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第55話 勝利の雄叫び


 セポネとオハラの攻防。数十分後。

 会議室は、見る影もなかった。

 床には大きな亀裂が走り、壁には無数のひびが入っている。テーブルは砕け、椅子は原形を留めていない。

 その惨状の中心で、オハラは片膝をついていた。

 全身は傷だらけ。息も荒い。

 それでも、顔には清々しい苦笑いが浮かんでいた。

「ははは……強すぎ…。勝てると思ったんだがな……」

 

 オハラはゆっくりと顔を上げる。

「……殺せ」

 その言葉に、セポネは拳を下ろした。

 全身からは汗が流れ、肩がわずかに上下している。

 セポネも無傷ではない。

 それでも、セポネの顔には勝ち誇った笑みが浮かんでいた。ゆっくりとオハラへ近づき、その顔を覗き込む。

「おい……この喧嘩、妾の勝ちじゃな!?」

「……は?」オハラが首を傾げた。

 背後では、四天王たちが一斉に顔を背けている。

 笑いを堪えるため肩が震えていた。


「だ〜か〜ら〜!!」

 セポネが腰に両手を当て、覗き込むようにオハラへ顔を近づける。

「この喧嘩、妾の勝ちじゃな!?」

「……あ、あぁ。お前さんの勝ちじゃ……好きにしろ……」

 

 その答えを聞いた瞬間、セポネの顔がぱあっと明るくなった。

「よっしゃぁぁぁぁっ!!」

 セポネはくるりと振り返り、カヅチと四天王たちへ向かって右手を高々と掲げた。

「お前ら!!勝ったどぉぉぉぉぉ!!」

「「「「おおおおおおっ!!」」」」

 四天王たちが笑いながら拍手する。

 カヅチもまた、苦笑しながら手を叩いた。

「いやぁ……さすが魔王様ですね」

「ふふん!当然じゃ!!妾は魔王じゃぞ!!」

 セポネは胸を張り、満面の笑みを浮かべた。

 

 その姿は、先ほどまで会議室を破壊し尽くしていた魔王とは思えないほど無邪気だった。

 一方、地面に膝をついたままのオハラは、ぽかんと口を開けていた。

「…………おい」誰も答えない。

「……おいっ! 私を殺さないのか?」

 ようやく我に返ったオハラが声を上げる。

 セポネは不思議そうに振り返った。

「何でじゃ!?何でお前を殺す?」

「いや、だから……」

「妾は喧嘩と言ったじゃろ?妾が勝った。その事実だけで良い!」

 セポネは得意げに胸を張る。

「お前は負け……ぷっ!」口元を押さえた。

「くくく…そういうことじゃ!!なははははっ!!」

とうとう堪えきれず、大声で笑い出しオハラを指差す。

 オハラは何も言えなかった。

 殺される覚悟を決めた相手が、勝敗を認めさせただけで満足している。理解が追いつかない。

「カヅチ!」

「はい?」

「箒でこやつを国まで送ってやってくれ!」

「分かりました」

カヅチが頷くと、セポネは再びオハラへ顔を向けた。

「この負け……ぷっ!!なははははっ!!強い妾は好きじゃろ!なははははっ!!」


 子供のように笑うセポネを見て、オハラは深々とため息をついた。どうやら、自分はとんでもない相手と喧嘩をしてしまったらしい。

 いや、喧嘩をする相手を間違えたというべきか。

「……まったく。魔王というのは、もっと恐ろしい存在だと思っていたんだがな……」

「ん? 何か言ったか?」

「いや、何でもない……」

 カヅチがオハラの肩を支える。

「じゃあ、俺はオハラさんを送ってきますね」

「頼むぞ、カヅチ!」

 セポネは満足げに手を振った。

「また来るときは、もっと強くなってから来るんじゃぞ!!」

「あはは……当分、遠慮しておくよ…」

 オハラは苦笑いを浮かべ、カヅチとともに会議室を後にした。


 二人の姿が見えなくなると、セポネは満足げに頷いた。

「うむ!良い喧嘩であった!」

「魔王様、喧嘩もいいですけど、会議はどうされるので?」

 リゼルカが、床に散らばった瓦礫を見回しながら尋ねる。


「……む?」セポネの動きが止まった。

 視線が、砕け散ったテーブルへ。次に、折れた椅子へ。そして、無数の亀裂が走る床へと移っていく。

 四天王たちの笑顔が、ぴたりと止まった。

「…………まあ、よい!!会議を再開するぞぉぉぉっ!!」

 四天王全員のため息と笑いが響いた。

 こうして、魔王城の会議は再開された。

 壊れたテーブルと椅子を囲んで。

 そして、その後の会議室の清掃が誰の仕事になるのかは、言うまでもなかった。


◇◇◇


 オハラに肩を貸しながら、カヅチは魔王城の出口へと向かっていた。

 会議室を出てしばらく歩いたところで、カヅチは隣のオハラをちらりと見上げる。あれほど激しい喧嘩をしたというのに、オハラの足取りには、ほとんど衰えが感じられなかった。


