第52話 動き出す真実
魔王城、城門前➖➖
目の前に立つ人物を見て、カヅチは驚きを隠せなかった。優しい顔で微笑む、上裸の老人。
間違いない。東の国、旭日国の王。オハラ国王だ。
「東の国の王が、何でここまで……!」
カヅチは箒を握り直し、戦闘態勢に入った。
オハラはそんなカヅチを見て、ニコリと笑う。
「ふふ、まぁ、そんな構えるな……一人で来ておる。魔王と少し話したくなってな……」
「魔王と……話し?」
「あぁ、そうだ。北の国のラグナードと戦うんだろ?なら、聞いといて損はないと思うぞ☆」
あまりにも気軽な口調だった。
まるで、近所の知り合いに世間話でも持ちかけているかのように。だが、カヅチの警戒は解けない。
「信用出来ないな……。そう言って魔王に近づき、殺すつもりじゃ……」
ガッ!!その瞬間、オハラは手にしていた剣を地面に突き刺した。刃が土に深く食い込む。
オハラは両手を広げ、余裕たっぷりに笑った。
「あははっ!ほら、丸腰の爺さん一人に何を躊躇う? そんなに“お前らの魔王”とは弱いのか? んっ?」
カヅチは無言でオハラを見つめた。
丸腰。確かに、今のオハラは武器を手放している。
だが、先ほど肌に触れた殺気は何だったのか。
この老人を、ただの丸腰の爺さんとして扱う気にはなれなかった。そしてカヅチは箒を肩に担いだ。
「案内は出来る……でも、貴方の命の保証は出来ない……」
「ぶっ、あははっ!お気遣いありがとう。ちゃんと自分で守るとするよ☆」
オハラは楽しそうに笑った。
「ところで……君は何故……魔王の側に?」
ドカッっと老人はその場に胡座をかいた。笑顔は変わらない。しかし、その目だけはカヅチをじっと見据えていた。
まるで、カヅチの答えをすべて見透かしているかのように。その顔を見てカヅチは苦笑いをした。まるで今から嘘をつきますとでも言わん顔。
「なぜ……って? それは魔王に殺されそうになって、生きたかったら清掃員に……」
「ふふ、建前はいいんだ……私が聞きたいのは、それじゃぁない」
オハラが、カヅチの言葉を遮った。
オハラはゆっくりと顔を上げる。
「ふふ……護衛も付けず、剣も持たず、ましてや上裸の王など何処にいようか……」
「いや、そこは本当にどうかと思いますけど……服どうしたんですか?」
「途中…魔族に襲われて火球で燃やされた…。そんなことはどうでもいいんだ…」
思わずツッコミを入れたカヅチだったが、オハラの表情が変わったことで口を閉じた。
二人には先ほどまでの柔らかな笑みは消えていた。
「一人の漢として……今一度問う。何故……魔王の側に?」
静かな声だった。カヅチも、真剣な顔になった。
すぐには答えられなかった。
カヅチの頭の中に、ある魔女の姿が浮かぶ。
自分が捕らえ、引き渡した魔女。あのとき、彼女から聞いた言葉。カヅチはゆっくりと口を開いた。
「俺は……ある魔女に会いました。俺はその魔女を捕まえ、引き渡した。その時……聞いたんです」
オハラは黙って耳を傾けている。カヅチは一度、視線を落とした。その時風が吹き、足元の草が揺れた。
「“この世界の真実を……”って。俺には、その言葉がまだ本当なのかも分からない……でも、見てみたくなったし、知りたくなった。だから魔王ル・セポネに会いに行った。そして……」
そこで、言葉が途切れた。何を言えばいいのか。
自分が何を知り、何を感じたのか。
それを答えの言葉にするには、まだ何かが足りなかった。
そんなカヅチを見てオハラは目を細めた。
「ふふ、ありがとう。言葉に詰まるなら、そこまでで良い……無理に話せば全てが嘘になる」
