第六十九話 正式な記録
「俺の知らないところで買い手が決まってるって、何か嫌だな」
翌朝、第七係へやってきたリオルは、昨日王宮から届いた購入予約記録を眺めながら、もう何度目になるか分からないため息をついた。
右腕は相変わらず固定されたままで、昨日は大人しくしていると言っていたくせに、今日も朝から来ている。本人に言わせれば、家にいても落ち着かないらしい。
「嫌だな、で済ませる話じゃないだろ」
「分かってるよ。でも、いきなり買われる側になれって言われてもさ」
リオルは左手で紙を持ち上げた。
「俺、こういうの初めてなんだよ」
「俺だって初めてだよ」
「お前は返却士だから、慣れてそうじゃん」
「何に慣れるんだよ」
そう聞くと、リオルは少し考えてから笑った。
「変な事件?」
「それは否定できないな」
俺も笑ったが、机に置かれた記録を見ると、どうしても気が重くなった。
本人が知らないうちに固有術の売買が進み、予約金まで受け取られている。しかも商人たちは、リオルの右腕が骨折していることまで調べていた。
ダグの〈追跡〉が使えなくなったばかりなのに、今度はリオルまで狙われているらしい。
「リオルさん、お茶でも飲みます?」
隣で書類を整理していたリゼが尋ねた。
「いいの? じゃあお願い」
「セインも飲みますよね」
「うん、ありがとう」
リゼは二人分の茶を用意しようとして、少し手を止めた。
「……三人分ですね」
そう言って、もう一つ茶器を取り出す。
以前なら、あの人の分まで用意していたのだろう。
リゼがどこを見ていたのか、俺には分かった。
係長の机は、今日も空いたままだった。
ただ、昨日までと違うこともある。
あの机へ積まれていた報告書の一部は、今朝から俺の机へ移している。係長の私物に手をつけたわけではなく、第七係の仕事を止めないために、処理の必要なものだけを分けたのだ。
勝手に判断するなと怒られるかもしれないけれど、その時はその時だと思っている。
「セイン、これ」
リオルが紙を差し出した。
「今日、ムラサメさんに会うんだろ?」
「うん。王宮の調査記録と照らし合わせてもらうつもり」
「俺も行くよ」
「もちろん。でも、今度こそ無茶するなよ」
「分かってるって」
その返事を昨日も聞いた気がするが、今回は追及しなかった。
リオルが黙って家にいる方が、かえって何をするか分からないからだ。
◇
王宮の臨時調査室へ着くと、ムラサメはすでに何人もの兵士から報告を受けていた。
昨日の倉庫街で押収された帳簿は机いっぱいに並べられ、封をされた書類もいくつか積まれている。俺たちが入ると、ムラサメは短く挨拶を返し、手元の紙を伏せた。
「来たか。ちょうど確認したいことがあった」
「リオルの件ですか?」
「ああ。昨夜のうちに、購入予約に関係する記録を調べさせた」
ムラサメは一枚の写しを取り出した。
そこには、昨日見たものと同じく、リオルの名前と〈均衡〉が記されていた。
「買い手が分かったんですか?」
「まだ特定できていない。記録上は商人を通した代理購入になっている」
「代理購入?」
「実際の購入者に代わり、別の者が手続きを進めることだ」
なるほど。それなら、帳簿に買い手本人の名前がなくても取引を進められるのかもしれない。
もっとも、それが許されるのかどうかと、リオルの固有術を売っていいのかどうかは別の話だ。
「それで、リオル本人に確認したいことがある」
ムラサメがリオルへ向き直る。
「お前は、この取引について事前に説明を受けたことがあるか?」
「ありません」
「誰かに固有術を譲ると約束したことは?」
「ないです。そんな話、昨日初めて知ったくらいで」
「分かった」
ムラサメは記録係の兵士を呼び、今のやり取りを書き留めさせた。
リオルは少し不思議そうだった。
「……これでいいんですか?」
「何がだ」
「俺が売らないって言えば、それで終わりじゃないんですか?」
