63.聖女ステイトメント
「おふざけにならないで」
カーテンの向こうで、怒りに満ちた低い声が響く。私やコートニア様はその声を聞きながら、自分の口を押さえた。いや、だって声出しちゃダメですよって言われてるんだもん。
「わたくしは聖女として、グランビレの娘として恥じるようなことは何らしていないと誓いますわ」
本気でそう思い込んでいるのか、それとも単純にしらばっくれているのかは分からないけれど声の主、スクトナ様は堂々と身の潔白を主張しているのよね。数名の兵士に取り囲まれて尋問を受けているはずなのに、さすが大公家のご令嬢というか。
さて、私たちが現在いるのは城内の一室。貴族や王族の偉い人をしまっておく、座敷牢みたいなお部屋とカーテンで繋がっている隣の部屋である。要は警察にある取調室の隣、マジック・ミラーで繋がったお部屋みたいなところにいるわけだ。前世の記憶、便利だなあ。
私とコートニア様、それにピュティナ様とエンジェラ様はその隣のお部屋で、スクトナ・グランビレ様の尋問を聞いている。彼女の話を聞いて、私たちから意見がほしいというフランティス殿下……ひいては国王陛下の要請によるものだ。
『まあ、狙われた者としては首謀者のお話も伺ってみたいですわ』
『言い訳をお、お伺いしたいですわねえ』
『どのようなことをおっしゃるのか、伺いたく思います』
なお私以外の返答は三人ともだいたいこんな感じだった。要は、スクトナ様が何言うのか聞きたいよねーというわけで、私も同じ考えだったので今ここに全員が揃っている。
「スクトナ様より指示を受け、デメント村在住のハイレンが刺客の手配をしたことは判明しております」
「あら、わたくしは存じ上げませんわ。ハイレンは確かに昔、グランビレが使用人として雇っていた者ですが」
デメント村……あれ、コトント村からはちょっと離れてるけど近くにある村だぞ。さすがに住民の名前や素性までは知らんけど。
そんなところに、スクトナ様の家で働いてた人がいたんだ。あそこなら、聖女の任務で行ってみたりそうでなくてもセイブラン経由で指示なり何なり出す、なんてことができるだろうな。
「ハイレン本人の証言は取れております。それから、デメント村の村長よりスクトナ様の来訪時期及び手紙のやり取りなども確認できておりますが」
「お手紙?」
「お忘れですかね? デメント村では、手紙のやり取りをするための窓口は村長となっておりますよ」
あ、そうなんだ。
村長さん家が郵便局の役割で、出すのも受け取るのも村長さん経由。聖女の一人であるスクトナ様とのやり取りを、村長さんが覚えていてもおかしくはないよね。
「あら。でも、元使用人と手紙のやり取りくらい、してもおかしくはないでしょう?」
「おかしくないですね。内容が物騒だった、という点を除けば」
「内容?」
内容。
え、手紙の内容も分かってるんだ。ハイレンさんだっけ、元使用人さんから提供受けたのかな。
「グランビレとは関係ない人物、できれば隠密任務に長ける人物を数名雇用。費用はスクトナ様がお支払いし、彼らには別の貴族の関係者を装ってグランブレスト王城に入り込む任務を要請」
「え、え?」
「追って彼らには真の任務が与えられたようですが……まあ、結果はご存知かと」
「だ、誰がそのようなわけのわからない内容が手紙に書かれている、と」
「もちろん、ハイレンの証言です。正確には、ハイレンの身の回りの世話をしていた小姓の証言ですが」
……あー。そうか、元使用人で仕えていた家と今でも懇意っぽいってことはつまり、首になったんじゃなくて年で引退したってことなんだろう。
ガラティア様みたいに、歳を取ると文字が読みにくくなるのは前世も現世も同じこと。ガラティア様は文字を大きくしてもらうことを選んだけれど、ハイレンさんは……お世話してくれてる人に読んでもらった、ってことだ。
「ハイレンの小姓って、ヒュージアですわよね? あの子が、そのような証言をするわけ……!」
「ハイレンからは口止めをされていたが、とてもとても怖い内容で黙っていられなかった。吐き出すことができてホッとしました、と少年は泣き出しましたよ」
少年かあ……えらい内容読ませるなよな、ハイレンさん。もしかしたら、他にも協力させていたかもしれないし。
ああもう、えっぐいなあ。こちらにいる聖女全員、げんなりした顔になってるし。