第46話 ヴァロネの街
魔王城より東、ヴァロネの街➖➖
朝の石畳を、カヅチとル・セポネは手を繋いで歩いていた。
「のぉ?カヅチ」「はい?」
「まずは何を食べるんじゃ?」
「お魚ですよ。ここの街のお魚、新鮮で美味しいんですよ。是非食べて欲しくて…」
「嫌じゃ」ル・セポネは即答した。
「えぇぇ!?なんでぇぇ!?」
「妾は今、肉が食べたい!」
「いやいやいや!この街の魚、絶対美味しいですから!騙されたと思って食べてみてくださいよ!」
「嫌じゃ」「なんで!?」
「騙されたくない」「いや、だから騙してないですって!」
「今、騙されたと思ってって言った。それに妾の口は今、お肉じゃ!」
「なんで急にわがまま魔王モードなんですか!?」
「絶対!肉じゃぁぁぁ!!」
「絶対!魚ですってぇぇぇ!!」
二人の声が、朝の街に響き渡る。
ただでさえ目立っている二人だ。
周囲の人々が、ちらちらとこちらを見る。
「……ほら、みんな見てますよ」
「ならば、妾に肉を食わせろぉぉぉ!!」
「あぁぁぁ、もう意味わかんないですよ!」
「妾は肉が食べたいんじゃぁぁぁ!!」
「もう!とりあえず行きますよ!」
「嫌じゃぁぁぁ!!離せぇぇぇ!!肉ぅぅぅ!!」
「離しません!ダメです!!魚ぁぁぁ!!」
カヅチはル・セポネの手を引っ張って歩き出した。
こうして、二人のデートは始まって数分で大騒ぎになった。
◇◇◇
そして、数十分後➖➖
目の前には、新鮮な魚を使った料理が並ぶ。
ル・セポネは満面の笑みで箸を動かしていた。
「カヅチ~♪」「はい?」
「これは美味しいのぉ~♪妾、魚は嫌いじゃったんじゃが……これは美味いのぉ~♪」
「でしょ!?だから言ったじゃないですか。美味しいって!ほら、お醤油ちゃんとつけないと…」
カヅチも嬉しそうに醤油を差しながら笑う。
「うむ!これは気に入った!美味い!」
「あははっ!喜んでもらえてよかったです。急に“肉ぅぅ”ってわがまま言い出すから…」
その時、カヅチの言葉にル・セポネの箸が止まった。
「……カヅチ」「はい?」
「……妾のこと、嫌いか?」「え?」
突然の質問に、カヅチが目を丸くする。
「魚を嫌がった妾を……嫌になった……か?」
「いやいやいや!」カヅチは慌てて首を振る。
「そんなことで嫌いになるなら、そもそも演劇なんて誘わないですから!」
「お主……今、反則技を使ったな?」
ル・セポネの顔が固まる。
「何がですか!?」
「そういうことをさらっと言うのは反則じゃ!」
「いや、普通に思ったことを言っただけですけど……」
「んぐぐぐ……!」ル・セポネは悔しそうに唸る。
しかし、口元は少し嬉しそうだった。
「ほら、早く食べて行きましょう。この後、大好きな甘いものもありますから」
「なにっ!?それは早く行かねばならんな!」
ル・セポネの目が輝き、刺身を急いで食べる。
「本能で生きてる人だなぁ……」
そうして、食べ終えた二人は笑いながら店を出た。
◇◇◇
次に二人が訪れたのは、ヴァロネ名物のアイスチュロス店。
「なんじゃ?アイスか?」
「まぁまぁ。食べてみてくださいよ。ヴァロネ名物ですから」
カヅチは二つ注文する。
「はい。どうぞ。」「うむ。いただくぞ!」
二人は近くの噴水のあるベンチに腰掛けた。
「ん~~~~っ!」ル・セポネの顔がとろける。
「なんじゃこれは…美味しいのぉ……」
「気に入りました?」
「うむ。気に入った甘い……塩っぱい……甘い……塩っぱい……これは無限じゃ……」
ル・セポネは交互に食べる。
「あははっ! 魔王様、慌てて食べるから鼻にアイスが付いてるよ」
「ん?どこじゃ??」
カヅチは手を伸ばす。指先で、ル・セポネの鼻についたアイスを取った。
「はい。取れました。」そして、パクッ。
「………は……」ル・セポネの目が点になる。
「……お主」「はい?」
「今……何をした?」
「何って……鼻についたアイス食べただけですけど」
「……嫌じゃなかったのか?」「え?」
「妾は魔族じゃぞ…… 汚いと思っておるのかと……」
ル・セポネの顔が少し赤くなり、恥ずかしそうに、ル・セポネが呟く。
ル・セポネの恥じらい顔にカヅチも少し照れる。
「汚くなんか思ってないですよ」
(むしろ……今すぐ飛びつきたいんだよ!!)
