第六十三話 ユレン・カレル
リオルの右腕は、やはり折れていた。
ラヴェルの診療所へ運び込んだ時には、本人より俺の方がひどい顔をしていたらしい。診察を終えた医師から、もう少し落ち着くようにと言われてしまった。
「骨の位置は、それほど悪くない。だが、治るまでは無理に動かすな」
医師の説明を聞いて、リオルは安心したように頷いた。
「じゃあ、左手で剣を振るくらいなら?」
「振らない」
「……まだ振るとは言ってませんけど」
「そういう顔をしている」
俺は思わず笑った。
この短い時間で、リオルの考えることは医師にまで見抜かれたらしい。
右腕を固定され、肩にも新しい包帯を巻かれたリオルは、そのまま近くの宿で休むことになった。
エルセも首の痛みとふらつきが残っていたため、診療所で診てもらった。深刻な異常は見つからなかったものの、休養が必要だと言われ、珍しく素直に従っていた。
俺たちが宿へ戻った頃には、港の灯りがいくつも点いていた。
それから、ようやく眠った。
夢を見たかどうかは覚えていない。ただ、目が覚めた瞬間、また係長の顔が浮かんだ。
たった半歩でリオルの腕を折り、エルセもセヴァンも倒した男。
あの人の背中が、何度も頭から離れなかった。
けれど、今はまだ追えない。
俺には、先にやらなければならない仕事があった。
◇
翌朝、俺たちはもう一度、水底街の地下へ降りた。
リオルは当然、宿で留守番だ。
エルセも無理をすべき状態ではなかったが、今回は自分がいなければ危険な保全物を動かせないと言い張った。
結局、俺とリゼ、ティセラが付き添い、最初の記憶庫まで必要な作業だけを行って戻ることになった。
目的は、四十二人分の記憶の中から、イリナとトーマに対応するものを確認することだった。
昨夜、ティセラが写し取った刻印と、家に残っていた現場札の記録を照らし合わせた結果、二人の保全番号を特定できたのだ。
最初の記憶庫では、四十二本の細い光が以前と変わらず石台へ集まっていた。
そのうちの二本について、エルセが旧式の搬送設備を慎重に操作する。ティセラは〈転写〉で読める刻印を写し、保全番号が一致していることを何度も確かめた。
俺は二人の指示があるまで、何にも触れなかった。
それを見たリゼが、少し感心したような顔をした。
「……成長しましたね」
「何も触ってないだけで?」
「はい。以前なら、何かしら触ってました」
言い返せなかった。
やがて、小さな硝子筒が二本、搬送台へ現れた。
一本にはイリナ・カレル。
もう一本にはトーマ・カレルの名前が刻まれている。
中には薄く曇った光が漂っていた。
「……これが、二人の記憶?」
俺が尋ねると、エルセは頷いた。
「ユレン・カレルに関する記憶として保全されていたものです。ただし、どちらも封を解いていません」
「……返すことは?」
「あなたの〈返却〉が反応する可能性はあります。でも、必ず安全に戻せるとは言えません」
俺は二本の筒を見た。
ティセラの六年間を返そうとした時のことを思い出す。
あの時は、本人が生きた六年間の記憶が、一度に流れ込もうとした。
今回保全されているのは、ユレンという一人の人間へつながる記憶だ。二十八年を丸ごと戻すわけではないが、だからといって影響が小さいとは限らない。
「……二人にも、その危険を話すよ」
俺が言うと、エルセは頷いた。
「ええ。それから、無理に決めてもらわないことです」
「分かってる」
「……本当に?」
俺は彼女を見る。
「そこまで信用ない?」
「信用しているから、念のため言っています」
少し意外な返事だった。
エルセは二本の筒を保護布へ包みながら、続けた。
「返せるかもしれないと分かった時、あなたがどれほど嬉しそうな顔をするか知っていますから」
俺は何も言えなかった。
確かに、返したい。
長い間失われていた家族の時間が戻るなら、嬉しいことだと思う。
でも、その気持ちは俺のものだ。
二人が同じように望むとは限らない。
俺は保護布に包まれた硝子筒を受け取り、鞄の奥へしまった。
「……ちゃんと聞いてくる」
エルセが、小さく頷いた。
◇
イリナとトーマの家へ向かったのは、俺とリゼの二人だった。
ほかの三人は宿へ戻っている。
リオルには医師からもう一度診察を受けるよう言われていたし、エルセには休養が必要だった。ティセラは朝から古い記録を広げ、六年間を失った自分が何を調べていたのか確かめている。
俺たちが出かける時には、すでに机の上が紙で埋まっていた。
それを見たリゼが、少し呆れたように言った。
『六年前も六年後も、休むのが下手なんですね』
ティセラは不満そうにしていたが、否定はしなかった。
