第50話 四天王集結
魔王城。
招集の知らせが四天王に届いた、翌朝➖➖
朝の光が、長い廊下へ差し込んでいた。
昨夜までと変わらない、静かな魔王城。
その廊下を、一人の男が箒を動かしている。
「ふぅ……」カヅチは額の汗を拭った。
床はすでにピカピカだ。残る仕事は…
「後は城門と……外の草の手入れだな…よしっ!終わらせてご飯食べよ」
箒を肩に担ぎ、カヅチは歩き出す。
すると、コツ、コツ。背後から、足音が聞こえた。
「……ん?」カヅチが振り返る。
「カヅチ、おはよぉ〜」
「あ、おはようございます」
そこに立っていたのは、ル・セポネだった。
いつもの少し気の抜けた朝の雰囲気とは違う。
背筋は伸び、髪も整っている。
そして何より魔王としての正装。
「なんか……今日、ピシッとしてますね」
「…そうかのぉ?」
ル・セポネは自分の服をちらりと見る。
白を基調としたハイレグ衣装は乱れ一つなく、普段よりもずっと威厳がある。
「えぇぇいっ!あんまりジロジロ見るな!」
「え?どうして?」
「は、恥ずかしい……」
「恥ずかしいぃ?」
ル・セポネは少しだけ顔を赤くした。
「ほら、今日はあいつらが来るじゃろ?」
「四天王ですか?今日到着しますかね?」
「そうじゃ。今日着かなければ迎えに行く!そして殴る!だらしなかったら舐められるじゃろ? だから今日は、ちゃんとピシッとしたんじゃ」
ル・セポネは胸を張る。
「なるほどね〜、あはは。やっぱりピシッとすると美人で綺麗ですね」
カヅチは改めてル・セポネを見る。
そしてその瞬間ル・セポネの肩が跳ねた。
「なっ……!な、なんでお主はすぐそんなことを軽く言うのじゃ!」
「え?ダメでした?だって本当に綺麗ですし」
「お、お主は戯けじゃ!」
「なんでぇぇぇ!?褒めたのに!?」
「そういうところじゃ!!き、気を付けろっ!」
ル・セポネが顔を真っ赤にする。
カヅチは首を傾げた。
どうして褒めたら怒られるのか。
男には、いまいち分からない。
「……もう知らん…」
ル・セポネはぷいっと顔を背ける。
「怒んないでよ…すみませんって」
「むぅっ!知らん!」
「じゃあ、もう一回言います?」
「あぁぁん!何をじゃ!?」
「ふふ、綺麗ですね」
「ぬわぎゅにゅぬぅぁぁぁ!!だからそういうところじゃぁぁぁ!!」
「あははっ!何語ですか?」
朝の廊下に、二人の声が響いた。
しばらく二人で話しをしてると…
「……あっ」カヅチが箒を見る。
「魔王様、俺まだ外の掃除終わってないんで外やってきちゃいますね」
「おぉ、そうか。うむ!頼んだぞ!」
ル・セポネは咳払いをして、ようやく魔王らしい顔に戻った。
「妾は会議の準備をする。お主も参加じゃ!」
「はい。わかりました。じゃあ、また後で」
二人は手を振り、それぞれ別の方向へ歩き出す。
カヅチは城の外へ。ル・セポネは会議室へ。
◇◇◇
会議室に向かうその途中、ル・セポネが足を止めた。食堂から、香ばしい匂いが漂ってくる。
「おっ、たまにはあいつらにもご飯を食わせてやるか…」
ル・セポネは呟きながら食堂の扉を開けた。
「おーいっ!豚野郎!いるか!」
「はーい!いますよー」
奥から、大柄な帽子の長いオークがドタドタ走ってくる。魔王城のコック長だ。
「あっ、おはようございます。魔王様。」
「豚野郎。今日は朝食を食べられるか?」
「えぇ、もちろんです!いつものやつにしますか?」
「おぉ、あの甘いパンじゃな。それと今日は四天王が全員来る」
「おぉ……全員ですか」
オークコック長の顔が少し引き締まった。
「あいつらの分も何か作っておいてくれ!」
「はい!かしこまりました!」
そう言うと、コック長は厨房の奥へ駆け戻っていった。
「ブヒブヒブッヒー!!忙しくなるぞぉ!!」
その背中を見送り、ル・セポネも会議室へ向かう。 今日は、いつもの一日ではない。
北が動くとの知らせ。そして今……
四天王が、この魔王城に集まり始めている。
◇◇◇
魔王城、城外。
「ふぅ……この雑草…根っこが長いんだよなぁ…」
カヅチはしゃがみ込み、城門脇に生えた雑草を抜いていた。
「うっし!こっちは終わり……っと…。あぁーあ!特殊能力で【芝刈り】とか【剪定】とか付かないかなぁ…」
抜いた草をまとめながら呟く。
掃除。草むしり。城門の手入れ。
戦争の気配が漂い始めても、カヅチの仕事は変わらない。
むしろ、こういう時こそ城は綺麗にしておきたい。
「……よし。こんなものかな…」
立ち上がった、その時……
「……ん?」遠くから、何かが聞こえてきた。
バタバタバタバタ、風を切る音。
いや、何かが地面を駆けている。
「なんだ……?」カヅチが振り返る。
木々の向こうから、一つの影が飛び出してきた。
三つの頭を持つ巨大なブルドッグ。
その背に乗っているのは、白い髪の少年ヘルデスだった。
「……んっ?人間?なんでここに?」
ヘルデスはカヅチを見つけると、首を傾げた。
「……魔王城に人間がいる…転生勇者だな?」
その手に、黒い魔力が集まる。
形を変え、一本の黒い鞭となった。
「あははっ!お前っ!死んじゃえよっ!!」
「えっ!?」
鞭が高速で振り下ろされる。
バシィィィン!!カヅチは反射的に箒を構えた。
鞭が箒の柄へ叩きつけられ、衝撃が腕まで走る。
「っ……!強い。手が痺れるっ!」
思わず足が後ろへ滑った。
(……重い!?)
