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ユーカリ --1--

 杉並区。僕がこの地を訪れるのは何ヶ月ぶりだろうか……僕の始まりと終わりの土地であり、思い出の大半がここで過ごした。

 深夜の住宅地はメイン通りからだいぶ距離があり、その喧騒さえも静けさに変わる。閑静な住宅地といえば良いように聞こえるが、ここは金持ちの集まっている土地。僕なんかが住める場所は無い……わけではない。

 僕の勝手な解釈だが、この杉並区荻窪という土地はかなりわかりやすい程境界がある。簡単にいえば道路。中央線とほぼ平行に並んだこの青梅街道がその境界線だと僕は感じている。青梅街道より北は比較的平凡な家庭か貧しい人が暮らしている。街道より南はそれなりに金持ちが住んでいる。というすごい偏見だが僕にはこれがしっくり来る。

 そんな荻窪……宮前の公園のベンチに僕は座っている。

 竹やぶが時折風に吹かれてカサカサと擦れる音がどうしても懐かしく、犬の散歩や朝のウォーキングをまだ暗い時間からちらほらと見かけ始める。どこかで見たことのある顔もなんとなく懐かしんでしまっている。

 都会とは言えビル群があるわけでも、若者に人気のショップや遊び場があるわけでもなし。駅前商店街も仕事帰りの会社員相手の飲み屋が数軒に後はチェーン店のオンパレードだ。群馬県と違う所はやはり交通の便だろうか……電車やバス、気合があれば徒歩でもある程度どこでもいけてしまうのだから東京は住みやすい……わけでもなかった……

 田舎のような暖かさは全く無い。むしろそれ触れ合おうが他人は他人だ、関わってくるんじゃない。そんな空気で満ち溢れていて苦しく吐き気がする。でも……東京の集まった人間の殆どはその田舎から出てきた人たちで構成されているという事実を知っているのだろうか……

 

 思い出か……はじめの思い出はこの雰囲気だったかな…


 電車通学。高校まで自転車通学だった僕にとって新鮮でなんだ少し大人になった気分をよく覚えている。

 履きなれない靴と数少ない普段を不慣れに、でも周囲に変な目で見られないように普通を装ってはじめの頃は暮らしていた記憶がある。けれど、周囲の目は何処にもなくただ目の前の時間にしか興味が無いことが段々と分かってからは何も気にしなくなっていた。

 ベンチを後に、何番かもう分からない電車にのるため西荻窪駅に向かう。あの頃の……いつもと同じ様に群がる虫のように駅へ向かう人の流れに自然と流れていく。全く同じだった……

 何を意識してか、この“駅へ向かう”という行為がなんだかそのようにプログラムされている感覚があった。

 まず始めに行く場所は決まっている。東京生活の半分以上の時間を過ごした場所でいい思い出も嫌な思い出も全て詰まっている……大切な場所。

 中央線に乗り、途中新宿駅で湘南新宿ラインに乗り換え。渋谷駅で僕は降りた。

 渋谷駅と言っても広いし出口も多く、湘南新宿ラインのホームから一番近い出口はちょっと雰囲気の良さそうなビルが立ち並び街路樹が申し訳程度に植えられている。ごみごみした渋谷とはちょっと雰囲気が違う。

 「新南口か……」

 特に用事がなければメインの改札へ向かうため並ぶこともなくスムーズに改札を抜けることが出来る。


 恵比寿方面に歩いて行く。右側には線路があり、そこを電車は引っ切り無しに走っている。同じ色の車両があっちやこっちへと……

 車も殆ど通らない裏道で歩行者も居ないほうが普通。たまに新聞屋のバイクがノロノロと通るくらいで都会の独特なうるささは無く、電車の騒音がメインだ。

 街路樹がなくなると同時に日陰はなくなり、太陽の熱と反射して足元から湧き上がる熱に挟まれ一瞬にして汗が吹き出てくる。眩しい光に目元に手で日陰を作り、営業しているのかずっと不思議だったペットショップを過ぎるとゆるい坂に差し掛かる。もう目の前は恵比寿駅だ……




 「ねぇ先輩?」

 「ん?」

 「帰りに何処か寄るの?」

 照り返しの強い日差しで、ほとんどの生徒は学校に残って勉強や作品制作に勤しんで居ると思う。そんななかでも僕はいつも一人で自室へ帰っていた。

 「帰って寝ようかなと……それよりどうして僕を先輩と呼ぶんだ?」

 「んー……先輩だから?」

 「それ答えになってない」

 それが数週間前から何気なくいつも一緒に帰る人が出来た。女の子だけど彼女ではないし後輩でもない。同学年で同年齢の脳内思考はかなりの変わり者。

 「何処かぁ……ゲーセンとか?」

 「私五月蝿い所苦手です……」

 「そんな事言う割にカラオケとかよく行くじゃん」

 「エコーとかボリューム下げてますっだから大丈夫。それにゲームセンターの五月蝿ささは喧しいので……」

 僕はふーんと興味なさそうに簡単に返事をしてみた。

 営業しているか良くわからないペットショップを過ぎて高架下の横断歩道を渡る。上を電車が走るとものすごい騒音と振動でいつもびっくりしている。

 「先輩遊んでくれないの?」

 「遊ぶも何も……またカラオケ行くのか?」

 「うーん…じゃあお散歩」

 ゴミ収集所を通ると臭う独特なあの生ごみ臭は今日は感じられなかった。搬入は終わったのだろうか。その収集所を通り過ぎるといよいよ日陰だ。ここでやっと一息つける。

 「はぁ……お前彼氏いるのにな……」

 「休日は遊んでるよ?それに先輩のおかげで出来たのを忘れてません?」

 「僕のおかげって……空気読んだだけじゃないか」

 彼氏持ちでも僕と帰る。ちょっと良くわからないけど、彼氏の方も僕の知り合いなわけで……問題にならず、それどころか絶大な信用を置いているらしい。良くわからない。

 「とにかく……僕はかえって寝るから。まなもさっさと帰るか伊織のとこへ行くと良い」

 僕はそのまま渋谷駅の改札へと入る。子犬のようにまだ遊びたいと主張するように僕の方をずっと見つめているがそれを無視。そうすれば勝手に改札を抜けて一緒の電車に乗り込むのだ。


 


 そんな日々が毎日のように繰り返されていた様な気がする。思い出せば昨日のようにすぐに映像として頭のなかで再生される。

 一つ一つの場面や場所。それがこの真夏の東京でパズルのピースを集めつ様に……あの人との思い出を……埋めていくことになるのだと。


 

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