宿を出て港の方へ歩く。
朝のラヴェルは忙しい。
魚を積んだ荷車が石畳を鳴らし、軒先では店主たちが声を掛け合っている。海から吹く風には潮と濡れた木の匂いが混ざり、通りを曲がるたびに違う食べ物の香りが漂ってきた。
「……セイン」
隣を歩くリゼが尋ねた。
「緊張してます?」
「……かなり」
「珍しく素直ですね」
「俺、結構素直だよ」
「その自己評価は、ちょっと疑わしいです」
リゼは笑った。
俺も笑い返したが、すぐに鞄へ目を向けてしまう。
二本の硝子筒は、まだそこにある。
イリナとトーマが返してほしいと言えば、俺たちは方法を相談し、実際に返すことを試みる。
返さないでほしいと言われれば、そのまま保全する。
口で言うのは簡単だった。
けれど、もし二人が何も思い出したくないと言ったら、俺は本当に納得できるのだろうか。
ユレンが大切にしていた家族だ。
息子の船の絵を持ち歩き、妻のことを何度も話していた男だった。
その人を、二人に知ってほしいという気持ちはある。
でも、それは俺の願いでしかない。
「……リゼ」
「はい」
「もし、二人が返してほしくないって言ったらさ」
リゼは少し考えた。
「その時は、返さないんですよね」
「……うん」
「じゃあ、私たちはその答えを聞きに行きましょう」
それだけだった。
何の慰めも、大げさな励ましもなかった。
でも、今の俺にはちょうどよかった。
◇
家へ着くと、トーマが扉を開けた。
袖を肘までまくり、仕事へ出る準備をしていたらしい。俺たちを見ると、少し驚いた顔になる。
「……もう分かったのか?」
「かなり」
「その顔、いい知らせだけじゃなさそうだな」
「……それは、二人に聞いてもらってから考えてほしい」
トーマはしばらく俺を見ていた。
それから、小さく頷く。
「……分かった。入ってくれ」
奥からイリナが顔を出した。
彼女は俺たちを見ると、いつものように茶を用意してくれた。
小さな家だった。
窓際には乾かした香草が吊られ、木の食卓には使い込まれた傷が残っている。窓のそばに置かれた椅子の一つは、少し脚が曲がっていた。
そこには布や籠が積まれている。
以前来た時も、同じだった。
俺はふと、ユレンの記録を思い出した。
幼いトーマがパンの端を残し、父親がそれを食べる。
イリナが呆れ、ユレンが笑う。
それが、二十八年前にはこの家の日常だった。
どの椅子へ誰が座っていたのかまでは知らない。
だが、ここには確かに三人で暮らしていた時間があった。
「……それで?」
イリナが茶を置きながら尋ねた。
「例の人のこと、分かったの?」
「はい」
俺は頷いた。
二人とも、こちらを見ている。
昨夜、説明の仕方についてティセラとエルセへ相談した。
ティセラは、話しすぎれば本人の判断を誘導することになると言った。
エルセは、必要な情報を隠したまま選ばせるのも違うと言った。
どちらも正しいと思う。
だから、まず確かめられた事実から話すことにした。
「二十八年前、この街で四十二人の記憶が処置されていました」
トーマの眉が寄る。
「記憶?」
「ある一人の人間についての記憶です。自然に忘れたんじゃなくて、術式を使って切り離され、保管されていたんです」
「……そんなこと、できるのか」
「実際に残っていました」
俺は鞄へ手を置いた。
「それと、その人が自分で残した記録も見つかりました」
イリナが茶碗へ伸ばしかけた手を止めた。
「……その人、誰なの?」
俺は一度息を吸った。
そして、二人を順番に見た。
「イリナさんの夫で、トーマの父親です」
部屋が静かになった。
外から荷車の車輪が石畳を鳴らす音が聞こえる。
誰かが魚の値段を叫び、それへ別の店主が返事をしている。
ほんの壁一枚向こうでは、いつもと同じ朝が続いていた。
けれど、食卓の前では誰も動かなかった。
「……夫?」
イリナが呟いた。
意味を聞き取れなかったわけではないらしい。
ただ、その言葉を自分へ結びつけようとしても、何も見つからないようだった。
「私、結婚していたの?」
「……はい」
「じゃあ、トーマは」
彼女は息子を見る。
トーマも母親を見ていた。
「父親がいたのか」
トーマが言った。
自分でも妙な言い方だと思ったのか、苦笑する。
「……いや、いたんだろうけどさ」
俺は何も言わなかった。
トーマは父親が存在したことを知らない人生を生きてきた。
イリナは、自分が夫と暮らしたことを知らない。
その二人にとって、父親や夫がいたという事実は、当たり前のことではなかった。
「……名前は?」
イリナが尋ねた。
俺は答える。
「ユレン・カレルです」
彼女の表情は変わらなかった。
トーマも、何かを思い出したようには見えない。
