくしたちに勝ち目はなくなりました」
「光の剣はナルの前には無力です」
「逃げるしかありませんね」
アルトはナルをもう一度見て、舌打ちした
ナルの悪食の光が周辺に広がる
一瞬でアルトとリンは悪食の光に包まれた
「わたしから逃げられると思ってるの?」
「リン、帰るよ!」
「ナル、あなたは本当にやっかいですね」
「もうわたくしのことは放っておいてください」
「なに言ってんのよ、わたしたち家族でしょ?」
「なんで放っとかなきゃいけないのよ」
「わたくしは、誓いました」
「もう二度と、彼を裏切らないと」
「ようするに、そいつがアルってわけ?」
「なんか思ってたのと感じが違うわね」
「あんた、男の趣味が悪いんじゃないの?」
リンは嬉しそうに小さく微笑んだ
「よくできましたね、ナル」
「一目で見抜けるあなたが誇らしいですよ」
「運命の王子様の影に惹かれて、壊れた人形にすらすがる、惨めな女」
「それがわたくしの正体なのです」
「ナル、あなたならもう、わたくしがいなくても大丈夫」
「どうか、わたくしのことは、忘れてください」
「ふざけんじゃないわよ!」
「わたしたちが、リンを忘れるわけないでしょ!」
「わたしとミナは一度付き合ったら最後、二度と別れられない」
「重い、おも~い女なのよ! あんたはもう手遅れなんだから」
「力ずくでも連れて帰るわよ」
「あなたたちなら、そう言いますよね」
リンはナルを見て優しく微笑んだ
「だからこそ、今のわたくしでは、あなたたちのそばにはいられません」
「わたくしは、誓います」
「死して、永遠にあなたたちだけを、愛すると」
「今まで、ありがとう」
するとリンはアルトの腰に差してあったナイフを引き抜く
そして、自らの首に押し当てた
その刃先がリンの首に触れて、血がしたたり落ちた
「ナル、悪食の光を消しなさい」
「アルを逃がしてあげて」
「なにやってんのよ!?」
「なによそんな男! そんな奴のどこがいいのよ!」
リンはナイフを握る手にもう片方の手を重ね、祈るようにナルへ懇願する
「ナル……一生のお願い」
「アルは逃がしてあげてね」
ナルは歯を食いしばる
「わ、わかったよ……」
ナルは悪食の光を徐々に小さくしていく
やがて、その光がアルトとリンの周囲から引いていく
その瞬間だった
リンは首に押し当てていたナイフを、アルトの右太ももへ浅く刺した
そしてすぐにナイフから手を離し、アルトにすり寄るように体を預けた
刺された痛みにアルトの顔が歪んだ
「リン! 裏切ったな!」
アルトはリンを抱き寄せるように、乱暴に左腕で押さえつけた
その拍子に、太ももへ刺さっていたナイフが床へ落ちる
傷口からにじむ血は、ほんのわずかだった
それでも、アルトに裏切りを悟らせるには十分だった
アルトは右腕を掲げ、光の剣を呼び出した
その切っ先をリンへ向ける
リンは自分へ向けられた剣を横目で見た
それからアルトの胸に頬をよせて目を閉じた
ナルは急いで悪食の光をアルトに向けて飛ばした
だが、とても間に合わない
「リン! 抵抗して! 早く!」
アルトはリンに向けて容赦なく剣を振り下ろす
その瞬間、横から風とともに影が飛び込み、アルトへ体当たりした
アルトの剣を横へ弾き、抱え込まれていたリンを奪い取る
そのままアルトから離れ、ナルの隣へ着地した
そこには厳しい表情でアルトを睨みつけるレアルが立っていた
その腕の中にはリンがいた




