第49話 四天王に届く知らせ
魔王城、ル・セポネの部屋➖➖
デートの翌朝。ル・セポネは目を覚ました。
ぼぉ〜っと、しばらく天井を見つめる。
見慣れた自分の部屋。見慣れた天井。
いつもと変わらない朝、のはずだった。
「……んんっ?」何かがおかしい。
昨夜のことを思い出そうとする。
ヴァロネの街で、カヅチと二人で魚を食べて。
そのあと、ナディラと出会って、それから……
ル・セポネは眉間に皺を寄せた。
「……そのあと…何したっけ?」
記憶が、途中から妙に曖昧だった。
ナディラと戦った気がする…それは覚えている。
だが、その後のことが思い出せない。
「……まさか…妾は負けたのか!?」
嫌な予感がした。ゆっくりと自分の身体を確認する。服は昨日のまま。乱れている様子もない。特に変なところもない。
ル・セポネの顔が何かを想像し徐々に赤くなる。
もしや、もしや自分は……
「……カヅチ……妾…いたずら、された?」
あり得ない。……いや、カヅチなら、あり得なくもない。最近のあいつは、妙に距離が近い。
手もスッと握る。頭も警戒なく撫でる。
薄っすらある記憶…名前まで……呼んでくれた…?
そこまで考えて、ル・セポネはさらに顔を赤くした。
「……どこまで見られたんじゃ……」
布団を頭まで被り、数秒後。
勢いよく布団から顔を出した。
「いやいやいや!!何を考えておるんじゃ妾は!!」
自分で自分にツッコミを入れながら、ベッドから飛び降りる。
とりあえず歯を磨こう。
そうすれば、少しは頭も冷える。
洗面所へ向かい、歯ブラシを手に取る。
「…………」しゃこしゃこしゃこ…
「…………」しゃこしゃこしゃこ…
それでも思い出せない。
「…………まぁ、腹パンの妾があんな小娘に負けるわけないしのぉ」
歯を磨きながら、勝手に納得する。
きっとナディラを倒したのだ。
そうに違いない……たぶん。
ル・セポネは、そんな曖昧な結論を出して部屋を出た。
廊下に出ると、朝の冷たい空気が頬を撫でる。
昨日までのデートの騒がしさが嘘のように、城は静かだった。その静けさの中で……
「あっ!おはようございます」
聞き慣れた声がした。
「んっ!……か、カヅチ!」
ル・セポネが振り向く。
そこには、いつものように箒を持ったカヅチがいた。
「昨日、大丈夫でした?ずっと気を失っていたから心配してたんですよ…」
「…き、気を失っていた?妾が?」
ル・セポネは固まった。
「はい。セ、…っと」
カヅチは言いかけて、慌てて口を閉じる。
「……魔王様の名前を呼んでから、その、視点が合わなくなっちゃって…」
「……妾は負けたのか?」
「いえ、俺が戦っていたら東の王オハラさんが来て、戦闘は終わりました」
「では、カヅチが妾をベッドに連れて行き寝かしたと…」
「はい。そうですけど…何かダメでしたか?」
「いや、その、妾にイタ……」
危ない。今、何を言おうとした?
昨日、また記憶が引っ掛かる。
何か、大事なことを忘れている。
「どうかしました?」
「いや……何でもない」
ル・セポネは視線を逸らした。
「それより魔王様……北が動きます」
カヅチの表情が、少しだけ変わった。
いつもの柔らかな顔ではない。
その一言で、ル・セポネの意識が切り替わった。
さっきまで頭の中を占領していた、くだらない疑問が一気に吹き飛ぶ。
「……北が?」
「はい。ナディラ女王も、北が何かを企んでいるから気を付けろと言っていました」
「そうか……殺したいのか守りたいのか分からんな…」
ル・セポネは腕を組み考える。
北。ヴァルノクス。ラグナード王。
そしてこの瞬間に動くであろう黒匣會。
これまで点でしか見えていなかったものが、少しずつ一つの流れになり始めている。
「ふぅ……四天王を呼ぶかのぉ」
「四天王?」
「そうじゃ!こういう時くらい、ちゃんと集まってもらわんとな」
「四人とも来るんですか?」
「妾が呼べば来るじゃろ?来なければどうなるか分かっておる!……まぁ、全員集まるとうるさいんじゃが…」
「あははっ!そこは否定しないんですね」
「否定できん!やかましいからの!」
ル・セポネは微笑み苦笑した。
「でも、北が動くなら話は別じゃ」
窓の外を見る。青空が広がっている。
何も起きていないように見える、穏やかな朝。
けれど、その静けさの下で確かに何かが動き始めていた。
「さてと……全員、呼ぶぞ。着いて来い」
そう言うとル・セポネは城門前の外まで歩いて行った。
◇◇◇
魔王城、城門前➖➖
ル・セポネは両手を広げ魔力を集める。
本来なら転移魔法陣を使えば早い。
だが、四人全員を一度に呼び寄せるとなれば、それなりの魔力を消費する。回復の時間が面倒だ。