「……ユレン」
イリナが、もう一度繰り返した。
その声は、見知らぬ人の名前を確かめる時と同じだった。
やがて彼女は、少し戸惑ったように首を振った。
「……何も思わないの」
誰へ言ったのか分からないほど、小さな声だった。
「夫だった人の名前を聞いているのに、懐かしくもないし、悲しくもない。知らない人だとしか思えないわ」
リゼが静かに口を開いた。
「……今は、それが普通なんだと思います」
イリナが彼女を見る。
「あなたも、名前をなくしたのよね」
「はい。でも、自分で選んだ名前はあります」
リゼは少し微笑んだ。
「私は、昔の名前を知らなくても今の自分でいられます。ただ、誰かが私のことを知っているのに、私だけ何も分からないのは、時々とても怖いです」
イリナは黙って聞いていた。
「だから、気持ちが追いつかないのは、おかしなことじゃないと思います」
そこまで言うと、リゼは口を閉じた。
返した方がいいとも、返さない方がいいとも言わない。
俺は、その横顔を見ていた。
失われた名前を自分で選び直したリゼだからこそ、今の二人へ無理に答えを押しつけないのだろう。
◇
俺は鞄から、二本の硝子筒を取り出した。
保護布を解き、食卓の中央へ静かに置く。
一本にはイリナ。
もう一本にはトーマの名前が刻まれている。
「……この中に?」
トーマが尋ねた。
「二人の記憶が保管されています。ユレンさんに関する部分だけです」
「……取り戻せるのか?」
「俺の〈返却〉が反応する可能性はあります。でも、実際にどこまで戻るのか、安全に受け止められるのかは、まだ分かりません」
イリナが硝子筒を見つめる。
「危険なの?」
「はい。記憶を一度に戻そうとして、具合が悪くなった人がいます。今回は保管されている内容が違うので、同じことが起こるとは限りませんが、絶対に大丈夫とは言えません」
「……正直ね」
イリナが言った。
「良いことばかり言って、あとで違ったら困りますから」
俺が答えると、トーマが少し笑った。
「確かにな」
彼は硝子筒を手に取ろうとして、途中で止めた。
「……触っていいのか?」
「封は解けないようになってます。そっとなら」
トーマは筒を両手で持ち上げた。
薄い光が硝子の内側で揺れる。
「……俺の、八歳までの記憶か」
「全部じゃない。父親に関わる部分だけだよ」
「……そうか」
トーマはしばらく筒を見ていた。
「戻したら、今までのことはどうなる?」
「今まで生きてきた二十八年間が消えるわけじゃないと思う。ただ、その時間の意味は変わるかもしれない」
「……意味か」
トーマが呟く。
「父親がいなかったと思って生きてきたからな」
彼は少し笑った。
けれど、その顔はすぐに真面目になった。
「……返さないこともできる?」
イリナが尋ねた。
「もちろんです」
「今日、決めなくても?」
「大丈夫です」
「ずっと、このままでも?」
「二人がそう望むなら」
イリナは、長く息を吐いた。
「……そんなの、すぐ決められないわ」
「はい」
「だって、今までいなかった人なのよ。少なくとも、私の中では」
彼女は自分の胸へ手を当てた。
「それを急に戻されたら、何が変わるか分からない」
俺は頷いた。
「……だから、今は決めなくてもいいです」
イリナが顔を上げる。
少し驚いたようだった。
「仕事なんでしょう?」
「はい」
「早く終わらせたいんじゃないの?」
「終わらせたいです。でも、早く返すことだけが仕事じゃないと思うようになりました」
自分で言って、少し照れくさくなった。
係長に聞かれたら、また甘いと言われるだろうか。
あるいは、少しだけ笑ってくれるのだろうか。
そんなことを考えて、慌てて頭から追い払った。
今は、その人のことを考える場面ではない。
◇
「……俺は、戻してほしい」
先に口を開いたのはトーマだった。
イリナが顔を上げる。
「トーマ」
「怖いよ」
彼は硝子筒を見つめたまま言った。
「急に父親がいたって言われても、何も思い出せない。正直、まだ本当なのかって気もしてる」
俺は黙って聞いていた。
「でもさ、それが嫌なんだ」
トーマは顔を上げた。
「八歳まで一緒に暮らしてたんだろ。俺、もう三十六だぞ。父親がいたかどうかまで、他人に教えてもらうのって変じゃないか」
声には怒りが混じっていた。
俺たちへ向けた怒りではない。
おそらく、今まで何も知らずに生きてきたことへの怒りだった。
「……思い出したら、つらいこともあるかもしれないぞ」
俺が言うと、トーマは頷いた。
「そうだろうな。父さんがいなくなった理由を知れば、余計に腹が立つかもしれない」
それから、少し考える。