「……何で、剣を使って本気を出さなかったんですか?確か、オハラさんは剣技が四国最強だと聞いてましたけど……」

 カヅチは声を潜めて尋ねた。

 オハラは一瞬だけ目を丸くすると、すぐに口元を緩めた。

「あははっ!あんな真っ直ぐに『喧嘩じゃぁぁ!』なんて言われたら……漢として興奮するじゃろ☆剣など使ったら無粋ってもんだ!」

「……は?」

 予想外すぎる答えに、カヅチの足が止まりかける。


 オハラは楽しそうに笑いながら、ふと背後を振り返った。会議室の扉は、すでに遠くなっている。


「あいつも本気じゃない……あぁでもしないと、周りが止まらなくなると思ったんだろうな……」

 その声から、先ほどまでの陽気さがほんの少しだけ消えた。オハラは目を細め、何かを思い返すように頬を緩める。

 セポネは勝利を疑っていなかった。けれど、あの喧嘩で本当に欲しかったものは、相手の命ではなかったのだろう。四天王たちの気性も、あの場の空気も、すべて承知したうえで、自ら喧嘩を引き受けた。


 豪快で、子供っぽくて、少々乱暴。

 それでも、あの魔王は周囲をよく見ている。


「懐の深い女魔王だな……」

 オハラは感心したように呟くと、再びカヅチへ顔を向けた。

「あははっ!お前さん、いい女を見つけたな!」

 バシンッ!と勢いよく肩を叩かれ、カヅチの身体が傾いた。

「いっ!?って。えぇぇぇぇ!?見つけた!?いやいや、あの人、魔王ですよ!?」


 その答えにオハラはキョトンとした。

 そして、カヅチの顔をじっと見つめる。

 数秒ほど考え込んだあと、何かを理解したように、ゆっくりと頷いた。

「ははは……そういうことか……分かった……」

(自分たちの感情に気づいてないのか……難儀な奴らだな……ぷっ)

 オハラの口元が、ぴくりと動く。

 どうやら笑いを堪えているらしい。


「何ですか?……何が分かったんですか?」

 不思議そうに首を傾げるカヅチ。

「いや、なぁに。こっちの話じゃよ」

 オハラは笑みを深めると、何事もなかったかのように歩き出した。カヅチは納得できない顔をしながらもオハラに肩を貸して歩く。


 やがて二人は、魔王城の外へとたどり着いた。

 ひんやりとした外気が頬を撫でる。

 カヅチはオハラの肩から手を離すと、箒を手に取った。柄を握り、魔力を込めようとした、そのとき。


「いやいや、送らないで大丈夫だよ」

「え?でも……」

 オハラはカヅチの言葉を待たず、地面に突き刺していた剣へと歩み寄った。そして、何の苦もなくするりと引き抜く。

 つい先ほどまで、魔王と激しい打ち合いを繰り広げていた男とは思えないほど、軽やかな動作だった。

 オハラは剣を肩に担ぎ、東の空を見る。

 その顔には、戦いの疲労など微塵も感じられない、いつもの人懐っこい笑みが浮かんでいた。


「魔王に伝えといてくれるか?」

「何をです?」

 オハラは振り返ると、いたずらを思いついた子供のように目を輝かせた。

「あははっ!久しぶりに『楽しかった☆』ってな!」

 そう言い残すや否や、オハラは東の方向へ向かって走り出した。


「……早っ!元気だったんかい…」

 カヅチは箒を握ったまま、その背中を見送った。

 老人のものとは思えない、力強い足取り。

 あっという間に小さくなっていく背中を見つめ、カヅチは呆れたように息を吐いた。


「いや……めっちゃ元気じゃん……やっぱり、本気じゃなかったのか……」

 思わず、笑みがこぼれる。

 もっとも、セポネも本気ではなかったらしい。

 そう考えると、あの会議室で繰り広げられた喧嘩は、一体何だったのだろうか。

 そんなことを考えながら、カヅチは箒を肩に担ぎ直し、魔王城へと振り返った。

 きっと今頃、セポネたちは何事もなかったかのように会議を再開しているだろう。

 そして、その会議室がどんな惨状になっているのかを思い出していた。


「うわぁ……掃除、面倒くさそうだなぁ…。ほんと汚す人って掃除しないよな…掃除する人は掃除しやすいように汚すんだよなぁ…」

 カヅチは小さくぼやくと、いつもの仕事場、魔王城へと戻っていった。



            続

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