第八十四話 帰りの記録
「……帰りの記録が、一つもない?」
ティセラがそう言うと、オルネラは黙って頷いた。
俺たちがいるのは、王宮の河岸管理課にある資料室だった。
窓の外では荷車が行き交い、遠くから船の汽笛が聞こえてくる。室内には古い紙と乾いた木の匂いが漂っていて、天井まで届く棚には分厚い帳簿がぎっしりと並んでいた。
目の前の机には、六年前の第三搬出路の運搬記録が広げられている。
昨日、検量塔で助けた男性が教えてくれたものだ。
あの設備では、荷台を動かすたびに積載量を記録し、月ごとに王宮へ提出する決まりがあったらしい。
現場の図面や記録が消されても、管理課に古い帳簿が残っているかもしれない。
そう考えた俺たちは、ムラサメに相談し、調査のために閲覧を認めてもらった。
「……これ、全部六年前の?」
俺が尋ねると、ティセラは頷いた。
「ええ。第三搬出路が正式に使われなくなる直前の記録ね」
帳簿には、日付と荷台の番号、それから積み荷の重量が細かく書かれていた。
ただ、俺には数字の羅列にしか見えない。
「……で、何がおかしいの?」
リオルが横から覗き込む。
右腕を固定したまま、左手で椅子を引き寄せた。
「同じ日に何度も荷台が動いてるのは分かるんだけどさ」
「そこじゃないの」
ティセラは帳簿を指さした。
「この日の記録、十二回も荷台を動かしているでしょう?」
「……うん」
「全部、北門方面へ送っているのよ」
俺は指を目で追った。
確かに、行き先の欄には同じ区画番号が繰り返されている。
「でも、戻ってくる時の記録がないの」
「……それって、普通じゃないの?」
俺が尋ねると、オルネラが首を振った。
「荷台は戻さないと次の荷物を運べないだろう? だから、空の荷台を戻した場合も記録する決まりだったんだよ」
「……じゃあ、何で?」
「それを知りたいのさ」
オルネラは帳簿を見つめた。
「昔の係員が書き忘れた可能性もある。だけど、十二回も続けてとなると、少し気になるね」
俺は数字を見つめた。
十二回。
その数字だけで、何かが分かるわけではない。
でも、六年前のティセラが止めようとしていた設備で、記録に残らない運搬が行われていた。
それは、偶然なのだろうか。
◇
「……一つ、いいですか」
リゼが静かに口を開いた。
「どうぞ」
資料室の管理官が頷く。
「この帳簿、原本ですよね?」
「はい。当時の担当者から提出されたものです」
「少し、確かめてもいいでしょうか」
許可を得ると、リゼは帳簿へ顔を近づけた。
銀白の髪が肩から滑り落ちる。
彼女はしばらく紙面を見つめ、それから眉を寄せた。
「……ここです」
指さしたのは、運搬記録の右端だった。
「この欄に、不自然な欠け方があります」
俺も覗き込んだ。
「……何か消されてる?」
「可能性はあります。ただ、何があったかまでは分かりません」
リゼは首を振った。
「紙が破れているわけではないんです。でも、ここに本来あったはずのものが、なくなっているように感じます」
〈空白視〉。
リゼは、目に見えない欠落を見つけられる。
けれど、消えた文字を元に戻せるわけじゃない。
「……じゃあ、別の記録と比べてみよう」
俺が言うと、ティセラが頷いた。
「それがよさそうね」
彼女は別の月の帳簿を手に取った。
通常の運搬記録には、行き先のほかに荷台の返送確認欄があった。
荷台を戻した担当者が署名する、小さな枠だ。
「……あれ?」
リオルが声を上げた。
「さっきの帳簿、その枠自体がなかったような……」
「そうなのよ」
ティセラが答えた。
「ほかの月にはあるのに、この時期だけ見当たらないの」
俺は二冊を並べてみた。
紙の大きさも、欄の並び方もほとんど同じなのに、六年前の一部の記録だけ、返送確認の欄が空白になっていた。
「……誰かが書式を変えたのかな」
「その可能性もあるわ」
ティセラは慎重に答えた。