「……でも、知らないままにするって決めるには、俺はまだ何も知らなすぎる」
その言葉を聞いた瞬間、ユレンの声が蘇った。
『俺を戻すかどうかは、二人にも聞いてくれ』
二十八年前、彼はそう言った。
息子が大人になった時、どんな考えを持つのかは知らなかった。
それでも、本人へ選ばせたいと願っていた。
俺はトーマを見た。
顔が似ているかどうかは、正直分からない。
だが、今の言葉には、どこかユレンを思わせるものがあった。
分からないからこそ、知ろうとする。
その後で、自分がどうするか決める。
偶然なのかもしれない。
それでも、少しだけ親子らしいと思った。
「……分かった」
俺は頷いた。
「ただ、本当にここで返すか、もう一度考えてほしい。すぐに全部思い出せるとは限らないし、具合が悪くなる可能性もある」
トーマは硝子筒を見つめた。
しばらくして、ゆっくり頷く。
「……頼む」
俺は左手を上げた。
硝子筒の中の記憶へ意識を向ける。
返す先は分かっている。
ただ、どんな形で戻るのかまでは分からない。
焦らないよう、ゆっくり息を整えた。
「〈返却〉」
白い紙が現れた。
そこへ文字が浮かび上がる。
『返却対象:記憶』
『帰属先:トーマ・カレル』
俺は、一文字ずつ確かめた。
間違っていない。
それでも、術を進める前にもう一度トーマを見る。
「……最後に確認する」
「返してくれ」
迷いのない返事だった。
俺は頷いた。
◇
硝子筒の内側で、淡い光がほどけ始めた。
最初は、細い糸のようだった。
それが少しずつ集まり、白い返却票へ向かって伸びてくる。
俺は左手の力を緩めなかった。
前にティセラの記憶を返そうとした時、光は一度に流れ込んできた。
今回は違う。
量が少ないのか、保全状態が違うのか、それとも俺が何かを理解し始めたせいなのか。
理由は分からない。
ただ、今回は光が急に押し寄せてくることはなかった。
細い流れが、ゆっくり俺の腕へ触れる。
その瞬間、知らない匂いがした。
焼いたパンの匂いだった。
次に、木の椅子が軋む音。
それから、男の笑い声が聞こえた。
誰かの大きな手が、幼い子供の頭へ触れようとしている。
俺は反射的に、その景色を追いかけかけた。
でも、すぐに目を閉じた。
これは俺の記憶じゃない。
トーマが生きた時間だ。
返すために通り道を作っているだけの俺が、勝手に全部を見ていいわけではなかった。
行き先を確かめる。
無理に速めない。
途中で何かが引っかかれば、すぐに止められるよう意識を向ける。
今は、それだけに集中した。
「……トーマ?」
イリナの声が聞こえた。
俺は薄く目を開いた。
トーマは椅子へ座ったまま、動かなかった。
顔色が少し変わっている。
呼吸が浅くなったかと思うと、すぐに深く息を吸った。
俺は光の流れを確かめた。
無理に押し込まれている様子はない。
やがて最後の光がトーマへ向かい、白い返却票から文字が消えた。
硝子筒は静かになった。
「……トーマ」
もう一度、イリナが呼ぶ。
返事はない。
俺も声をかけようとした。
だが、途中で止めた。
トーマの頬を、一筋の涙が伝っていたからだ。
彼はしばらくそのまま座っていた。
それから、ゆっくり自分の手を見た。
「……そうか」
小さな声だった。
「何が?」
イリナが尋ねる。
トーマは答えようとして、口を閉じた。
もう一度息を吸う。
やがて、泣いているのに少し笑うような顔になった。
「……パン」
俺は顔を上げた。
「……何?」
「俺、子供の頃、パンの端を残してたんだ」
イリナが目を見開く。
「……そうね。小さい頃から、そうだったわ」
「硬いところが嫌いでさ」
トーマは自分の口元を押さえた。
「母さんが残すなって言っても、俺、いつも皿の隅に置いてた」
声が震え始める。
「……父さんが食ってたんだ」
俺は息を呑んだ。
あの記録に残っていた、ユレンの言葉を思い出した。
息子が残したパンの端を、自分が食べる。
何でもないことのように話していた。
「……父さんが、もったいないって言いながら食べてた」
トーマは笑おうとした。
しかし、顔が歪む。
「たまに俺が全部食べると、今日は腹減ってないのかって聞くんだよ。自分で残すなって言ってたくせに」
彼の指の間から、涙が落ちた。
「……いたんだな」
誰へ言ったわけでもなかった。
たぶん、自分に言っていたのだと思う。
「ちゃんと、いたんだよ。父さん」
トーマは両手で顔を覆った。
肩が小さく震えている。
俺は何も言えなかった。
目の前の男が思い出したのは、世界の秘密ではない。
何か大きな仕事を成し遂げた英雄の姿でもない。
父親がパンの端を食べていたことだった。
その程度のことが、どうしてこれほど大切なのだろう。
