サフラワー --7--
一足先に喫茶店に戻った僕なのだが、ドアを開けるなり常連二人と唄瑠が状況説明を求めるように視線を合わせている。僕が町田さんの向かいに座り、軽くため息をつく。
「うたる、レモンティーお願い」
「うん」
唄瑠が一言返事でカウンターに向かい四人分の紅茶を用意を始めた。
カップのカチャカチャという音が店内に響く。いつもは五月蝿いほど喋りまくる二人も空気で感じているのか、静かに僕を見ている。
時計は一つ一つ刻み、ゆっくり、感覚では早く進んでいる。
「はい。どうぞ」
「ありがとう……」
僕はカップに浮かぶレモンを見つめる。正直な所、何から話していいか整理がついてない。
じっと僕を見つめる二人に心配そうに群がる猫を抱きかかえる唄瑠。僕はカップを置き、みんなの顔を見回した。
「たぶん、察していると思うけど……あのT字路で……」
僕は見た限り全てを伝えた。珍しく無言が続く二人だが、今回は状況を考えると別におかしい事ではなかったし、僕も始めは言葉を失っていた。
口元を抑え、溢れ出てきそうな感情を堰き止めている唄瑠。こんな時動物とは不思議なもので、言葉や状況を理解しているのか唄瑠の顔を見ている。つぶらな目の中に心配が込められているのだろうか。
僕はそれ以上話すことがなく、抑えきれなくなっていた唄瑠を部屋へ連れて行くと簡単に店内の掃除と戸締まりを終わらせもう一度唄瑠の部屋へ向かった。
帰り際の剣持さんと町田さんの背中は寂しさと悲しみがにじみ出ているのがよく分かった。
「はいっても大丈夫か?」
二階に戻るとまっすぐ唄瑠の部屋をノックしていた。少しすすり泣く唄瑠が聞こえた。
「……どうぞ」
明らかに鼻声の唄瑠。ゆっくりと扉を開けるとベッドの上でうずくまっていた。
ベッドに散乱するティッシュ、真っ赤な目に膨れ上がる涙袋。僕は何も言わずベッドの縁に座った。
「死んだわけじゃないから……」
状況を聞いただけの唄瑠を慰めようと出た言葉。苦し紛れの一言だとわかっていても、これ以上の言葉が見つからなかった。状況を見てしまっている僕としては、なんやかんや言ってもしゃべり口調で理解されてしまいそうだった。
「うん……」
僕の横まで唄瑠が這いより僕の袖を思い切り掴んだ。
唄瑠の方を向くと、僕に縋るような眼差しで大丈夫だよね?と何度もつぶやいていた。
あの状況、大丈夫なはずない。死んでいてもおかしくない。
「大丈夫だから……明日月妃さんに聞いてみよう?」
優しく肩を寄せる。僕もだけど唄瑠はずっと震えていた。震えと寒いわけではないのに歯をカタカタと鳴らしている。耐えるのは無理なのだろう。
「死ぬのって……怖くなかったけど……大事な人が死んでしまうのは……悲しいね」
「あぁ……そうだな」
「誰にも見捨てられてた私だけど……大事な人が居て、私を大事にしてくれる人が居るって分かったら、死ねなくなっちゃったよ……」
冷たい唄瑠の手を暖めながら小さな頭をずっと撫でた。
徐々に感じる唄瑠の重さ。ベッドに寝かせて立ち去ろうとするが、握ったままの袖がどうしても取れなかった。
死ぬのは怖くない。そんなことを感じる人は少なくないけれど自分が死んで悲しむ人が居るという恐怖を感じる人はすごく少ないと思う。
残された人のことを考える。本当に死にたい人はそんなことは考えず。
ひっそりと。
誰にも何も悟られずに。
静かに一人で消えていくのだと。
死は孤独だ。冷たくて何もない。
「うたるはまだ“人間として”やるべきこと、感じること、一杯あるからね。どっかの誰かが助けたのは誰かのシナリオだったのかもしれないね」
安心してか泣きつかれてか、ぐっすりと眠るうたるの寝顔を見納め、僕の上着を今日はうたるに貸し出した。
「お休み」
蛍光灯を消すと静かに扉を締めた。