「だから、これだけで改竄されたとは決められない。でも、いつから変わったのかは調べられる」
彼女は前の月の帳簿を開いた。
そして、何枚かめくったところで手を止めた。
「……ここからね」
同じ書式が並んでいた帳簿の途中で、突然、返送確認欄だけが消えていた。
日付は六年前。
ちょうど、ティセラが検量塔へ出入りしていた時期だった。
「……誰が変更を認めたんだろう」
俺が呟くと、管理官が資料棚へ目を向けた。
「書式変更の申請書なら、別に保管しているはずです」
「本当ですか?」
「ええ。少しお待ちください」
管理官は棚の奥へ歩いていった。
俺たちは顔を見合わせた。
初めて、少し先へ進めそうだった。
◇
「……セイン」
待っている間に、リオルが小声で話しかけてきた。
「何?」
「昨日のことなんだけどさ」
「うん」
「お前、また肩を痛めてない?」
俺は思わず目を逸らした。
「……少しだけ」
「少しだけ、って便利な言葉だよな」
「お前だって右腕を治してる途中だろ」
「俺はちゃんと診てもらったよ」
「……本当に?」
「本当。今朝もね」
リオルは得意そうに笑った。
その顔を見る限り、どうやら今回は嘘ではなさそうだ。
「……じゃあ、俺も帰りに診てもらうよ」
「そうしろって」
リオルは頷いた。
「それにしても、ティセラの過去がこんなところに繋がるとはな」
俺は彼女の方を見た。
ティセラはオルネラと並んで、古い帳簿を確認している。
昨日の検量塔では、覚えていない自分が装置を止めようとしていたと聞いて、少し安心したように見えた。
けれど、安心できたのはそこまでだ。
六年前に誰を運ぼうとしていたのか。
なぜ、その人たちを守ろうとしたのか。
肝心なことは、まだ何も分かっていない。
「……怖いだろうな」
俺が呟くと、リオルが顔を向けた。
「何が?」
「自分が何をしてたか、覚えてないって」
リオルは少し黙った。
「……そうだな」
彼はティセラを見つめた。
「でも、あいつは調べるって決めたんだろ?」
「うん」
「なら、俺たちができるのは手伝うことだよ」
俺は頷いた。
そうだ。
ティセラの過去を、俺たちが勝手に決めることはできない。
どんな事実が出てきても、本人が知りたいと思うなら、そのために力を貸したかった。
◇
「……見つかりました」
しばらくして、管理官が一冊の薄い記録簿を持って戻ってきた。
「第三搬出路の書式変更に関する申請です」
俺たちは机へ集まった。
書類には、変更理由が短く記されている。
『運搬業務の効率化に伴い、返送確認欄を廃止する』
「……効率化?」
俺は思わず聞き返した。
「荷台を戻したかどうか、確かめなくてよくなるんですか?」
オルネラが苦々しい顔をした。
「本来なら、そんな理由で省いていい欄じゃないよ。設備の異常を見つけるためにも必要な記録なんだから」
「じゃあ、どうして認められたの?」
ティセラが尋ねる。
管理官は書類の下部を確認した。
「当時の管理責任者が承認しています。理由が妥当だったかどうかは、今となっては別途調べる必要がありますが……」
俺は書類を見た。
そこには見慣れない名前と、古い王宮の印が押されていた。
グレゴールの名前ではない。
それも当然なのかもしれない。
六年前、あの商会がどこまで関わっていたのかは、まだ分かっていないのだから。
「……これで分かるのは、誰かが正式な手続きで返送記録をなくしたってことね」
ティセラが言った。
「そうです」
リゼが頷く。
「ただ、その理由が本当だったかどうかは分かりません」
「ええ」
ティセラは書類を見つめた。
「でも、変えた日付は分かったわ」
俺は顔を上げた。
「……それが大事なの?」
「昨日の整備員が言ってたでしょう。私が人を運ぶ計画に反対していたって」
「ああ」
「この書式変更、私が検量塔へ来るようになった時期と重なるのよ」
その言葉で、俺もようやく繋がった。