俺は少し考えた。
きっと、そういうことなのだと思う。
誰かと一緒に暮らすというのは、大きな出来事ばかりを積み重ねることではない。
食卓で何を残したか。
誰がそれを食べたか。
帰りが遅い時に誰が怒り、眠る前にはどんな声で名前を呼ばれたか。
そういう小さなことが、何年もかけて一人の人間の中へ積もっていく。
トーマは今、それを思い出したのだ。
「……母さん」
彼が顔を上げた。
イリナは黙って息子を見つめている。
「俺、父さんと船に乗る約束してた」
今度は、俺の胸が強く動いた。
「港で大きい船を見てさ。俺が乗りたいって言ったら、今度休みの日に行こうって」
トーマは目を拭った。
「……絵も描いたんだよ。船の絵」
俺は、ユレンが大切そうに持っていた一枚の紙を思い出した。
本人以外には魚に見えると言われていた、あの絵だ。
ユレンは、息子との約束を覚えていた。
トーマも、今ようやく思い出した。
でも、二人が本当に船に乗れたのかどうかまでは、まだ分からない。
少なくとも、ユレンが記録へ残した時には、これから叶えるつもりの約束だった。
「……そうか」
俺は小さく答えた。
トーマは俺を見た。
「……セイン」
「何?」
「父さんって、どんな人だった?」
俺は少し考えた。
知っていることはいくつもある。
第七係で働いていたこと。
ローディスと軽口を言い合っていたこと。
家族を守るため、忘れられる処置を選んだこと。
でも、ユレンと長く暮らしたわけではない俺が、その人の全部を説明することはできなかった。
「……俺が見た記録では」
そう前置きした。
「よく笑う人だった。仕事仲間と言い合いもしてたし、ちょっと口も悪かった」
トーマが笑った。
「……そうだった気がする」
「それから、息子が描いた船の絵を、大事に持ってた」
彼の表情が変わる。
「……本当に?」
「うん」
トーマはしばらく黙った。
それから、もう一度目を拭った。
「……そっか」
その顔を見て、俺はそれ以上何も言わなかった。
◇
イリナは、すぐには自分の記憶を返してほしいと言わなかった。
息子が泣きながら昔のことを話す間、何度も自分の硝子筒へ目を向けていた。
それでも、手を伸ばさない。
トーマに戻ったのは、父親と過ごした幼い頃の記憶だ。
イリナが失ったのは、夫とともに暮らした時間だった。
好きになった日のことも。
喧嘩をした夜のことも。
子供が生まれた時のことも。
もしかすると、最後に顔を見た日のことまで。
全部が、今の自分へ戻ってくるかもしれない。
俺には、その怖さを想像することしかできなかった。
「……ねえ、セイン」
しばらくして、イリナが口を開いた。
「はい」
「その人は、私たちを忘れたかったの?」
俺はすぐに答えなかった。
言葉を間違えたくなかったからだ。
「……ユレンさんが、自分から消えることを選んだのか、という意味ですか」
「そう」
彼女はゆっくり頷いた。
「嫌になったから、いなくなったの?」
その声を聞いた瞬間、胸が痛んだ。
イリナは、まだユレンを思い出していない。
それでも、夫だった男が自分を忘れさせたと聞けば、そう考えるのは当然なのかもしれない。
「……違うと思います」
俺は答えた。
「本人が残した記録を見ました」
「……何て言ってたの」
「忘れてほしくなかった、って」
イリナが顔を上げる。
「妻にも息子にも、自分を覚えていてほしかった。普通に家へ帰って、また一緒に飯を食べたかったって言ってました」
彼女は黙っている。
「でも、そのままだと危険な場所へ誰かが辿り着ける状態だったらしいんです。本人は、ほかに止める方法がないと思った」
「……それで、消えることを選んだの?」
「はい」
「自分で?」
「……はい」
イリナは目を伏せた。
俺は続けた。
「ただ、選んだからといって、そうしたかったわけではありません」
ユレンの顔を思い出す。
息子の絵を手放せずにいた時のこと。
家族を覚えていてほしいと、何度も言っていたこと。
最後に、自分が望んだという記録だけは残さないでほしいと頼んだこと。
「……あの人は、忘れられたかったわけじゃないんです」
イリナは長い間、何も言わなかった。
窓の向こうでは、昼を知らせる鐘が鳴っている。
遠くから、港の人々の声が聞こえた。
やがて、イリナがゆっくり立ち上がった。
食卓の端に置かれた籠を持ち上げ、窓際の椅子へ近づく。
彼女は、その椅子の上に積んであった布をどけた。
「……私ね」
小さな声だった。
「この椅子、ずっと捨てられなかったの」
俺は椅子を見る。
古い木でできていて、脚の一本が少し曲がっている。
