第48話 衝突は突然に
東の街・ヴァロネ➖➖
夜の街を歩き、二人は昼間と同じ魚料理の店へ入った。そして、数十分後。
「ふぅぃぃぃ〜美味かったのぉ~♪」
店を出たル・セポネは、満足そうにお腹をさする。
「あはは!本当に二人前たべちゃうんですもん。気に入ってくれてよかったです。また来ましょうよ」
カヅチも笑う。
「うむ!次もあの魚じゃな!」
「あははっ!よっぽど気に入ったんですね。次は違う店も探してみましょうよ」
二人は笑いながら歩いていた。
朝から続いたデート。
美味しいものを食べて。街を歩いて。手を繋いで。演劇を見て。そうして、もうすぐ魔王城へ帰る。そのはずだった。
「……んっ?」カヅチが足を止める。
「どうしたんじゃ?」ル・セポネも立ち止まる。
「……やっぱり、何か仕掛けてくると思ったよ…」
カヅチが小さく呟く。
夜の街の先。そこに、数人の護衛と魔導士を従えたナディラが立っていた。
「……ナディラ女王」カヅチの表情が変わる。
ナディラは静かに二人を見る。
「ふふふ、二人の楽しい時間を邪魔してはいけないと思ったのですが……」
微笑んでいた。しかし、その目は笑っていない。
「……気が変わりましたわ。ここで終わりにしましょう。魔王!!」
ナディラが一歩前へ出る。
その瞬間、ル・セポネの身体から、凄まじい魔力が噴き出した。どす黒いオーラが、夜の街を覆う。
「……面白いのぉ…。妾は腹が一杯で満たされてるから手加減してやるからな」
ル・セポネの目が、魔王のそれへと変わる。
だが…… カヅチが、すっと前へ出た。
「ダメだ。セポネ」
「……ふぇ?」ル・セポネがカヅチを見る。
カヅチはナディラを見据えたまま、ル・セポネにだけ聞こえるように小さな声で呟いた。
「守ります。その姿のままでいてください」
ル・セポネの目が見開かれる。
カヅチ一歩前へ出た。そしてナディラに言う。
「ナディラ女王が何のことを言っているのか、俺には分からない。でも……もし、この人を傷つけるつもりなら、覚悟しろよ!!」
そして、箒を構え、目つきが変わる。
ナディラの表情が僅かに曇る。
「……カヅチ…分かっているのでしょうね?」
ナディラの周囲に白い魔力が集まる。
「私の邪魔をするということは……戦争を意味するのですよ?」
「……戦争?簡単に言うなよ…やるのはあんたじゃない!国民だぞ!!」
カヅチの眉が動く。箒を握り直す。
「いいさ、やれるものならやってみろよ!“俺の本当の能力”……知ってるだろ?あんたが本気で来るなら……俺も手加減できないからな」
その言葉にナディラの目が細くなる。
カヅチは後ろを振り返る。
「セポネ!後ろに下がってて!!ほら!後ろ!」
カヅチがル・セポネを押し下げる。
「危ないから!ちょっと!後ろ」
「…………」ル・セポネは何も言わない。
ただ、頬を真っ赤にしていた。
(……今……セポネって……呼んだ?嘘…名前呼ばれた……はぁぁぁぁぁぁぁぁん……!!)
この状況で完全に思考が恋愛へ飛んでしまった。
「セポネ!?ほら、下がってて!聞いてます!?」
「……………♡」ル・セポネは慌てて頷く。
(むぅ、…妾の名前を……カヅチが……)
「では…… 始めましょうか?魔王狩りを!」
ナディラが手を上げる。その瞬間。
「撃てぇぇぇ!!」
周囲の魔導士たちが一斉に魔法を放った。
炎。雷。氷。風。
無数の魔法が、夜空を埋め尽くす。
「うおっ!?」カヅチが箒を振り抜く。
「【高圧洗浄】!!」ドォォォォォォン!!
凄まじい水圧が一直線に放たれた。
炎の魔法を叩き消す。雷撃を逸らす。
地面へ着弾した水圧が石畳を削り、砂煙が舞う。
「まだまだぁぁぁ!!」
魔導士たちが次々と魔法を放つ。
カヅチは右左へと走る。上へ跳ぶ。炎を避ける。
背後から飛んできた氷槍を箒で叩き落とす。
「【高圧洗浄】!!」ズバァァァァン!!
水圧が地面を走り、魔導士たちの足元を一気に洗い流す。
「なっ!?」「足場が!?」
バランスを崩した魔導士たち。
そこへカヅチが一気に距離を詰める。
「掃除の基本は、隅から隅まで、綺麗にすることだぁぁぁ!!」
カヅチは箒を振り抜く。ドゴォッ!!
「ぐはっ!!」「ぎゃあっ!!」
次々と魔導士が吹き飛んでいく。
「くっ……!」一人が巨大な魔法陣を展開する。
「これならどうだ!!」巨大な炎球が夜空へ浮かぶ。
カヅチは箒を地面へ突き立てる。
「【高圧洗浄・極】!!最大出力!!」
ズゴォォォォォォォォン!!