誰かが返送記録をなくした。
同じ頃、ティセラが危険な設備を調べ始めた。
そして、人を運ぶことに反対していた。
「……ティセラは、この変更に気づいてたのかな」
俺が尋ねると、彼女は苦笑した。
「覚えていれば答えられるんだけどね」
そう言ってから、少しだけ視線を落とした。
「……本当に、厄介な話だわ」
俺は何も言えなかった。
過去の自分が残した名前を見つけても、その時何を考えていたのか分からない。
それは、きっと俺が思う以上に苦しいことだった。
◇
「……一つ、思い出したことがあるよ」
オルネラが口を開いた。
ティセラが顔を上げる。
「何?」
「六年前、あんたがうちへ来た夜のことさ」
「……私が?」
「ああ。ひどい雨の日だった」
オルネラは遠くを見るように目を細めた。
「あんた、ずぶ濡れになって帰ってきたんだよ。何か言いたそうにしていたけど、結局何も話さなかった」
「……そうなの?」
「覚えてないだろうね」
ティセラは黙って頷いた。
「私も無理には聞かなかった。あの頃のあんたは、何かに追われているみたいだったからね」
「……何かに追われていた?」
「そう見えただけだよ。実際に誰かが追っていたかどうかは分からない」
オルネラは一度、言葉を切った。
「ただ、その時あんたは、こんなことを言ったんだ」
ティセラは息を止めた。
「……何て?」
「『今は話せない。でも、いつかちゃんと話す』ってね」
俺はティセラを見た。
彼女は祖母の顔をじっと見つめている。
「……そんなこと、言ったんだ」
「ああ」
オルネラは小さく笑った。
「私はずっと待ってたよ。あんたが話してくれる日をね」
ティセラの指が、帳簿の端を握った。
「……ごめん」
「何を謝るんだい」
「だって、結局何も話せないままだったんでしょう」
「そうだね」
オルネラは頷いた。
「でも、あんたが悪いわけじゃない。話したくても、思い出せないんだから」
ティセラは唇を噛んだ。
俺は二人から少しだけ視線を外した。
六年間の記憶を失ったあと、ティセラは祖母へ手紙を書いていた。
けれど、その手紙はまだ渡されていない。
昨日、第七係の机の引き出しで見かけた封筒が頭に浮かんだ。
あれを渡すかどうかも、彼女自身が決めることだ。
◇
調査は昼過ぎまで続いた。
俺たちは六年前の帳簿を何冊も見比べ、第三搬出路が使われていた時期を絞り込んでいった。
やがて、ダグが一冊の記録を持ってきた。
「……こちらも確認していただけますか」
午前中、別件の報告を終えて合流してくれたのだ。
「何か見つかったんですか?」
俺が尋ねると、ダグは頷いた。
「当時の荷物の受け渡し先について、別の帳簿がありました」
「……受け渡し先?」
「はい。河岸管理課では運搬の記録を残しますが、荷物を受け取った場所でも確認印を押す決まりだったようです」
ダグは帳簿を開いた。
「こちらは、受け取り側から提出された控えです」
俺は身を乗り出した。
そこには、運搬日と荷台の番号が書かれていた。
最初の数件は、普通の倉庫や商店の名前だった。
しかし、途中から同じ区画番号が何度も繰り返されている。
「……これ、さっき見た番号だ」
俺が言うと、ティセラも顔を上げた。
「本当ね」
オルネラが眼鏡をかけ直す。
「……ちょっと見せておくれ」
彼女は帳簿を受け取り、じっと見つめた。
やがて、表情が変わった。
「……ああ、そういうことかい」
「どうしたの?」
ティセラが尋ねる。
「この区画番号、今の地図には載ってないけど、昔は別の名前で呼ばれていた場所だよ」
「……どこ?」
オルネラは顔を上げた。
「北門の染料倉庫さ」
俺は息を呑んだ。
北門。
染料倉庫。
その二つの言葉が、嫌なほど聞き覚えのある場所を指していた。
「……もしかして」
俺が言いかけると、オルネラが頷いた。
「そうだよ。今は使われなくなった、あの染物場のことさ」