「何度も買い替えようと思ったのよ。でも、家具屋へ行くと、何だか三脚買いたくなるの」
イリナが少し笑う。
「二人で暮らしてるのにね」
トーマは黙って聞いていた。
「どうしてだろうって、ずっと思ってた。古い椅子を捨てられない自分が嫌になることもあったわ」
彼女は背もたれへ手を置いた。
「……誰かが座っていたのね」
その声が、少し震えた。
俺は答えられなかった。
ユレンが本当にその椅子を使っていたかどうか、確かめたわけではない。
けれど、三人で過ごした時間がこの家にあったことは、もう分かっている。
イリナは椅子を見つめたまま、続けた。
「名前を聞いても、何も思わなかったのよ」
「……はい」
「今も、ほとんど何も分からない」
彼女は少しだけ目を伏せた。
「でも、もしこの椅子を捨てられなかった理由が、その人だったら……」
言葉が止まる。
トーマがそっと立ち上がり、母親のそばへ来た。
「……母さん」
イリナは息子を見た。
「返してもらおうと思うの」
トーマは頷いた。
「……うん」
「怖いわ」
「……うん」
「思い出して、嫌いになるかもしれない」
「それでもいいんじゃないか」
トーマが静かに言った。
「父さんだって、母さんに何でも許してほしかったわけじゃないだろ」
その言葉を聞いて、イリナは少し笑った。
「……そうね」
それから俺へ向き直る。
「セイン」
「はい」
「私も、返してほしい」
声は震えていた。
怖くなくなったわけではない。
ただ、怖いまま自分で決めたのだと思った。
◇
イリナの返却は、トーマよりも時間がかかった。
俺は彼女に改めて危険を説明し、途中で具合が悪くなったらすぐ知らせてもらうよう頼んだ。
トーマも母親の隣へ座り、その手を握っていた。
俺は二本目の硝子筒を持ち上げる。
「〈返却〉」
白い紙が現れた。
『返却対象:記憶』
『帰属先:イリナ・カレル』
行き先を確かめ、ゆっくりと術を通す。
硝子筒の内側で、光がほどけていく。
最初は静かだった。
そのうち、細い光がいくつも集まり、俺の左手へ触れてきた。
濡れた外套の匂いがした。
帰りの遅い誰かを待つ気配が、胸の奥へ流れ込んでくる。
机の上へ並べられた皿。
雨の夜の足音。
男が何かを謝っていて、女がそれを聞きながら怒っている。
それから、二人が笑い合う声がした。
俺は、その先を追うのをやめた。
この人たちの暮らしは、俺が知るためにあるわけではない。
ユレンとイリナが何を話し、何を怒り、どうやって仲直りしたのか。
それは本人たちのものだ。
俺はただ、返す先を間違えないように意識を向けた。
イリナの呼吸が少し速くなる。
「……大丈夫ですか」
俺が尋ねると、彼女は目を閉じたまま頷いた。
トーマが手を握り直す。
「母さん、無理するなよ」
「……分かってる」
声は震えていたが、意識ははっきりしているようだった。
光は途切れずに流れていく。
俺は焦らず、返却票の文字と行き先を確かめ続けた。
やがて、最後の一筋がイリナへ届く。
白い紙の文字が薄くなり、静かに消えた。
返却が終わっても、イリナは目を閉じていた。
トーマが何かを言いかける。
けれど、母親の手を握ったまま待つことにしたらしい。
俺とリゼも、何も言わなかった。
しばらくして、イリナがゆっくり目を開いた。
最初に見たのは、息子の顔だった。
次に、俺たちを見る。
それから、窓際の椅子へ視線を移した。
長い間、そこを見つめていた。
「……最低」
小さな声だった。
トーマが顔を上げる。
「母さん?」
イリナの頬を涙が伝った。
「……ユレンの馬鹿」
その言葉を聞いた瞬間、俺は息を止めた。
イリナは笑っていなかった。
唇を噛みしめ、涙を拭おうともせず、古い椅子を見つめている。
「何で、一人で決めるのよ」
声が震えていた。
「私に言ってくれれば、何かできたかもしれないでしょう」
トーマが、母親の手を強く握った。
イリナは続けた。
「帰ってくるって言ったのに」
涙が次々と落ちる。
「明日は早く帰るって。トーマと船を見に行くんでしょうって言ったら、分かってるって笑ったくせに」
俺は何も言えなかった。
記録の中で、ユレンは息子と船に乗る約束をしていた。
それが、彼にとって最後まで気がかりだった。
今、その日のことを覚えている人が、もう一人ここにいる。
「……帰ってこなかったのよ」
イリナが呟く。
その声には、深い怒りがあった。
「何年も、何年も……」
そこで言葉が止まった。
彼女はしばらく自分の手を見つめた。
「……違うわね」
少しして、そう言った。
「待っていたことさえ、忘れていたのね」
俺は胸が詰まった。
ユレンが消えた後、イリナは夫の帰りを待つこともできなかった。