「普通なら、本人の意思を確かめずに譲渡の話を進める理由はない。ただし、相手がどういう書類を持ち出してくるかは分からん」
ムラサメは机の上の帳簿へ目を向けた。
「だから、今のうちに記録を残しておく」
その言葉を聞いて、俺は少し納得した。
ラヴェルでも、書類に残された言葉がどれほど大きな意味を持つのか思い知らされた。実際に何が起きたかと、記録に何と書かれているかが違っていても、後から調べる人間には簡単に分からない。
だったら、リオルが売るつもりはないと言ったことも、きちんと残しておくべきだ。
「ムラサメさん」
「何だ」
「本人の意思を記した書類を、こちらでも作っていいですか?」
「構わん。内容を確認して、調査記録にも添えておこう」
「ありがとうございます」
俺は持ってきた用紙を取り出した。
そこへリオルの名前と〈均衡〉について記し、最後に本人の意思を書く欄を作る。
「はい。ここに書いて」
リオルが紙を覗き込んだ。
「……左手で?」
「右手が使えるなら、そっちでもいいけど」
「使えないよ」
「知ってる」
リオルは少し不満そうにしながらペンを持った。
慣れない左手で書くものだから、文字は普段以上に曲がり、最後の一文字に至っては本人も首を傾げる出来だった。
「……これ、読める?」
「何とか」
「本当に?」
「多分」
横から覗き込んだダグが笑った。
「お前、新人の頃から字が汚かったけど、さらにひどくなったな」
「怪我人に厳しくない?」
「事実を言っただけだろ」
リオルは口を尖らせながらも、最後まで書き終えた。
『譲渡の意思なし』
たったそれだけの文章だった。
でも、本人が自分の手で書いたということが大事なのだと思った。
ムラサメはその紙を確認し、記録係へ渡した。
「これで拒否の意思は残った。だが、安心するにはまだ早い」
俺たちは顔を上げる。
「なぜですか?」
「帳簿を作った者が、今後も本人の意思を尊重するとは限らんからだ」
ムラサメの声は落ち着いていたが、その言葉には妙な重みがあった。
確かに、ダグは最初から売らないと答えている。
それでも固有術が使えなくなったのだから、書類を一枚作っただけで安全になるとは思えなかった。
◇
「失礼いたします」
調査室の扉が開いたのは、俺たちが今後の対応について話していた時だった。
入ってきたのは、よく仕立てられた上着を着た中年の男だった。片手に革鞄を持ち、胸元には小さな銀の飾りをつけている。
男はムラサメを見つけると、丁寧に頭を下げた。
「王宮よりお呼びを受け、参りました」
「例の商会の者か」
「はい。今回の件につきまして、少々誤解があるようですので」
男は鞄から書類を取り出した。
ダグの査定書とよく似た紙だった。
俺は思わず身を乗り出した。
「それ、見せてもらってもいいですか?」
男がこちらを見る。
「失礼ですが、あなたは?」
「王立遺失物管理局第七係のセイン・アルケットです」
「遺失物管理局?」
男は一瞬、不思議そうな顔をした。
「なるほど。最近は固有術の件まで扱っておられるのですか」
「まだ調べているところです」
「それは結構。ただ、今回の取引は通常の遺失物とは少々事情が異なりまして」
男は柔らかく笑った。
「固有術は、持っているだけでは十分に活用されないこともございます。必要とする方へ適切に渡すことで、社会全体の利益にもつながるのですよ」
俺はダグを見た。
ダグは黙って聞いていたが、表情は硬かった。
「例えば、こちらの方」
男がリオルへ視線を移した。
「右腕を負傷されていると伺っております。今は以前のようにお仕事もできないのでしょう?」
「……まあ、剣は使えないですけど」
「でしたら、療養されている間に固有術を必要とする方へお譲りするという考え方もございます。もちろん、相応の対価はお支払いいたします」
リオルの顔から笑みが消えた。
俺も、少しだけ腹が立った。
