表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
29/35

ユーカリ --3--

 「抱きしめても……良い?」

 「えっ?」

 「ダメ?」

 「んん……」

 もうすぐ夕暮れ。学生に混じって仕事帰りの会社員や夜から活動する人間が渋谷に集まり始める。

 その小さなレストランの出入り口からちょっと離れた場所の歩道。ギュッと抱きしめた相手は小柄で髪の毛もそこまで長くはない……その子は茉誠まなり。姓を……えだという。

 「……」

 僕は彼らから背を向けた。僕が歩き始めるとゆっくりと二人は僕の後を追い始めるが、足取りはなんだか遅く感じる。いや、僕が早歩きで進んでいるからだろう。

 渋谷の下り坂をただひたすらに下る。人の波に逆らってずっとずっと。後ろは振り返らない。振り返ることが出来ない。

 この後の二人なんてどうだって良い。そのままホテルでもどこでも好きなところへ“二人で”行けば良い。僕は知らない。何も知らないしもうか変わらない。だから……僕をもう……


 気がつけば渋谷駅地下。副都心線だかで新宿まで向かい、そのまま丸ノ内線で荻窪まで帰る。地下鉄で帰るよりも普通に山手線でもなんでも、いつも通りに帰ればもっと安上がりで済んだはず。けど、僕は彼らから逃げるように……あいつらの目を……

 電車が到着するとふらふらした足で乗り込む。最後尾の出入り口付近、誰が寄りかかったかも分からない汚れきった壁に何も考えずに寄りかかる。しっとりとした上着は電車のクーラーで冷やされ寒気がした。

 醜い僕の姿を誰も見るわけがない。誰も他人に関心なんて無い。

 早く……早く……

 僕は此処から逃げ出したい。遠くへいきたい。

 仲良くしゃべり、人前でも平気で抱き合い、それを僕に魅せつける様な彼らとは……もう僕は一緒には居られない。

 「自分に正直になりきれなかったか……」

 自分が撒き、育てた種だ。結果なんて明白だった。

 車窓からは何も見えない。暗い……闇の世界が続いている。もし出来ることならこのままずっとずっと暗闇の底へ連れて行ってくれ。もう面倒なんだ。自分が嫌いだ。


 『糸井……いや、先輩。今日は何だかありがとう。最後は気を使ってくれたみたいで、先輩もまなのことが好きだったんだろう……。本当にありがとう。今度別の学科の子とお話する機会があるから、その時いい子紹介するからさ!せめてもの罪滅ぼしかな……』

 携帯の画面を切り、パソコンを点けると伊織から連絡がまた届いている。電話しろということらしいが、今この状態で電話なんで出来るはずがない。あいつはバカなのだろうか……あぁ、あいつは馬鹿正直な奴だが、それ以上に他人に隠し事も多いし“嘘を本当と自分の中で捉えてあたかも真実のように話す”事があったな。僕にはもうどうしようもない……

 しばらくするとパソコンに着信があった。すぐさまヘッドセットを頭に掛け、通話を始める。

 「何だ?」

 『何だじゃないよ。いくら連絡しても先輩でなくて困ってた』

 「そうか……良かったな上手く行って、僕は必要なかったんじゃないか?」

 『そんなことは……でもまだ告白はしてない……それで、明日ちゃんとしようと思うんだけど、早いと思う?』

 「しらない。まぁイイんじゃないかな?もう決まってるようなものだし、僕はもうかかわらないよ」

 『ごめん先輩……でもちゃんといい子を……』

 「分かった分かった。とにかく、良いと思うよ。頑張れ」

 『うん……ありがとう。また何かあったら相談しても……』

 「嫌だと言ってもするだろう?」


 それを最後に僕から強制的に通話を切った。

 伊織なりの……心遣いだとは思ったけど、今の僕にはそれをちゃんと受け止めるほどの余裕はなかった。女を取られたから。それもあるけど、一番は……




 「先輩?」

 「……んっ?」

 伊織にとっての思い出のレストラン。彼らが抱き合っていた場所で僕は足を止めていた。あの時彼らは僕の気持ちや、僕の行動原理を理解できず、理解しようとしてはいなかったと思う。なにせここは東京。他人に構っていられる程暇な人間はいないのだから。

 「先輩、ここで俺らが抱き合ってる時にさっさと歩き出したんだよね。あの後何もなくすぐに帰ったけど……二人きりにしてくれたんだよね」

 「……そういうことにしといて……」

 分かっていたけど、ここに来れば僕の嫌な記憶も蘇る。それをちゃんと理解した上で戻ってきたはずだ。だから後悔も、伊織に対しての憎しみも何もない。僕はあの時“負けた”のだから。

 「結局伊織、お前は俺に誰も紹介しないで学校を辞めた。その間何をしていたかなんて興味もないけど、僕はずっとお前が嫌いだった」

 「……先輩……」

 僕はあの時と同じように歩き始めた。伊織を抜かし、僕が帰ったように早歩きで坂を下り、一番初めに見えた地下へ下る階段を降り、地下鉄の改札へ向かう。

 「ちょっと先輩!待ってくださいよ!!」

 「うるさい」

 僕はサイフを取り出し改札のタッチ部分にサイフを叩きつけるようにしてゲートを開かせる。そのまま同じように……あの時とは全く別の、田園都市線のホームへと向かった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