第47話 今だけは 今日だけは
東の街・ヴァロネ➖➖
大きな劇場の扉をくぐり、カヅチとル・セポネは指定された席へ向かった。
「あっ、ここですね」「うむ」
二人で並んで腰を下ろす。周囲には、これから始まる演劇を楽しみにしている観客たち。
ル・セポネは目を輝かせながら、舞台を見つめている。
「楽しみじゃのぉ……!」「セポネ…様」
「ん?」「始まったら静かにしてくださいね」
「むっ!妾だって、それくらい分かっておるわ!」
ル・セポネは小声で反論する。
「あと…セポネに…“様”もいらんのじゃが……」
「……はい、善処します」
「むっ、なんじゃ、その返事は!」
「ほら、始まりますよ。お静かに」
「むぅ……」
やがて、場内の照明が落ちる。静寂。
そして、舞台に一人の青年が現れ、音が鳴り、演劇が始まった。
◇◇◇
物語は、身分の違う男女の恋だった。
決して出会ってはいけない二人。
決して愛してはいけない二人。
だが、周囲から引き離され、それでも互いを想い続ける二人。
青年は何度も少女の元へ向かおうとする。
少女もまた、彼を待ち続ける。
しかし、二人の間には大きな壁があった。
身分。家。そして、人々の偏見。
ル・セポネは、いつの間にか舞台へ釘付けになっていた。カヅチも黙って舞台を見る。
そして物語は終盤へ。
最後、青年はすべてを捨てて少女の元へ向かう。
少女は涙を流しながら、青年の手を取る。
『あなたと出会えて……私は本当に幸せだった』
そして二人は、抱きしめ合う。
客席から、すすり泣く声が聞こえる。
ル・セポネの頬にも、一筋の涙が流れていた。
カヅチはそれに気づく。けれど、何も言わない。
ただ、そっと手を伸ばす。
そして、ル・セポネの手を握った。
「……!」ル・セポネが驚いてカヅチを見る。
カヅチは舞台を見たまま、何も言わない。
ル・セポネは少しだけ俯く。そして、ぎゅっ。
握られた手を、強く握り返した。
舞台では、二人の主人公が寄り添っている。
そして客席では、魔王と元転生勇者が静かに手を繋いでいた。
◇◇◇
やがて、劇が終わる。大きな拍手が劇場を包んだ。
「うんうん。………良かったのぉ」
ル・セポネは目元を拭う。
「はい。面白かったですね」
「うむ……あの二人には幸せになって欲しいのぉ」
二人は劇場を出る。外は、すっかり夜になっていた。街に灯りがともり始めている。
「セポネ……様」「……ん?」
「もう一度呼び方の件、ちゃんと考えておきます。その、ちょっと恥ずかしくて…」
「あはは、うむ、お主のタイミングで良い。待っておるぞ」
「それより、晩ご飯食べて帰りますか?」
「そうじゃなっ!」ル・セポネが嬉しそうに頷く。
「妾、さっきの魚が食べたいのぉ」
「えぇぇ!?気に入ったんだ……」
「うむ。昼も夜もあの魚じゃ」
「昼夜で同じ店って、よっぽどですよ?」
「……そんなに頻繁に来られる場所でもないからな」
街並みを見回し、少しだけ寂しそうに呟く。
「また一緒に来ましょうよ」カヅチは笑う。
「いつでもいいですよ。今度は別の店も一緒に探してみましょう。美味しいお肉屋さんも見つかるかもしれないし☆」
その言葉にル・セポネの胸が、また大きく鳴る。
「はぁ……ずるいのぉ…」「どうしました?」
「……そんな顔して言われたら……また張り裂けそうじゃ……」
ル・セポネは小さく呟き、胸元を押さえる。
不思議そうにル・セポネの顔を見るカヅチ。
「……なんでもない!早う行くぞ!腹ペコじゃ!」
そんな二人の背後から……
「あら?カヅチではありませんか?」
その声にカヅチとル・セポネが同時に振り返る。
そこには、数人の護衛を従えた小柄な女性が立っていた。
「えぇぇっ!?ナディラ女王様!?」
カヅチの顔が驚きに変わる。
南の国を治める女王、ナディラだった。
「いや、なんでここに……」
「あら。そんなに驚かなくてもいいでしょう?私だって違う国で演劇くらい楽しみますわよ?」
ナディラは微笑む。そしてナディラの視線が、カヅチの隣へ向く。
ル・セポネが警戒するようにナディラを見る。
そして、小さな声でカヅチに話しかける。
「のぉ、カヅチ」「はい?」
「この女は誰じゃ?」
「あぁ、そうか。セポネ様は見たことないのか。俺を転生させてくれた、南の女王、ナディラ様です」
「ほぉ……女王ね…」
ル・セポネはナディラを見る。
ナディラも、ル・セポネを見る。そして、ニコリ。
「あら?隣の女性はカヅチの彼女かしら?」
「なっ!?彼女!?」カヅチが固まる。
「とってもお綺麗ですわね」
「え、あの、彼女と言……」
「えぇ!彼女じゃ!!」
ル・セポネが遮るように即答した。
カヅチ、口を開けたまま停止。
(そこ、否定しないんだ……)
その隣でル・セポネは得意げに胸を張る。
「そうですじゃろ?妾は綺麗なのじゃです!」
(うわぁ、女王って言われたから、ちゃんと敬語で話そうとしてるけど使い方がわからないんだ…)
カヅチが呆然としている横で、ナディラはクスクス笑う。
「ふふ。可愛らしい彼女さんですわね」
そしてスッと手を差し出す。
「せっかくお会いできたのですから、お近づきの印に握手でも……」ニコリ。
「うむ!握手するですまする!」
ル・セポネも手を差し出す。
二人の手が触れた瞬間、バチィィィィッ!!