「危なっ!!」すぐさま次の一撃。さらにその次。
ヘルデスは笑いながら、まるで遊んでいるかのように鞭を振り回す。
「ほらほらっ!避けないと死ぬよー!」
「ちょっ!!待て!待てって!!」
バシィッ!ガッ!カンッ!
カヅチは必死に箒で受け流す。
「おい…いい加減にしろよ……!」
目つきが変わる。
カヅチの普段の柔らかな表情が消えた。
「子供だと思ってやり返さなかったが……本気で来るなら、こっちも容赦しないからな!」
ヘルデスの口元が、にやりと歪んだ。
「あははっ!いい顔するんだね〜!」
楽しそうだった。黒い魔力が、もう一本の鞭へ変わる。二本、両手に黒い鞭を握る。
「それじゃあ…… 二本ならどうかな?」
「いや、それはズルッ……」
二本の黒い鞭がカヅチを襲おうとした瞬間…
「【氷壁零度】!!」
カヅチの前に、巨大な氷の壁が立ちはだかった。
ドゴォォォン!!二本の鞭を防ぐ。
「えぇぇ!?何でぇ?こっち側じゃないの?」
ヘルデスが目を丸くする。
氷壁の向こうから、冷たい声が響いた。
「“何でぇ?”じゃありません!カヅチさんに手を出すのはやめなさい!」
リゼルカがゆっくりと両手に氷を纏い歩いて行く。
「はぁ、三番目かよ…。羅刹…もっと早く走れ!」
「えぇぇぇ!?俺?サルヴェナが服が気に入らないって城戻ったからじゃないの!?」
「うるせぇー!好きな服ぐらい着せろ!!」
サルヴェナと羅刹がカヅチに向かって歩いてくる。
「こっちもそっちもねぇんだよ…ガキ!カヅチはこっち側に決まってんだろ」
カヅチの横に立つサルヴェナ。その隣には、大剣を肩に担ぐ羅刹鬼夜叉。
「カヅチ、大丈夫だったか?」
「はい。なんとか」
ヘルデスは二人を見て、首を傾げる。
「リゼルカもサルヴェナもそっち側なの?」
サルヴェナとリゼルカが眉をひそめる。
「まっ!どっちでもいいや……そっち側ならまとめて殺すよ☆」
ヘルデスは楽しそうに笑った。
笑顔が戻る瞬間、二本の鞭が同時に振り上げられる。
「ガキッ!やめとけよっ!!」
ギィィィン!!大剣が鞭を弾き飛ばした。
羅刹が三人の前に立つ。
「こいつに手ぇ出すな…。あと四天王同士の殺し合いなんか俺は見たくねぇ…」
その後ろから、サルヴェナが両手を上げる。
黒い魔力弾が二つ。周囲の空気が、一瞬で重くなった。
「これ以上カヅチに手出したら…… お前の大事な西の城ごと消してやるからな……ヘルデス……」
サルヴェナの目が細くなる。
真剣なサルヴェナにヘルデスは首を傾げた。
「……ん〜…状況よく分かんないから説明して!」
「ならっ!お前はまず話を聞けぇぇぇ!!」
カヅチが叫んだ。サルヴェナが頭を抱える。
「サルヴェナさん……こいつ、本当に四天王なんだよね?」
「あぁ、間違いなく四天王…。今私がカヅチの説明してやるよ…」
サルヴェナが真顔で答える。
しばらくして、事情を聞いたヘルデスは、ぽんと手を叩いた。
「あははっ!そうだったんだ!魔王に負けて土下座したんだ!あははっ!」
悪びれた様子もなく笑う。
そしてヘルデスはカヅチを見る。
「いやぁ、てっきり転生勇者かと思ってね!」
「……いや、元ね…」
カヅチは箒を握ったまま、遠い目をした。
「でもいきなり普通に殺そうとしてましたよね?」
「ごめんごめん!だって魔王城に人間がいるんだもん」
「まぁ、それはそうだけど……」
サルヴェナも呆れたように息を吐く。
「カヅチは今、魔王軍の清掃員だ」
「清掃員?掃除?」ヘルデスは首を傾げる。
「そう、掃除してます」カヅチが箒を持ち上げる。
「ふぅーん…何が企んでる顔してる…?今殺す?」
「えっ?何でそうなる?何も企んでないよ!」
城門前でそんなやり取りをしていると……
遠くから、ドスンドスンと地響きのような足音が近づいてきた。全員が振り返る。
「……暑苦しいのが来たぞ…」
サルヴェナが目を細める。
やがて、木々の向こうから巨大な男が姿を現した。
燃えるような赤い髪。荒々しい顔。筋骨隆々の体。
そして……
「はぁ……はぁ……おっし、着いたぞ…一番だろ」
肩で息をしているイグニートだった。
全員がイグニートを見る。
イグニートも、全員を見る。
ヘルデス。リゼルカ。サルヴェナ。羅刹。カヅチ。
全員が揃っている。
その瞬間、イグニートの顔が引きつった。
「……おいっ!まさか…嘘だろ…」
誰も答えない。ただ、全員が無言でイグニートを見つめている。
「……まさか俺がビリ……?」
全員がゆっくりとイグニートを見つめ
こくりと無言で頷いた。
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
魔王城の外に、獄炎の男の絶叫が響き渡った。
こうして、四天王は魔王城へ集まった。
だが。四天王が集められた理由を、まだ四天王の誰も知らなかった。
続