猛烈な水圧が炎球を真正面から貫き、炎が弾ける。
水蒸気が街を覆う。そして、その中から、カヅチが飛び出した。
「終わりだな!」魔法陣へ水圧を叩き込む。
バキィィィン!!魔法陣が音を立て砕け散った。
最後の魔導士が倒れる。「…………」
静寂……。カヅチは肩で息をしながら、箒を構えたままナディラを見る。
「……これで全員だな。どうする?まだやるか?」
ナディラは倒れた魔導士たちを見る。
そして小さく笑った。
「ふふふ……相変わらず、お強いのですね。貴方がそちらに回るとなると……今の私には勝ち目はありませんね」
だが、ナディラの表情が変わる。
「……ただ!!」
両手を広げる。巨大な魔法陣が、夜空へ広がった。
「聖女として!!」さらに魔力が膨れ上がる。
「そして国王として!!」その目に強い意志が宿る。
「そのまま魔王を帰すわけにはいきませんわ!!」
ナディラが魔法を放とうとしたその時……
「くぉぉおらぁぁぁぁっ!!」
突然、街中に響き渡る怒声。
「誰の国で暴れてんだぁ!?ちゃんと許可取ってんのかぁ!?おんっ!?みんなびっくりしちゃってんじゃないの!?」
「……え?誰?」カヅチが振り返る。
そこにいたのは、真っ白な髪。小柄な身体。
そして、先ほどの怒鳴り声からは想像もつかないほど穏やかな顔をした老人だった。
ナディラの顔が引きつる。
「……これは失礼… オハラ国王……そちらの女性が魔王の疑いがあるので粛清しようかと…
オハラはゆっくりナディラに向かって歩いてくる。
「ん?魔王だと?」オハラ国王は首を傾げる。
わざとらしく辺りを見回す。
「ん〜?どこだ?どこにいるのかな?」
「…………」ナディラが黙る。
オハラ国王は周囲を見渡しニコリ。
「……失礼だが、私には今のナディラ女王の方が魔王に見えますな。あははっ!国民が怯えておりますゆえ……お引き取りを」
穏やかな声でナディラの顔の前で告げた。
ナディラの顔が歪む。
「……えぇ、それでは……失礼いたします」
静かに展開していた無数の魔法陣を消す。
そして倒れている魔導士たちを起こし、ナディラはその場を去っていく。その背中を見送るオハラ。
「あはは!ナディラ女王!演劇を見るならまたいらして下さい…“お待ちしております”」
そしてオハラは歩き出しカヅチの横を通り過ぎる。
すれ違いざまにぽんっと肩を叩かれた。
「ふふ……今回だけだよ☆ 見逃すのは……」
カヅチが振り返る。オハラはそのまま振り返らず、手をひらひらと振って歩いていった。
カヅチは黙ってその背中を見る。さっき肩に置かれた手。まるで岩のように重かった。
(……どいつもこいつもバケモンだな…)
そして……
「……セポネ…様?」
カヅチが振り返る。ル・セポネは動かない。
「なんか……助かっちゃいましたね〜。あれ、セポネ様…」
「…………」ル・セポネ放心。
「おーい?」カヅチが目の前で手を振る。
「おーい!おーい!聞いてますかぁ?」
「…………」ル・セポネ放心。反応がない。
「……あれ?気絶してんのかな……?」
カヅチは首を傾げる。そしてひょいっ。
「よいしょっと!」ル・セポネを抱き上げた。
「意外と重っ!」
ル・セポネはされるがまま、完全に放心している。
そして、カヅチは箒に跨った。
「じゃあ、セポネ様、帰りましょうか?って言っても返事は無し〜。【飛行】!!」
夜空へ飛び立ち、魔王城に帰って行った。
◇◇◇
魔王城。ル・セポネの部屋。
「よいしょっと!」
カヅチはル・セポネをベッドへ寝かせる。
目は開いているがやはり反応がない。
「目開けたまま……気絶してるのかな?」
谷間に一回顔を埋める。
そして布団をそっと掛ける。
「ふぅ〜。まぁ、今日は色々ありましたからね。じゃあ、おやすみなさい。セポネ様」
カヅチは部屋を出ていく。
「…………」
扉が閉まる。しばらくして……
ル・セポネの目が、ゆっくりパチパチと瞬きする。
顔は真っ赤。そして布団の中で、両手で顔を覆う。
「……セポネ……」小さな声。
「……名前……呼んだ……」
そのまま布団へ潜り込み、蠢く。
一方、自分の部屋へ戻ったカヅチは、ベッドへ倒れ込む。
「んーーーっ!」大きく伸びをする。
「今日楽しかったなぁ……」そして欠伸。
「ふぅわぁぁ、疲れた。……さぁて、寝るか」
今日起きた出来事の重大さなど、まるで理解していない。
東の街で起きたナディラとの衝突。オハラとの出会い。
それはやがて世界を巻き込む戦いの、最初の火種だったのかもしれない。
続