「う、うむ。……そうか」
ル・セポネは安心したように笑う。
(んぉぉぉぉぉ!!なんでそんな照れ可愛い顔をするんじゃ!!抱きしめて、そのまま妾の一部にしたいくらいじゃぁぁぁ!!)
「……あはは」「あはは……」
二人は顔を見合わせ、照れくさそうに笑った。
◇◇◇
その後も、二人はヴァロネの街を歩き回った。
服屋では、ル・セポネが服を手に取ってカヅチへ見せる。
「カヅチ、これはどうじゃ?好きか?」
「魔王様に似合いそうですね」
「……本当か?」「はい。少しHですけど…」
ル・セポネは嬉しそうに服を抱える。
「では、これにする!」
「決めるの早っ!しかもそれいつ着るの?」
「お主が似合うと言ったからな!お主の前じゃろ…」
想像して顔を赤くするカヅチ。
◇◇◇
次に二人が向かったのは武器屋だった。
「おぉぉぉ……!これは凄いのぉ!」
ル・セポネの目が輝く。
「魔王様、こういうのも好きなんですね」
「うむ!妾は大斧があるからいいが…これは城に置いても……」
「置かないでください」「なぜじゃ!?」
「掃除する時邪魔ですから!」
「……ちっ」「舌打ちしないでください」
その隣では、カヅチが武器の柄や刃を眺めていた。
「この辺、ごちゃごちゃで掃除しにくそうだな……」
「武器屋で最初に考えること、それか?」
「あはは……職業病ですかね…」
◇◇◇
さらに防具屋へ➖➖
ル・セポネが鎧を手に取る。
「これ、妾に似合うか?」「似合うと思いますよ」
「……本当か?ちゃんと見たか?」
「はい。まあ……魔王様、スタイル良いから何着ても似合いますけどね」
「………は」ル・セポネが固まる。
「え、どうしました?」「……お主」「はい?」
「今日は……どうしたんじゃ?さっきから、素直に褒めすぎじゃろ……」
「そうですか?」
「そうじゃ!魔王を捕まえて、可愛いじゃの、スタイルが良いじゃの、……変じゃろ…」
ル・セポネは顔を赤くしながら、ぷいっと横を向いた。しかし、その口元は笑っていた。
二人で食事をして。甘いものを食べて。服を見て。武器を眺めて。防具を試して。
ただ街を歩くだけなのに、二人にはそれが楽しかった。
いつの間にか、時間はゆっくりと夕方へ近づいていた。
◇◇◇
「魔王様」「ん?」
「そろそろ時間ですね」カヅチが街の時計を見る。
「演劇、始まる前に会場へ行きましょう」
「おぉ、そうか」ル・セポネは頷く。
そして、少しだけ俯いた。
「……あの、カヅチよ」「はい?」
「そろそろ……」
ル・セポネは何かを言いかけて、黙る。
「……?トイレですか?」カヅチが首を傾げる。
「トイレは大丈夫じゃ!いや、その、そろそろ……“魔王様”と呼ぶのを、やめんか?」
「えっ?」カヅチは目を丸くする。
「でも、いつも様付けろって怒るじゃないですか」
「それは……そうじゃが……」
ル・セポネの頬が赤くなる。
「……今は、違う」「違う?」
「今は……妾は……魔王ではなく……セポネ。セポネって……呼んでほしいな……と思うて」
「えっ……」カヅチの顔が、一気に赤くなる。
ル・セポネはさらに顔を赤くする。
「それは魔王として……いいんですか?」
「構わん!妾が、そうして欲しいんじゃ♡」
ル・セポネは恥ずかしながら少しだけ胸を張る。
カヅチが固まる。「……考えておきます」
「うむ……すぐでなくてもよい」
ル・セポネは少し寂しそうに笑う。
そして今度はル・セポネから、カヅチの手をぎゅっと握った。
「……っ」カヅチの肩がビクッと跳ねる。
「じゃ、じゃあ……行きましょうか」「うむ」
二人は手を繋いだまま、歩き出す。
どこかぎこちない。少し照れくさい。
それでも二人とも、手を離そうとはしなかった。
やがて、演劇会場が見えてくる。
「ここか?」「はい。…着きましたね」
ル・セポネは会場を見上げる。
そして、隣にいるカヅチを見る。
「すっごく楽しみじゃ!カヅチ、ありがとうな」
「いいえ、楽しみましょう」
魔王と、元転生勇者。
今日はただ、二人で同じ街を歩き、同じ時間を過ごしている。
そして二人は手を繋いだまま、演劇会場へ入っていった。
続