背筋が冷たくなった。
ヨルンが連れていかれ、命を落とした施設。
あの建物へ、六年前にも荷物が運ばれていたのだ。
◇
「……六年前から?」
リオルが低い声で言った。
「でも、あの施設がいつから今みたいに使われていたかは、まだ分かってないよな」
「そうですね」
ダグが頷く。
「この記録だけでは、当時運ばれたものが人間だったとまでは言えません」
「……でも、ティセラは人を運ぶ計画に反対してたんだよね」
俺が言うと、ティセラは頷いた。
「ええ。昨日の整備員の証言が本当ならね」
リゼは帳簿へ目を落とした。
「六年前の記録と、今の施設を結びつける場所が見つかった。それだけでも、大きな手がかりです」
俺は黙って頷いた。
ここから先は、まだ分からないことばかりだ。
六年前、あの染物場で何が行われていたのか。
誰が設備を使い、人を運ぼうとしていたのか。
そして、ティセラが誰を守ろうとしていたのか。
「……ダグさん」
俺は声をかけた。
「はい」
「今の商会の記録にも、同じ場所が出てきますよね」
「ええ。北門の施設は、現在の調査対象ですから」
「じゃあ、昔の運搬記録と照らし合わせることはできますか?」
ダグは少し考えた。
「すべての資料が残っているかは分かりません。ただ、運搬業者や設備の管理記録を比較すれば、何か分かるかもしれませんね」
「……お願いします」
「分かりました。ムラサメさんにも報告しておきます」
俺はもう一度、帳簿を見た。
同じ場所へ、何年も前に荷台が向かっていた。
それを知って、胸の奥が落ち着かなくなった。
あの施設で苦しんでいた人たちは、今回だけの被害者なのだろうか。
もし、もっと前にも同じようなことが起きていたとしたら。
「……セイン」
リゼが俺の袖を軽く引いた。
「顔が怖いですよ」
「……そう?」
「はい」
彼女は少しだけ笑った。
「でも、今日は急いで飛び出さなくて済みそうですね」
「……さすがに帳簿相手には飛び出せないよ」
「それなら安心です」
俺は思わず笑った。
リゼも小さく笑う。
その横でリオルが口を挟んだ。
「いや、セインなら帳簿を抱えて走り出すかもしれないぞ」
「お前、俺のこと何だと思ってるんだよ」
「最近、何でも全力で突っ込む人」
「……否定しづらいな」
ダグまで笑いをこらえている。
俺は少しだけ肩を落とした。
けれど、こうして仲間たちと話していると、張り詰めていた気持ちが少し和らいだ。
◇
資料室を出た頃には、もう夕方になっていた。
オルネラは階段をゆっくりと降りながら、隣を歩くティセラへ話しかけていた。
「……それで、今日はちゃんと夕飯を食べるんだよ」
「分かってるわよ」
「昨日も同じことを言ったじゃないか」
「ばあちゃん、私はもう子供じゃないの」
「子供じゃないから心配しないってわけじゃないさ」
ティセラが呆れたように息を吐く。
俺はその後ろを歩きながら、少し笑った。
昨日まで、ティセラは祖母との距離を測りかねていたように見えた。
今日もまだ、何でも話せるわけではないのだろう。
でも、二人のやり取りは少しずつ自然になっている気がした。
「……ばあちゃん」
階段を降りきったところで、ティセラが足を止めた。
「何だい?」
「私、手紙を書いたことがあるの」
オルネラが振り向いた。
「……手紙?」
「ばあちゃんに宛てて」
ティセラは少し視線を落とした。
「でも、結局出せなかった」
俺も足を止めた。
昨日、引き出しにあった封筒のことだ。
「……そうかい」
オルネラは静かに答えた。
「何が書いてあるの?」
「……いろいろ」
ティセラは苦笑した。
「思い出せないことが怖いとか、ばあちゃんに会うのが怖いとか。そんなことばっかり」
オルネラは何も言わなかった。
「六年間のことを知りたいって思ってた。でも、知ったら自分が変わってしまうんじゃないかって、ずっと怖かったの」
