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サフラワー --6--

 「学生の頃は夏休みとテストのこの時期が一番濃い時間だったなぁ」

 「どうした急に」

 いつもの様にカウンター席でお茶を飲む我が喫茶店のオーナーは不思議そうな顔で僕を見た。

 「ゆずかちゃんと絡むようになってから、若々しさが戻ってきたのなら良い事だ」

 「それはそうですけど、ただ夏休みにみんなで旅行の話が出ましてね。久しぶりの旅行なのでちょっと心が」

 「若さだねぇ……」

 空になったコップを僕の前に差し出す。いつものおかわり要請だ。

 「あぁレモンじゃなくてサフラワーを頼む。ちょっと時期で辛いんだ」

 「はいはい……」

 棚から瓶を取り出すと新しいポットに適量入れる。何回もやっていると常連さんや店のみんなの好みに淹れられるようになっている。

 「ハーブって勉強しましたけど、薬みたいですよね」

 淹れたて熱々を平気な顔をして飲み始める。僕が小さな声で熱くないのかな……とつぶやくとまた不思議そうな顔で僕を見た。

 「ハーブは薬と変わらない。ちょっとばかし優しいだけだ」

 もう一つのカップに残りを注ぐと一口すする。あちちっと反射的に言うとなぜだか月妃さんは鼻で笑った。

 「今日はよく晴れましたね」

 水色の空に小さなひつじ雲が群れでお散歩している。僕にはあれをイワシ雲という表現よりも羊と表現したほうがしっくり来る。あのもふもふが羊そっくりだし。

 「今日の私は億劫だ……」

 「月妃さんが珍しいですね」

 はぁと溜息を漏らす。

 僕はその気持がよくわからず、厨房から送られてきた大量の食器類を布巾で綺麗に拭き始める。真っ白なカップに映るかすかな自分の顔がどことなく寂しい様に見えた。

 「今日はなんだかお通夜みたいね」

 「月妃さん“あれ”が来ちゃったのかい?」

 今日も従業員の“御茶会”が終わるとタイミングよく常連のおばさんがベルを鳴らしていた。習慣というものは怖いなと感じた。

 「あぁー……悪いが今日はちょっと……」

 

 何か言いかけた月妃さんだったが、僕らと厨房の唄瑠はその異変に気がつく。

 すごい勢いのスキール音の後に何か重たい者をぶつけた様な鈍い音が商店街と駅前ロータリーに響き渡る。

 一瞬時間が止まると、停止した時間を窓枠で昼寝をしていたミントの“泣き声”でふたたび動かし始めた。

 「なんださっきのは……いたっ……」

 「糸井さんさっきの音は……」

 お腹を抱える月妃さんに困った様子の唄瑠。状況を飲み込めずに顔を見合わせる常連の町田さん剣持さん。この場で動けるのは僕とミント位だろうか。

 はぁと溜息をつき、僕はエプロンで手を拭いた。

 「ちょっと見てきますね」

 にゃぁと返事をするのは一匹だけ。

 誰も反応しないことにもう一度深い溜息をついた。


 僕がミントと外に出るとどこから湧いて出てきたのか、田舎町とは思えない程の人が群がっている。それだけ何かあったのだろうか、人の森を掻き分けて問題の現場へ向かう。

 ミントは足の隙間をするりと抜けて気が付くと見えなくなっていた。

 「すみません……ごめんなさい」

 森を抜けると一番初めに強烈な匂いが漂う。僕の一番キライな匂いだ。普通なら感じない程の微量でも“その”匂いだけはどうしても分かってしまって、気持ちが悪くなり嘔吐く。

 そうしてやっと見えた彼女は力尽きて地面と一体になっていた。

 「どうして……これって……どうしてだよ……」

 にゃおんと寄り添う柚子。こんなの猫でもやばいって分かるほどの出血だ。

 アスファルトには血の水たまりと言うべきか、赤黒い血で一杯だった。

 「糸井さんどうしたのですか??さっきのおっきな音は?」

 後から様子を見に来たのは調子も良くなってきた唄瑠だった。

 人の森に阻まれて見えないのか、ぴょんぴょんと頭だけが見え隠れしている。

 「来るなっ!」

 僕が叫ぶとえっ?という声が聞こえた。

 柚子を抱き上げると僕は唄瑠のところへ行き、柚子を手渡す。少し血の匂いが洋服に付いているようで、すごく気持ちが悪い。

 「糸井さんどうなってるのですか?何があったんですか??」

 柚子を渡すと心配そうな顔で僕を見る。流石にニッコリとすることは出来なかった。

 「うたるは喫茶店に戻って月妃さんを……あと柚子も頼む」

 冷静に、簡潔に僕が伝えると何かを察したのか、急いで喫茶店へ戻っていく。

 


 僕と月妃さんは病院へ向かい店は全て唄瑠に任せた。

 僕らは院内の静かな場所で追われる羊の群れを眺めていた……


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