第56話 魔王城会議中
魔王城・会議室➖➖
先ほどのセポネとオハラの戦闘によって、部屋は見る影もなく破壊されていた。
床には亀裂が走り、壁には無数の傷。
砕けたテーブルや椅子が散乱する中、セポネと四天王たちは、何事もなかったかのように会議を始めていた。
「んっ、くそ!血が止まらんな……腹立つっ!」
セポネは鼻にティッシュを詰めたまま、苛立たしげに顔をしかめた。どうやら、オハラとの喧嘩で折れた鼻から、鼻血がまだ止まらないらしい。
「ねぇ? 魔王ちゃん。さっきの爺さんの話、真に受けるの?」
ヘルデスが椅子に座ったまま、小首を傾げる。
セポネは返事をする前に、鼻の奥のさらに奥までティッシュを詰め直した。
「んっ……妾は、あの男を信じて動いてみようと思う。総力戦にしようと思ったが、少数精鋭で北へ向かうつもりじゃ。お主らはどう思う?」
四天王たちは互いに顔を見合わせた。
オハラの話は、あまりにも不穏だった。
北のヴァルノクスが戦争を仕掛けてくる理由も、その裏にいる者たちの思惑も、まだ分からないことだらけだ。それでも、セポネは迷っていなかった。
「セポちゃんが決めたことなら私たちは従うよ。だから、いつもみたいにセポちゃんが決めなよ」
サルヴェナが、いつもの眠たげな顔で答える。
イグニートとリゼルカも、異論はないとばかりに頷いた。だが……。
「ん〜……じゃあさ、あの爺さんの話しが罠だったらどうするの?みんな死ぬよ。それに魔王ちゃんが死んだらどうするの?生き返れないよ」
ヘルデスだけは、片眉を上げていた。
軽い口調とは裏腹に、その問いには現実的な重みがある。魔王が倒れれば、魔族全体にどれほどの影響が出るのか。四天王たちも、それを知らないわけではない。
しかし、当のセポネは不思議そうに首を傾げた。
「ん〜、いまいち妾が死ぬのが想像できんのだが……その時は、お主らの誰かが妾から魔王の力を奪い、誰かが魔王をやったらいい!」
「はぁ?……」
あまりにもあっけらかんとした答えに、ヘルデスは言葉を失った。セポネにとって、自分の命よりも先に考えるべきことは、魔王という存在をどう残すかということらしい。
「あのさ……その言い方だと……まさか、魔王ちゃんも行くの?」
「んっ? ダメなのか?妾、行く気まんまんじゃったんだが……」
セポネはきょとんとした顔で答えた。
その表情には、危険な場所へ自ら赴く者の緊張感など微塵もない。
「「「「はははははっ!!」」」」
四天王たちの笑い声が、壊れかけた会議室に響いた。どうやら、セポネ本人が一番、自分の身の危険を深刻に考えていないらしい。
ひとしきり笑ったところで、セポネがパンッと手を叩いた。
「よしっ!決まったぞ。北に行くのは妾とサルヴェナ、羅刹、イグニート、リゼルカ……あとカヅチで行く!」
指を折りながら、迷いなく名前を挙げていく。
「ヘルデス。お主は西の動きを見て、防衛じゃ!」
名を呼ばれたヘルデスは、片眉をぴくりと動かした。
「留守番はいいんだけど、なんであの人間を連れて行くの?そこだけ分かんないなぁ……」
ヘルデスの視線が、カヅチの姿を思い浮かべるように宙を向く。
魔王城の清掃員。人間でありながら、魔王や四天王たちと行動を共にする男。
カヅチが何度も魔族や四天王たちを救ってきたことは、ヘルデスも知っている。だが、それだけで信用できるかと問われれば、話は別だった。
「いいや!カヅチは絶対連れて行く。もう何回も我らを救ってくれている。信用できる人間だ。それに一緒にいると妾のやる気にも繋がる!」
セポネは、きっぱりと言い切った。
その声に迷いは一つもなかった。
ヘルデスはしばらくセポネを見つめていたが、やがて興味を失ったように肩をすくめた。