何があったのか調べることも、怒ることも、悲しむことも。
その理由ごと、記憶から失われていた。
「……ひどい人」
イリナが言った。
その後、少しだけ笑った。
「本当に、ひどい人ね」
涙は止まらなかった。
けれど、その声には怒りだけでなく、懐かしさも混ざっていた。
俺はそれを聞いて、ようやく分かった気がした。
記憶が戻るというのは、嬉しいことだけを思い出すという意味ではない。
相手を好きだったことも、腹が立ったことも、許せなかったことも戻ってくる。
それが、その人と生きた時間なのだ。
◇
「……母さん」
トーマが声をかけた。
イリナは涙を拭いながら息子を見る。
「何?」
「父さんって、どんな人だった?」
その質問に、イリナは少し驚いた顔をした。
「あなたも思い出したでしょう」
「俺は八歳までだよ。母さんの方が、ずっと知ってるだろ」
イリナは息子を見つめた。
それから、ふっと笑う。
「……そうね」
彼女は椅子の背へ手を置いた。
「朝が弱くて、いつも起こすのが大変だったわ。仕事へ遅れるって分かってるのに、あと少しだけって言うの」
トーマが笑った。
「……覚えてる気がする」
「あなたの方が先に起きて、布団を引っ張ったこともあったでしょう」
「……あったかも」
「それでも起きないから、二人で困ったのよ」
イリナは笑いながら涙を拭った。
「仕事は真面目だったわ。でも、家へ帰ると本当にだらしなくて。何かあればすぐ冗談を言うし、私が怒ると余計なことを言い返すし……」
その言葉が途中で止まる。
イリナは少しだけ顔を伏せた。
「……でも、優しかった」
トーマは何も言わずに聞いていた。
「あなたが生まれた時も、抱っこするのが怖いって言ってね。そんなに大きい身体をしてるのに、小さな赤ん坊をどう持てばいいのか分からないって」
彼女は息子の手へ自分の手を重ねた。
「……すごく、嬉しそうだったのよ」
トーマの目から、また涙が落ちた。
その顔を見て、イリナも笑いながら泣いた。
俺とリゼは、静かに席を離れた。
これ以上、俺たちが聞く必要はない。
ここから先は、二人の家族の時間だ。
窓際へ移動すると、リゼが小さく息を吐いた。
「……よかったですね」
俺は食卓の方を見た。
トーマが昔のことを話し、イリナが笑いながら何かを訂正している。
時々、二人とも泣いてしまう。
それでも、また話し始める。
「……うん」
俺は頷いた。
二十八年間、この家では呼ばれなかった名前があった。
今、その名前を、二人が何度も呼んでいる。
ユレン。
時にはユレンの馬鹿、と。
時には父さん、と。
そのたびに、二人の間へ新しい会話が生まれていた。
失った二十八年間を取り戻せたわけではない。
ただ、二人が今まで知らなかった時間を、もう一度自分たちのものとして話し始めたのだと思った。
◇
帰る支度を始めた頃には、昼の陽射しが窓から斜めに差し込んでいた。
イリナは少し疲れた顔をしていたが、気分が悪そうな様子はなかった。
俺は何度か体調を尋ね、しばらく無理をしないよう伝えた。
「……ずいぶん心配性なのね」
彼女が言った。
「初めてのことなので」
「あなたも?」
「……はい」
イリナは少し笑った。
「それなら、お互いさまね」
そう言って、空になった二本の硝子筒を見た。
「……この中に、あったのね」
「はい」
「何だか、不思議だわ」
彼女は少し考えた。
「でも、返してもらってよかったと思う」
俺は小さく頷いた。
「……それなら、よかったです」
「ユレンには腹が立つけどね」
「……それも、いいと思います」
イリナが笑った。
「あなた、変わったこと言うのね」
「よく言われます」
「そうでしょうね」
リゼまで笑っていた。
その声を聞いて、俺も少しだけ笑った。
思い出した後の二人が、何を考え、どう生きていくのか。
それは俺が決めることではない。
今すぐに悲しむかもしれないし、何日も後になって突然怒ることだってあるだろう。
それでも、二人は自分で記憶を返してほしいと選んだ。
その選択を、大切にしたいと思った。
◇
玄関で靴を履いていると、トーマが俺を呼び止めた。
「……セイン」
「何?」
「ありがとう、って言っていいのか分からないけど」
俺は振り返った。
トーマは少し困ったような顔をしている。
「思い出したら、思い出したで、知らなかった時より面倒なことが増えた気がするんだ」
「……うん」
「でも、返してもらってよかった」
彼はゆっくり頷いた。
「だから、ありがとう」
俺は少しだけ照れくさくなった。
「……どういたしまして」
トーマが笑った。
その顔は、朝とほとんど変わらない。