この男は、リオルの怪我を心配しているわけじゃない。
ただ、今は使わないのだから、ほかの誰かに渡せばいいと言っているのだ。
「一つ、聞いていいですか?」
俺が尋ねると、男は頷いた。
「どうぞ」
「リオルが固有術を譲ったあと、また使いたくなったらどうするんですか?」
「それは、契約の内容によりますね」
「返してもらえるんですか?」
「必要であれば、改めて移転の手続きをご相談いただくことになるでしょう」
「元の人に戻せる方法があるんですか?」
男は少しだけ言葉を止めた。
「技術的な詳細については、私の立場ではお答えしかねます」
「じゃあ、戻せるかどうか分からないんですね」
「そういう言い方をされますと、少々語弊がございますが」
「でも、約束はできないんですよね」
男は答えなかった。
俺はリオルを見る。
あいつが右腕を怪我したのは、つい先日のことだ。剣を使えないのがどれほど悔しいかは知っているし、今日だって少しでも早く治したいと思っているはずだ。
そのリオルに、今は使えないから譲ればいいと言う。
しかも、返せる保証もない。
「……それって、かなり困ると思うんですけど」
俺が言うと、男は困ったように微笑んだ。
「もちろん、無理にとは申しません。あくまでご本人にとって有益な選択肢を提示しているだけです」
「だったら、断ったら終わりですよね」
「原則としては、そうなります」
「原則?」
リゼが隣で小さく呟いた。
俺も同じところが気になった。
男は相変わらず丁寧な口調だったが、こちらが断ると言うたび、別の言葉へ置き換えているように感じられた。
ムラサメが静かに口を開いた。
「リオル本人は、すでに譲渡を拒否している」
「……そうでしたか」
「今、本人の意思を記録したところだ」
男の眉がわずかに動いた。
「ですが、購入予約につきましては、すでに手続きが進んでおりますので」
「本人の同意がないままか?」
「そこは、今後の協議によって」
「では、まだ同意は得られていないのだな」
ムラサメがそう言うと、男は口を閉じた。
剣は抜いていない。
声を荒らげたわけでもない。
それなのに、男が少しだけ後ろへ下がったのが分かった。
俺は昨日の戦いを思い出した。
ムラサメは相手の攻撃が届く寸前まで動かなかったが、こちらの男も、何を言っても通じない相手を前にしたような顔をしていた。
もっとも、今度は刀を使う必要もなさそうだった。
◇
「では、確認させてください」
俺は机へ置かれた書類を指した。
「この取引について、本人が拒否したことを商会側にも伝えてもらえますか?」
「もちろん、そのように報告いたします」
「ありがとうございます。できれば、受け取ったことも書面に残してほしいんです」
男が俺を見た。
「そこまで必要でしょうか」
「必要だと思います」
俺は鞄からダグの査定書の写しを取り出した。
「こちらには、本人が売らないと言ったあとで『搬出処理:完了』と書かれていました」
男の表情が変わった。
「……その書類は」
「持ち主から預かっています。本人は売るつもりがなかったそうです」
俺は続けた。
「あとになって、聞いていなかったとか、伝わっていなかったとか言われても困るので。リオルが拒否したことは、今ここではっきり残しておきたいんです」
男はしばらく俺を見ていた。
「ご心配は理解いたします。しかし、当方にも正式な手続きがございまして」
「では、受け取りを断られたことも記録しておきましょうか」
俺がそう言うと、男の笑顔が少し崩れた。
ムラサメが記録係へ目を向ける。
「今のやり取りも残しておけ」
「承知しました」
兵士がペンを走らせる。
男は少し迷ったあと、諦めたように息を吐いた。
「……分かりました。受領したことは記録いたしましょう」
「ありがとうございます」
俺はほっとした。
これで事件が解決したわけじゃないし、リオルが狙われなくなる保証もない。