「やる気って……ふ〜ん。まっ、いいけどさ……」
そう言って立ち上がると、傍らのゴンタにひょいとまたがる。
「なんだ?おめー、帰んのか?」
イグニートが不思議そうに尋ねると、ヘルデスは振り返りながら、にこりと笑った。
「うん。帰るよ! ここにいても意味ないしね……帰って“やること”もあるし……」
その瞬間、幼い顔にぞっとするほど歪んだ笑みが浮かんだ。だが、それも一瞬のこと。
次の瞬間には、いつもの無邪気な表情に戻っていた。
「あぁん?やることぉ?その駄犬のブラッシングか?きゃははっ!」
サルヴェナが、からかうように笑う。
ヘルデスは答えず、ゴンタの背に揺られながら、会議室にいる全員をゆっくりと見回した。
「あははっ!君たちは呑気でいいね〜。いつでも生き返れると思って、すぐ死なないようにね……君たちは…弱いんだから☆」
「「「「なんだとぉぉぉぉっ!!」」」」
残された四天王たちが、一斉に立ち上がった。
「おぉぉ!怖っ!!じゃぁねぇ!!」
ヘルデスは楽しそうに笑い、壊れた窓からゴンタと共に飛び出していった。その背中をセポネは目を細め、頬杖をつきながら見送っていた。
「んっだよっ!あのガキ!!可愛くないねっ!」
サルヴェナが、机をバンッと叩いて憤慨する。
しかし、セポネは笑わなかった。
「確かに、ヘルデスあいつは強い……」
ぽつりと漏らした声に、先ほどまで騒がしかった会議室が静まった。
「あやつが西を守ってからは、一度もこの魔王城が西から攻められたことがないからな……それに一度も魔王の椅子を狙い妾に挑戦したこともない…正直どこまで力があるのかもわからない…まっ、妾が負けることはないがな!あははっ!」
ヘルデスの言葉は、ただの挑発ではない。
幼い見た目も、無邪気な振る舞いも、その実力を測る物差しにはならないのだ。それが分かっているから誰もセポネの言葉に口を開かなかった。
やがてセポネは頬杖を解き、椅子から立ち上がった。
「よしっ!お主ら!動き出すのは明朝!各々、この城で好きなことをして待て!!」
その声が、会議室に響き渡る。
北で何が待ち受けているのか。
オハラが語った真実とは何なのか。
そして、ヘルデスが帰ってまでやろうとしていることとは、まだ誰にも分からない。
セポネは振り返ることなく、会議室を後にした。
会議室を後にしたセポネが廊下へ出ると、そこにはカヅチが立っていた。
「終わりましたか? 掃除しちゃいます?」
いつもの笑顔。いつもの調子。会議室の惨状を前にしても、カヅチにとっては、ただ掃除する場所が増えただけなのだろう。
セポネは何も答えず、カヅチのそばまで歩み寄ると、その肩にこてんと頭を乗せた。
「……あの〜、どうしました?身長差があって、余計疲れません?」
突然のことに、カヅチは戸惑いながらも、動こうとはしなかった。
セポネは肩に頭を預けたまま、小さな声で呟いた。
「……なんか疲れた……少しこのままいさせてほしいのじゃ……」
いつもの豪快な声とは違う、弱々しい呟きだった。
カヅチは一瞬だけ目を丸くしたが、理由を尋ねることはなかった。ただ、そっとセポネの頭に手を置き、ぽんぽんと優しく撫でる。セポネは何も言わず、そのまま肩に寄りかかっていた。
「よしよし」
「よしよしすな」
「嫌でした?じゃあ、やめます」
「いや……やめなくてもよいのじゃ」
「え?だって今、よしよしすなって」
「……いじわるされたのじゃ…」
「え?分かんないなぁ…よしよし」
その様子を、サルヴェナ、羅刹、イグニート、リゼルカの四人が、じーーーーっと見つめていた。
誰も、何も言わなかった。いや…言えなかった。
そしてサルヴェナがぽつりと呟く。
「いやお前ら、部屋でやれよ…」
続




