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6ー17 身から出た錆

それでもナルは続ける


「仇討ちまでしたんだから、もう前を見てもいいんじゃないの?」


しばらくの沈黙のあと、リンが静かに言った


「なるほど、ナルの考えはよくわかりました」

「やはり、あなたのそういうところを警戒しておいて正解でした」


ナルがにやりと笑う


「せがまれても、惚れ薬の作り方を教えなくてよかったって言いたいんでしょ?」

「なんでわたしがハッキリ言ったのか、まだ分かってないの?」


ナルは懐から紫色の小瓶を取り出してリンに見せる


リンが目を見開く


「それは……惚れ薬? あなた、それをどこで」

「前に渡したものは使ってしまったはず」


「わたし、惚れ薬の作り方を探してたのよ」

「そして見つけて自分で作ったの」


「そんなはずは……だってそれの作り方は」


ナルは青い結晶をつまみ上げ、リンに見せつけるように笑った


「そう、一番肝心なのはリンの魔法で作った水を材料に使うこと」

「この薬はリンにしか作れない」

「でもね、あったのよ、あなたの水」


それは以前、リンとミナが戦った際に、ミナが結晶化させたリンの水魔法だった


リンの顔がゆがむ

そして、ナルから距離をとって身構えた


ナルはそれを見て嬉しそうにほほ笑んで言った


「さすが、察しがいいね」

「どんなしがらみも感情も超えて、本心のままに言葉が出る薬」

「そして、言葉に出した感情を決して、抑えられなくなる」

「あなたがわたしに言った言葉よ」

「この薬を使って、あなたにする質問は一つだけ」

「レアルのこと……男性として、好き?」

「良心的な質問だと思わない?」


リンが険しい表情でナルに言った


「ナル、今なら許してあげます」

「その薬を捨てなさい」


ナルは薬を懐にしまう


「リン、あるべき姿に戻すだけじゃない」

「今なら許してあげるよ」

「自分から素直になりなさい、恩師様」


その瞬間、リンが水をはじけさせて飛び上がった


同時にナルの悪食の光が広がってリンを巻き込む


魔法の力を失い、リンは失速して落下する


その体を、レアルが急いで受け止めた


レアルがリンを抱きかかえる様子を見てナルが言う


「そうそう、それがあるべき姿よ」

「少しくらい、薬に頼ってもいいじゃない」


レアルがナルを見ながら言った


「なんとも、君の弟子らしく育ったものだ」

「まるで、少し前までの君と対峙している気分だよ」


リンはレアルを突き放すように離れた


「まったく、耳の痛い話ですね」

「ですが、好きにはさせません」


リンは懐から小さな丸薬を取り出し、自分の口の中に入れた


それから背中に手を回し、短い金属の棒を引き抜く


リンはナルに向き合う


「ナル、本気というわけですか」

「わたくしに無傷で勝てるなど、思わないことです」


ナルの左腕に使い魔のアカが巻き付いた


赤い砂と白い砂が周辺に舞い始める


「リン、わるいけど、万が一にも失敗しないように、本気でやるよ」


「上等です、ナル!」

「その鼻っ柱、へし折って差し上げます」


するとレアルの声が響いた


「待て!」


ナルとリンが驚いてレアルを見る


レアルは魔法の砂にも構わず、足音を鳴らしてナルへ近づいてくる


ナルは慌てて、砂がレアルに当たらないよう動かした


レアルがナルの目の前に立つ


パチン


レアルの右手が、ナルの頬を軽くはたいた


「人の心に魔法で踏み込むのは、とても悪いことだ」

「やめなさい」


その場の時間が止まった


リンも固唾をのんで二人の様子を見ている


ナルは目を見開いてレアルを見ながら自分の頬をゆっくりと手で押さえた


するとじわじわとナルの目から涙があふれてくる


「レアルがわたしのことぶったぁ~」


ナルの悪食と魔法の砂がすっと消える


頬に手を当てて泣き出したナルの頭を、レアルが優しく撫でた


「叩いてすまなかった」

「こんなことはしなくてもよいのだ」

「私のことは、父親と思ってくれてかまわない」

「君の父親になれるなど、光栄極まりない勤めではないか」


するとナルは泣くのをやめた


手の隙間から、レアルをちらりと見る


「ほんとに?」


もう泣き止んだのか、とレアルは思った


「もちろんだ、君に嘘などつかないよ」


ナルがケロっとした顔で腰に手を置いて言った


「じゃあ今のところはそれでいいわ」

「言っとくけど、リンの気が変わるのを待っていたら、レアルがおじいちゃんになっちゃうからね」

「それでもいいわけ?」


「もとよりそのつもりだ」

「それからナル、その薬は私に渡しなさい」


ナルは頬をふくらませ、レアルから顔を背けた


「やだ」


「ナル、渡しなさい」


ナルはレアルの表情をうかがうように、上目遣いでちらりと見た


それから諦めたように答えた


「……はい」


レアルはナルから惚れ薬を受け取った


「さあ、もう争いは終わりにして、出発しよう」

「いろいろと料理を用意してある」

「ナル、君の好きそうなものも多めに積んできた」

「リンには、我が領地で新たに生産したエールを用意してある」

「君の感想を聞かせてくれないか」


ナルはもう何ごともなかったかのように、船の方へ目を向けた


「ミナ、早くレアルの船に乗ろうよ」


ナルは船に向かって飛び上がった


突然の出来事に固まっていたミナが、慌てて返事をする


「う、うん」


ナルとミナが船へ向かって飛んでいく


そこでようやく、リンは身構えるのをやめた


「あなたは本当になんでもやりますね」

「エールに父親まで、頭が下がりますよ」


「君が大変そうなのでね、少しくらい私が助けてもいいだろう」

「ナルは、なんとも末恐ろしい魔女になったものだ」

「成長した子に手を焼くのは、親の常だよ」


「言っておきますが、ナルはとても良い子です」

「わたくし以外にあんなことはしません」


「君にだけはやる……と?」


「かつて、わたくしがナルに向けた言葉とやり方を」

「そのままわたくしに返しているだけです」

「まさに身から出た錆ですね」


「君は、ナルが自分の真似をしているだけだと思っているんだね」

「ナルはもう大人だよ」

「君が育てた、立派な魔女だ」


レアルは風の魔法でふわりとリンたちの荷物を浮かせる


「よければ君もお運びしようか?」


リンは即座に答えた


「遠慮します」


そう言ってリンも船に向かって飛び上がる


その背中をゆっくりと追いながら


レアルは小さく呟いた


「ナルの母がリンで、私が父か……」

「わるくはない」





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