そう言って、老人は小さく笑った。
「そうか……“転生勇者”がそこまで知ったか……」
「……“転生勇者”が?どういう意味ですか?」
カヅチの眉が動いた。
「ふふふ。傷付くかもしれんが、教えておく」
オハラは胡座をかいたまま、穏やかに語り始めた。
「我々国家にとっては、“転生勇者”とはただの捨て駒だ。適当に召喚し、世界を回すだけのな……。魔族を倒すと名目だけ与え、魔族を敵と教え込み、戦わせる。我々は“その裏で動く”。国民は、あたかも転生勇者のお陰で世界の秩序が保たれていると思う」
淡々とした声だった。だからこそ、その言葉は重く聞こえ、カヅチは何も言えなかった。
かつて自分が立っていた場所。勇者として与えられた役目。仲間たちと歩いた道。そのすべてが、頭の中をよぎる。
オハラは、そんなカヅチの目をまっすぐに見つめた。
「ふふ、君が“南の代表”なら、ナディラのやつも手を焼くわけだな……」
「南の……代表?」
疑問が口をついて出かけた。
だが、オハラはすでに立ち上がっていた。
「さてと、年寄りの話はこの辺で、そろそろ魔王の“本当の顔”でも見に行くかの?ん?」
カヅチは声が出なかった。頭の中で、いくつもの言葉が繋がりかける。けれど、まだ形にはならない。
「……ま、まさか、本当にあの血の300年は……」
絞り出すような声でオハラに問う。
オハラは口元に人差し指を当てた。
「“真実はいつも裏側”……だよ☆」
その瞬間、カヅチの唇がわずかに動いた。
「ファ、……5%(ファイブパーセント)……」
その言葉を聞いた瞬間、オハラの眉が上がった。
ほんの一瞬。だが、確かに反応した。
「……そうか。もう会っているのか……」
オハラは小さく息を吐き、遠くを見る。
「でも、“まだ早い”……。さぁ、魔王に会わせてくれるかい?」
カヅチはしばらくオハラを見つめていた。
やがて、ゆっくりと頷く。そして、城門へと歩き出した。オハラもその後に続く。
二人の姿が、巨大な門の向こうへと消えていった。
◇◇◇
魔王城、会議室前➖➖
カヅチは扉の前で立ち止まり、一度だけ深呼吸した。頭の中には、まだオハラの言葉が残っている。
転生勇者は捨て駒。世界の真実。血の300年。
そして、5%。どれも、今すぐ答えが出るものではなかった。
カヅチは小さく首を振り、さっきの会話を忘れるように扉を開いた。
「失礼します。魔王様に会いたいと、東の“旭日国”のオハラ国王が魔王様に会いたいと……」
「やぁ!魔族諸君!調子はどうかな?」
カヅチの後ろから、ひょこっと顔を出すオハラ。
その姿を見た瞬間、四天王全員が立ち上がった。
椅子が床を擦る音が重なる。先ほどまでの騒がしさが、一瞬で消えた。
ヘルデスは鞭を構え飛びかかろうとする。
「ほらっ!やっぱりあいつ敵じゃん!!」
ル・セポネは座ったまま、四天王たちを見渡した。
「ヘルデスやめろ…お前らもやめておけ。相手は丸腰だぞ……」
そして、ゆっくりと立ち上がる。
一歩。また一歩と足音を鳴らし、ル・セポネはカヅチの後ろにいるオハラの前へと進んだ。
そして、カヅチの顔を胸に挟むようにして、オハラと向かい合う。
「調子どう?…じゃと……」
セポネの眉が吊り上がった。
「うるせぇぇぇぇんだよっ!このボンクラァァッ!!」
ル・セポネが顔を近づけ、おでこが突き合わせそうになる二人。
「良い訳ねぇだろっ!こっちはお前らのせいで戦争の会議してんだぞっ!!」
ル・セポネとオハラ国王。魔王と東の王。
二人は真正面から睨み合っていた。
その間でル・セポネの谷間に挟まれ、二人を宥めるどこか幸せそうなカヅチ……。
続