ただ、少なくとも商会側が拒否を知らなかったと言い逃れるのは、前より難しくなるはずだ。
記録係が用意した紙へ、男が署名する。
リオルも横から覗き込んでいた。
「……セイン」
「何?」
「お前、こういう時は結構しつこいよな」
「お前が売られそうになってるんだろ」
「そうだけど」
「だったら、もう少し真面目に心配させてくれよ」
リオルは少し驚いた顔をした。
それから、照れくさそうに笑った。
「……ありがとな」
俺は返事をしなかった。
別に感謝されるようなことじゃない。
友達が困っているのだから、できることをするだけだ。
それに、リオルの左手で書かれたあの曲がった文字が、妙に頭に残っていた。
あいつは怪我をしていても、自分の意思で売らないと書いた。
ならば、その返事を誰かに勝手に書き換えられるのは嫌だった。
◇
「ところで、一つ教えていただけますか?」
男が帰る支度を始めたところで、俺はもう一度声をかけた。
「何でしょう?」
「あなたの商会は、固有術の取引をたくさん扱っているんですか?」
「ええ。近年は特に需要が増えております」
「そんなに買いたい人がいるんですね」
「当然でしょう。誰もが自分の望む才能を持って生まれるわけではありませんから」
男は少し得意そうに微笑んだ。
「優れた固有術を必要とする方へ届けることは、社会にとっても価値のある仕事だと考えております」
「でも、譲りたくない人もいますよね」
「もちろんです。ですからこそ、適切な対価をご提示しているのですよ」
その答えを聞いて、俺は少しだけ考えた。
この男は、嘘をついているつもりではないのかもしれない。
誰かが才能を欲しがり、別の誰かが金を必要としているのなら、取引をすれば両方が得をする。そう考えること自体は、理解できなくもなかった。
ただ、ダグは売らないと答えている。
リオルだって、今ここで断った。
それでも取引を進めようとするのなら、もう単なる商売の話ではない気がした。
「……商会の責任者は、誰なんですか?」
俺が尋ねると、男は少し驚いた顔をした。
「ご存じありませんか?」
「すみません。商売のことにはあまり詳しくなくて」
「それは意外ですね。王都でも、かなり取引をさせていただいておりますが」
男は胸元の飾りを整え、誇らしそうに答えた。
「私どもの主人は、グレゴール・ザントでございます」
聞いたことのない名前だった。
ただ、隣にいたムラサメの表情が、ほんの少しだけ変わった。
「ザントか」
「はい。ご存じでしたら、お話が早いかと」
「名前は知っている」
ムラサメはそれ以上何も言わなかった。
男は丁寧に頭を下げ、兵士に案内されて調査室を出ていった。
扉が閉まったあと、リオルが小さく息を吐く。
「……何か、すごい人だったな」
「丁寧だったけど、全然引き下がらなかったな」
俺が言うと、リゼが頷いた。
「ずっと笑ってましたけど、こっちの話はあまり聞いてくれませんでしたね」
「そうなんだよな」
ダグも苦笑した。
「俺に声をかけてきた男も、似た感じでした。売らないって言ってるのに、条件を変えれば考え直すだろうって」
それを聞いて、嫌な予感がした。
昨日の帳簿には、まだ何人もの名前が載っていたはずだ。
全員が自分から固有術を売ろうとしたのだろうか。
それとも、ダグやリオルのように、本人が知らないところで話を進められている人間もいるのだろうか。
「ムラサメさん」
俺は顔を上げた。
「帳簿に名前が載っていた人たちには、もう確認を取っているんですか?」
「一部にはな。だが、まだ全員ではない」
「……そうですか」
少し考えた。
「もしよければ、第七係でも手伝えませんか?」
ムラサメが俺を見る。
「何をするつもりだ」
「本人たちに、固有術を売るつもりがあるのか聞きたいんです。すでに売ったことになっている人がいるなら、本当に自分で決めたのかも」
「危険だぞ」
「分かっています。勝手に商会へ乗り込むつもりはありません」