ただ、自分がどんな子供だったのかを、少しだけ深く知った人の顔になっている気がした。
「……ほかの人たちにも聞くんだろ」
「そのつもり」
「四十人か」
「……うん」
「大変だな」
「かなり」
トーマは少し笑った。
「でも、やってくれ」
俺は頷いた。
「……一人ずつ聞くよ」
「それがいいと思う」
彼は少し黙った。
それから、何かを思い出したように顔を上げる。
「……もう一つ、聞いていいか」
「何?」
「父さんは、あのあとどうなった?」
俺は答えられなかった。
記録に残っていたのは、二十八年前のユレンが自分を忘れさせる処置を選んだところまでだった。
四十二人の記憶から姿を消した後、彼がどこへ行ったのかは、まだ分かっていない。
亡くなったという記録も見つかっていない。
生きているという証拠もない。
「……まだ、分からない」
俺は答えた。
トーマの表情が、少し曇る。
「……そうか」
「でも、調べるよ」
彼が顔を上げた。
「何があったのか、まだ確かめてないことがある。ユレンさんがあの後どこへ行ったのかも、どう生きたのかも」
俺は一度、息を吸った。
「……ちゃんと、調べる」
トーマは長い間、俺を見ていた。
それから、小さく頷く。
「……頼む」
俺も頷いた。
その言葉だけで、十分だった。
◇
家を出ると、海からの風が強くなっていた。
港では大きな船が荷を下ろしている。
甲板の上を人が行き交い、太い縄がきしむ音が聞こえてきた。
俺は少し立ち止まり、その船を見た。
二十八年前、ユレンは息子と船に乗る約束をしていた。
トーマは、今その約束を思い出した。
けれど、約束が叶ったのかどうかは、まだ分からない。
もしかすると、ユレンは仕事を終えたら本当に家へ帰るつもりだったのかもしれない。
妻へ何を話し、息子へ何を言おうとしていたのか。
それも、今となっては確かめられないことが多いのだろう。
「……セイン」
リゼが袖を引いた。
「何?」
「よかったんでしょうか」
俺は彼女を見る。
「……何が?」
「二人へ記憶を返したことです」
リゼは少し考えた。
「もちろん、二人とも返してほしいって言いました。でも、思い出したら悲しくなることも増えましたよね」
「……うん」
「何も知らなかった方が、楽だったかもしれないです」
俺は少し考えた。
返却の前なら、すぐに反論していたかもしれない。
知らないままではいけない。
失ったものは返すべきだ。
そう言ったかもしれない。
でも、今は違う。
「……分からない」
正直に答えた。
リゼが俺を見る。
「そればっかりですね」
「……そうだな」
「でも、今日は悪くないと思います」
「どうして?」
リゼは少し笑った。
「二人とも、自分で決めましたから」
俺は頷いた。
そうだった。
思い出した後、つらいことが増えたかもしれない。
明日になれば、返してもらわなければよかったと思うこともあるかもしれない。
それでも、少なくとも今日、二人は自分の意思で選んだ。
俺はそのための手伝いをしただけだ。
「……そうだな」
俺が答えると、リゼは嬉しそうに頷いた。
それから、もう一度港の方を見る。
「……ユレンさん、どこへ行ったんでしょうね」
「……分からない」
「もう、亡くなっていると思います?」
俺は少し考えた。
二十八年という時間は、長い。
もし生きているなら、ユレンは六十二歳になっている。
どこかで別の生活をしているかもしれないし、もうこの世界にはいないかもしれない。
どちらも、今の俺たちには確かめられていない。
「……だから、探す」
俺は答えた。
リゼが顔を上げる。
「ユレンさんが、最後にどこへ行ったのか?」
「うん」
俺は海を見た。
大きな船がゆっくり動き始めている。
その甲板を見つめながら、ふと思った。
二十八年前、ユレンは家族に覚えていてほしかった。
忘れられることを選んでも、その願いを捨てられなかった。
そして今。
妻は、もう一度その名前を呼んだ。
息子は、父親と過ごした日々を思い出した。
ユレンが願っていたことの一つは、確かに叶ったのだ。
だから、これで終わりにするわけにはいかない。
あの人が、自分の存在を人々の記憶から消した後、どこで何をしていたのか。
その続きを知りたい。
俺はリゼへ顔を向けた。
「……帰ろう。ティセラたちにも話さないと」
「はい」
リゼが笑った。
俺たちは港の通りを歩き始めた。
海風に混じって、遠くから子供の笑い声が聞こえる。
その声を聞きながら、俺はもう一度だけ心の中で名前を呼んだ。
ユレン・カレル。
二十八年間、家族の誰にも呼ばれなかったその名前には、今ようやく帰る場所ができた。
次は、本人が歩いていった道を探す番だった。