ティセラの声が少し揺れた。
「だから、手紙を書いたのに、出せなかった」
オルネラはしばらく孫を見つめていた。
やがて、ゆっくりと頷いた。
「……無理に渡さなくていいよ」
ティセラが顔を上げる。
「……いいの?」
「ああ」
オルネラは笑った。
「手紙をもらわなくても、こうして話せるじゃないか」
ティセラの目が揺れた。
しばらく何も言わなかったが、やがて小さく頷いた。
「……そうね」
「それにね」
オルネラは杖を握り直した。
「覚えていない六年間に、あんたが何をしていたとしても、私の孫であることは変わらないよ」
ティセラは俯いた。
俺はその横顔を見つめた。
泣いているわけではなかった。
ただ、何かを必死にこらえているように見えた。
「……ありがとう、ばあちゃん」
ようやく声が出た。
オルネラは少しだけ目を細めた。
「まったく。今日は随分素直じゃないか」
「……今だけよ」
「そうかい。じゃあ、今のうちに覚えておくよ」
二人は顔を見合わせ、笑った。
俺も少し笑いながら、ゆっくりと歩き出した。
◇
その時、背後から声が聞こえた。
「……皆さん、少しよろしいでしょうか」
振り向くと、さっきの管理官が駆け寄ってきていた。
手には小さな書類の束を抱えている。
「どうかしましたか?」
ダグが尋ねる。
「実は、先ほど確認していただいた第三搬出路の記録について、気になることがありまして」
俺たちは足を止めた。
「……何でしょうか」
「今朝、同じ記録を閲覧したいという申請が届いていたんです」
ティセラが眉を寄せた。
「……誰から?」
管理官は書類を開いた。
「六年前の運搬記録を調べたいという依頼でした。かなり古い資料なので、珍しいことだと思っていたのですが……」
俺は胸の奥がざわつくのを感じた。
昨日、倉庫が襲われた。
古い図面が盗まれ、火までつけられた。
その翌朝に、同じ頃の記録を調べたいという申請があった。
「……それ、誰が出したんですか?」
俺が尋ねると、管理官は書類の下を指さした。
「こちらです」
俺はそこに書かれた名前を読んだ。
見覚えのある商会名だった。
『ザント商会』
喉の奥が乾いた。
「……グレゴールの商会?」
俺が呟くと、ダグの表情が変わった。
「……この記録は、もう見せたんですか?」
管理官は首を振った。
「いいえ。現在、北門の施設に関する調査が進んでいますので、関係する資料の外部閲覧は一時的に制限されています。申請は保留にしています」
ダグは頷いた。
「ありがとうございます。その書類も、調査資料として確認させていただけますか」
「もちろんです」
管理官が書類を渡す。
俺はティセラを見た。
彼女は何も言わず、申請書を見つめていた。
「……偶然だと思う?」
俺が尋ねると、ティセラはゆっくりと首を振った。
「分からないわ。でも、今になって六年前の記録を調べたがる理由は、確かめたいわね」
リオルも頷いた。
「商会が当時から関わってた証拠にはならないけど、今この記録に興味があるってことは分かったな」
俺はもう一度、申請書を見た。
六年前、ティセラは誰かを運ばせまいとしていた。
その設備は、今も北門の施設に繋がっている。
そして、グレゴールの商会が、古い運搬記録を調べようとしていた。
どうしてだろう。
何を知りたいのだろう。
俺たちがまだ気づいていないことを、あの男は知っているのだろうか。
「……ティセラ」
「何?」
「六年前のこと、もっと調べよう」
彼女は俺を見た。
それから、静かに頷いた。
「ええ。もちろんよ」
夕暮れの光が、王宮の窓を赤く染めていた。
俺は手元の申請書を見つめた。
グレゴールが何を隠しているのかは、まだ分からない。
でも、あの男が目を向けている場所へ、俺たちもようやくたどり着いたのかもしれない。
そして今度は、記録を消される前に、確かめなければならないと思った。