俺はリオルとダグを見た。
二人とも、こちらを見ている。
「でも、ダグさんのことを考えると、同じような人がいるなら早く知っておきたいんです」
ムラサメはしばらく黙っていた。
やがて、頷く。
「王宮の調査を妨げない範囲なら、協力を頼むこともあるだろう。ただし、危険だと判断した場合はすぐに手を引け」
「分かりました」
「それと、リオル」
「はい」
「お前は特に気をつけろ。すでに購入予約まで進んでいる以上、何者かが接触してくる可能性は高い」
リオルは少しだけ真面目な顔になった。
「……はい」
ムラサメは俺たちを見回した。
「商会の取引そのものについては、王宮でも確認する。現状の書類だけで、すべてを違法だと決めつけることはできん」
「でも、本人が断っていても取引が進んでいるんですよね」
リゼが言った。
「ああ。だから調べる」
短い答えだった。
それ以上の説明はなかったが、俺は少しだけ安心した。
ムラサメは強いだけの人ではないらしい。
誰が正しいのかを最初から決めるのではなく、確かめるべきことを確かめようとしている。
係長も昔、似たようなことを教えてくれた。
ただ、あの人の場合は、教えてくれなかったことの方が多い気がする。
◇
王宮を出ると、昼過ぎの陽射しが石畳を照らしていた。
調査室の中に長くいたせいか、外の空気が妙に気持ちよかった。
「セイン」
リゼが隣へ並んだ。
「何?」
「さっき、格好よかったですよ」
「……誰が?」
「セインが」
思わず足が止まった。
「何で?」
「商会の人に、ちゃんと言い返してたじゃないですか」
「別に言い返したわけじゃないよ。確認したかっただけで」
「それでもです」
リゼは少し笑った。
「係長さんがいなくても、ちゃんと仕事できてましたね」
その言葉には、すぐ返事ができなかった。
係長がいないことを、何とも思わなくなったわけじゃない。分からないことがあれば、今でもあの人の顔が浮かぶし、何かを決めるたびに、あの人ならどうしただろうと考えてしまう。
ただ、今日の俺は、係長に相談したいとは思わなかった。
リオルがどうしたいのかを聞いて、その意思を記録に残す。
それが必要だということくらいは、自分で考えられたからだ。
「……まだまだだけどな」
俺が言うと、リゼは首を振った。
「そんなことないですよ」
「珍しく褒めるな」
「いつも褒めてますけど」
「そうだった?」
「……セインって、たまに本当に失礼ですよね」
リゼが少し頬を膨らませた。
俺は笑ってしまったが、怒らせたままにするのも悪いので、素直に礼を言った。
「ありがとう。リゼにそう言ってもらえると、結構嬉しいよ」
今度はリゼが黙った。
「……どうした?」
「何でもありません」
「そう?」
「はい。早く行きましょう」
リゼは少しだけ歩く速度を上げた。
何だか耳が赤く見えたが、気のせいだろうか。
後ろからリオルの声が聞こえる。
「セイン、置いてくぞ!」
「今行く!」
俺はリゼのあとを追いかけた。
ダグの〈追跡〉は、まだ戻っていない。
リオルの〈均衡〉が狙われていることも変わらないし、商会について分かったことだって、今は名前くらいのものだ。
でも、昨日より一つだけ前へ進んだ。
少なくとも、リオルが売らないと答えたことは、もう正式な記録に残っている。
それを誰かが無視しようとするなら、今度はその理由を聞けばいい。
そして、同じように困っている人がいるのなら、できるだけ話を聞きに行きたいと思った。
グレゴール・ザント。
俺はさっき聞いた名前を、忘れないように心の中で繰り返した。
どんな商人なのか、まだ会ったこともないから分からない。
ただ、あの人の商売には一つ、どうしても気になることがあった。
人間の才能に値段をつける前に、その人がどうしたいのか聞いたことはあるんだろうか。
少なくとも、俺が会った二人は、売りたいなんて一度も言っていなかった。