「「……っ!!」」強烈な音で二人の手が弾かれた。
ル・セポネの表情が、一瞬で変わる。
ナディラもまた、険しい目でル・セポネを見る。
「「…………」」
見つめ合う二人。一瞬で空気が変わった。
カヅチは即座に二人の間へ入る。
「……あれ〜?今の静電気かな?」
二人の顔を交互に見る。
「きっとそうですよ!うん!静電気!怖いなぁ〜怖いなぁ〜…… まぁ、握手はまた今度ということで!」
カヅチは強引に二人を引き離す。
「はい、今日は終わりっ!もう帰りましょう!」
カヅチは笑顔のまま、ル・セポネの手を取る。
「じゃあ、ナディラ女王。失礼します!」
二人が背を向ける。
その時…… ナディラの静かな声が響いた。
「……カヅチ…。一つだけ、忠告しておきます」
カヅチが足を止める。
「北が……大きな動きを見せています。決して……北のヴァルノクスに近づかないように」
カヅチは表情を変え振り返る。
「それは……魔族に対してか?それとも……国家同士の戦いか?」
ナディラは答えない。少しの沈黙。
「……ふふ。それは、貴方が知る必要のないことです。今となっては……ね。ただの忠告ですわよ」
カヅチはナディラの冷たい笑顔を見つめる。
そして、静かに頷いた。
「……分かりました。忠告、ありがとうございます。でも、俺は俺のやり方でやりますので…それじゃ、失礼します」
カヅチはル・セポネを見て手を繋ぐ。
そして二人は歩き出す。
カヅチは、ル・セポネの手をしっかり握ったまま。
ナディラは、その背中を見つめる。
そして、自分の手を見る。
先ほどル・セポネと触れた場所。
そこが、黒く焦げていた。
「あの女……魔族?」ナディラの目が細くなる。
「それも……かなり強い」少し考え……
「……もしや、魔王?」しかし、すぐに小さく笑う。
「ふっ……まさかね。演劇を観に来る魔王なんて…」
ナディラは踵を返す。
「でも、もしそうだとしたら……」
遠ざかっていくカヅチの背中を見る。
「カヅチ……踏み込み過ぎてはいけませんよ」
そして、ナディラも護衛と共に街の中へ消えていった。
◇◇◇
一方カヅチたちも➖➖
ル・セポネは自分の手のひらを見る。
ナディラと触れた部分が、少し赤く爛れている。
「えっ、それ、大丈夫ですか?」
カヅチが心配そうに覗き込む。
「大丈夫じゃ…心配はいらぬ…」
ル・セポネは手を握る。
「カヅチ、あやつ……聖女じゃな?」
「何で分かるんですか?」
「うむ。妾じゃからな…。それも……かなり強い」
そして、北の方角の遠くを見る。
「北……か?……やるしかないのかのぉ…?なぁ、カヅチ?」
ル・セポネの表情から、少しずつ笑顔が消えていく。
「…………」カヅチは少し黙っていた。
そしてゆっくりと口を開く。
「……そうですね」ル・セポネを笑顔で見る。
「来るなら……やるしかない…また酷い目に合う光景を見ることになるぐらいなら…」
カヅチの目にも、覚悟が宿る。
「それに……前回のサルヴェナさんの件も、俺、まだちゃんとやり返してないですから」
カヅチの言葉にル・セポネは一瞬きょとんとして……
「ぷっ!」「え?笑った?」
「あははははっ!このこの!」
ル・セポネはカヅチの頬を指でツンツンする。
「お主、意外と執念深いんじゃのぉ!」
「ちょっ!からかわないでください!」
「ふふふっ!可愛いぃのぉ〜♡」
「ほら!行きますよ!今日はもうご飯食べて帰りましょう!」
ル・セポネはカヅチを見る。
「そうじゃな……」そして、少しだけ笑う。
「今日だけは……」「はい。今だけは…」
何も言わずに二人は再び手を繋ぐ。
戦争の気配が、すぐそこまで迫っている。
北では、人間たちが動き始めている。
やがて訪れる衝突は、もう止められないのかもしれない。
それでも……二人は……
「カヅチ!魚、食べに行くぞ!」「はいはい」
「はいは一回!今度は二人前食うのじゃ!」
「昼も二人前食べたでしょ!?」
「夜は夜じゃ!」「「あははっ!」」
二人は笑いながら、夜のヴァロネ街を歩いていく。
今だけは 今日だけは
魔王でもなく勇者でもなく、ただの男女として二人は、同じ時間を過ごしていた。
続




