6ー18 いざ、バカンスへ
レアルの空中船に乗って、四人は空の旅を楽しんでいた
ミナが弾んだ声を上げる
「すご~い、こんな大きな船を浮かせるなんて、風の魔法ってすごいね~」
レアルがミナにオレンジジュースを渡しながら言った
「お褒めにあずかり光栄だね」
「実は、もっと大きな船もあるのだよ」
「興味があれば、今度そちらにも乗ってみないかね?」
「えー、乗りたい乗りたい」
「その時には、ユアン君も招待しよう」
「一緒に旅行するのもいいだろう」
ユアンと旅行
そう言われて、ミナが横目でレアルを見る
「それは……リンが許してくれない気が……」
「リンも一緒に来ればよいだろう」
「人数は多い方が楽しいよ」
「次は私が皆を招待させてもらうよ」
「ほんとに!?」
「なんかレアルって話が分かるね!」
「どうやら私は、君たちの師よりは寛容のようだ」
そう言って、レアルはリンの方を見た
椅子に座るリンの周囲を、ナルがちょろちょろと動き回っている
「ほら、リン! キンキンに冷えたエールを持ってきたよ」
「おつまみも、ほら! こんなに」
エールとおつまみをリンの前の机に置き、ナルはすぐにリンの肩を揉み始めた
ナルが回り込むたび、リンは反対側へ顔をそむけていた
「ごめんって! リンにとってもいいことだと思ったんだよ」
「もうしないから、許してよ」
するとリンが、そっぽを向いたまま答えた
「腕立て伏せ100回、腹筋100回、スクワット100回」
そう言われて、ナルがリンを覗き込むようにして言う
「それをやれば許してくれるの!?」
今のナルにとって、100回ずつくらいなら、いつもの訓練でこなしている量だった
「それを10セットやれば許してあげます」
「えええーーー! それは多いよ~」
「あら、そうですか」
「その程度の謝罪であったということですね」
「もう一緒にお風呂に入ってあげませんからね」
「頭も体も、自分の手で洗いなさい」
「えええーーー! やだよー」
「リンの魔法がいいよ~!」
リンはまた、つんとそっぽを向く
ナルがしぶしぶ腕立て伏せを始めた
するとナルの顔の下に、リンの魔法で小さな水のクッションが現れた
「その水に顎をつけて1回です」
「そんな浅い腕立て伏せなど、カウントしませんよ」
「えええ!」
そんなリンとナルを見ながら、ミナが言った
「リンって、ナルには甘々だと思うけどね」
レアルも同意する
「それは同感だね」
「ところでさ、レアルってリンのなんなの?」
「恋人には見えないんだけど」
「ただの幼馴染さ」
「私が長年、片思いしているだけだよ」
「へ~、それじゃ昔のリンを知ってるんだ」
「どんな子だったの?」
「世話焼きで、何にでも口を出す、少しお節介な少女さ」
「他人の痛みを自分のことのように感じて、泣いてしまう」
「彼女は、そんな人だよ」
「今のリンからじゃ想像もできないわね~」
「昔はそうだったんだ」
「ミナ、お言葉だがね」
「私は過去形を使っていないよ」
ミナが少し驚いたようにレアルを見る
それから、うなだれるようにして、もう一度リンたちを見る
「恋は盲目……ってやつね」
やがてナルの筋トレが10セットに達する頃、船は目的地の島へたどり着いた
青い空、広い海
潮風の向こうに、紫の屋根をした木造の別荘が見える
島は白い砂浜に囲まれ、波打つ海がきらきらと光っていた
ミナが声を上げる
「わーー! 海だーーーー! ひろーい!」
水平線のかなたまで広がる海と、初めて嗅ぐ潮の香りに、ミナの胸が躍る
「ナルー! 見て見て! 早く見てよ!」
ミナがナルの方を見た
ナルはうつ伏せに倒れ、微動だにしなかった
「もう……だめ……わたし、しんじゃう……」
ナルは2セット目で自力では動けなくなり、その後はリンの魔法で強制的に筋トレを続けさせられた
今はぼろ雑巾のようになって倒れ込んでいる
ミナは軽い足取りで、ナルのすぐ前まで来た
「だいじょうぶ~? なんか久しぶりね、それ」
リンが椅子から立ち上がって言った
「優しくしていれば付け上がりますからね」
「いい薬です」
ミナはリンに目を向ける
「まだ怒ってるの~?」
「まあ、ナルのやり方は最悪だったけどさ」
「わたしは、言ってること自体には少し賛成なんだよね」
「後ろばかり見て生きてる姿って、見ていてあまり気持ちのいいものじゃないわ」
ミナにそう言われて、少しの間があった
リンはハッキリと言った
「それは違います」
「人は老いて変わる」
「時には、心すら変わってしまう」
「ですが、意志によって、変わらないものを選び取ることができる」
「わたくしは、そんな姿をあなたたちに見せているつもりです」
ミナはすぐに返した
「あなたはもう変わってるじゃない」
「それに、今のリンを見て、アルが喜ぶとは思えないのよね」
リンがため息をついた
「もうやめましょう」
「ミナも、慕う人ができたはず」
「ユアンがあなたの前からいなくなったからといって、愛するのをやめるのですか?」
「他の男性とお付き合いするのですか?」
「う……痛いところをついてくるわね」
ミナは倒れているナルを背負った
ナルはその背中で、不満そうにしている
レアルが言った
「島に着陸するよ」
「どこかに捕まっておいてくれ」
レアルの船は、島の砂浜の上に着陸した
すぐにミナが、ナルを背負ったまま飛び出すように砂浜へ降りた
ミナの声が跳ねた
「うはー! すごーい! 海! 海だよ! 波だよ! 変なにおいがする~」
その背中でナルが身もだえした
「う……ミナ、揺らさないで……体が……」
リンも砂浜に降りてきた
「ナルを早く休ませてあげましょう」
「あちらにある別荘が、わたくしのものです」
レアルも砂浜へ降りてきた
風の魔法で運ばれた荷物が、その横を通って別荘へ向かって飛んでいく
そしてレアルが言った
「では、お邪魔虫は退散するよ」
「帰る日は決まっているのかね? 必要なら迎えに来るが」
ミナが言った
「えー、もう帰っちゃうの?」
「せっかく来てくれたのに、それは悪いよ」
ミナの背中で、うめくようにナルが言う
「……レアルも……一緒に……」
リンは小さくため息をつき、レアルから少し目をそらした
「そんなに急いで帰ることもないでしょう」
「この島には温泉が湧いています」
「その源泉の近くに、別荘を建てたのです」
「時間が許すなら、温泉で疲れを癒していってください」
「あなたは働きすぎです」
レアルは即座に答えた
「リンがそう言うのなら、喜んでお邪魔しよう」