だから……
「妾から行くより、向こうから来てもらえばいい」
「ものすごく魔王らしい発想ですね」
「じゃろ?……“お前ら集結じゃ!!誰が一番に来れるかのぉ?ビリは罰ゲームじゃからなっ!!”」
魔法に言霊を乗せると、ル・セポネは得意げに笑った。
その時ル・セポネの口元が、悪戯っぽく吊り上がった。
そして、両手を上に上げ、四方向へ向けて魔力を放つ。四本の光が、空へ伸びていく。
東へ。南へ。北へ。西へ。
◇◇◇
東、イグニート➖➖
イグニートは、集中していた。
「…ん、んぐっ!!」場所は、トイレ。
「……はっ!はぐぅぅぅぅ!!」
額に青筋を立てながら、人生でも類を見ないほどの集中力を発揮していた。
そこへ、魔力の言霊が届く。
「んんんんん?」顔を上げる。
ル・セポネからの呼び出しだ。
『お前ら集結じゃ!!誰が一番に来れるかのぉ?ビリは罰ゲームじゃからなっ!!」
イグニートの顔から、血の気が引いた。
「くそっ!こんな時に限って止まんねぇぇぇぇぇ!!」
立ち上がろうとする。しかし…
「ふぐっ!」まだ終わっていない。
「お前らっ!!準備しとけぇぇぇぇいっ!!」
急がなければならない。ビリだけは、罰ゲームだけは…「絶対嫌だぁぁぁぁぁ!!」
東の地で、獄炎の男の叫び声が響き渡った。
◇◇◇
南、リゼルカ➖➖
その時リゼルカは、昼前から坦々麺を食べていた。
「ふーふー……はふはふ。辛美味…」
辛い、熱い、だが、美味い。
そんな至福の時間を…
「んっ?……何か来ましたか?」
リゼルカは届いた魔力で察知する。
四天王召集。何かが起きた。それは間違いない。
リゼルカは箸を止めた。
「ふふ、召集ですか…何かが動きだしたのですね……」
少しだけ考える。そして……再び坦々麺を見る。
「ふぅーふぅー。やっぱり食べてから行きましょう……」
使命感より食欲。南の四天王は、今日も平常運転だった。
◇◇◇
北、サルヴェナ➖➖
サルヴェナはソファに倒れ込んでいた。
「うぇげぇぇ!疲れた……。転移魔法陣で送れよ!あのくそっ!」
昨日までの騒ぎが終わったばかりだ。
ようやく落ち着いて休めると思っていた。
隣では、羅刹が湯気の立つ茶を用意している。
「サルヴェナ様、紅茶でいいか?」
「二人の時は様つけんなって言ってんだろ!」
「あ、うん。ごめん」
そんな何気ない時間だった。
そこへ、魔力の波が届く。サルヴェナが顔を上げる。
「魔王様から?」
「そーみたいだね」
召集。それだけで、サルヴェナは嫌な予感を覚えた。
「……あんのくそっ!!」ソファから飛び起きる。
「今、着いたどこだろがぁぁぁぁぁ!!」
「サルヴェナ、落ち着けって!」
「くっそっ!羅刹行くぞっ!!」
「おぉっ!!」羅刹も慌てて立ち上がる。
サルヴェナは城の外に走り出した。
魔王城から歩いて帰って来たから疲れている。
眠い。正直、今日は何もしたくなかった。
それでも、魔王が自分たちを呼ぶ時には、理由がある。そのことだけは、誰よりもよく分かっていた。
◇◇◇
西、ヘルデス➖➖
ヘルデスは、今日もパンケーキを食べていた。
幼い顔。白い髪が揺れる。小さな手でフォークを持ち、黙々と口へ運ぶ。
「甘〜い!美味〜い!ゴンタも食べる?」
その足元には、三つのブルドッグの頭を持つ巨大な犬、ゴンタ。
見た目だけなら、とても四天王には見えない。
まるで、休日の朝を過ごす普通の子供と、その飼い犬だった。
ただし、その子供が何者なのかを知る者なら、そんな印象は一瞬で消える。
「へぇ?……呼び出しなんて珍しいね」
ヘルデスは、届いた魔力の言霊を感じ取って顔を上げ、ジュースを一口飲む。
「ゴンタ〜!魔王が呼び出しだってさ」
三つの頭が、一斉に主人を見る。
ヘルデスは椅子から降りて、ゴンタの頭を撫でた。
「よしよし……行こうか?」
ゴンタが低く唸る。ヘルデスが笑う。
その瞬間だった。光がヘルデスの瞳の奥で揺れた。
左右で色の違う、不思議な瞳。
その白い目だけが、ほんの一瞬、淡く、光った。
ヘルデスはゴンタの背にひょいと飛び乗った。
「じゃ、行こっか!」
その声にゴンタが地面を蹴る。
巨体が一気に加速し、城門を勢いよく走り抜けていった。
「みんな!留守番頼んだよ〜!誰か来たら……“皆殺しね☆」
すれ違う魔族たちにそう言い残すと、魔王城に一直線に向かった。
◇◇◇
北が動いた。南の女王は魔王の正体に気づいた。
そして、東と西もまた、戦いの気配を感じ取っている。
まだ、誰も知らない。これから何が起こるのか。
ただ一つ確かなことがある。
世界は今、少しずつ動き始めていた。
続




