第43話 王は笑う
魔王城➖➖
魔族たちが蘇り、サルヴェナも蘇り、宴会も終わり、魔王城には再び笑い声が戻っていた。
カヅチは今日も箒を手に、廊下を掃除している。
周りには声をかけてくれる魔族。走り回る魔族。汚す魔族。いつもの日常、誰もがそう思っていた。
だが、そんな幸せそうな日常の裏側では……
◇◇◇
北の城➖➖
ヴァルノクス王国のその一室。
豪華な椅子に腰掛ける、一人の男。
高貴な服を身に纏い、目の前に置かれた焼けた肉を口へ運んでいく。
「くちゃ……くちゃ……。お前が持ってきた、この肉……美味いな」
「ありがとうございます。“先日手に入った肉”になります。」
「そうか…“昔食った肉の味に似てるな…”」
男の前に立っていたのは、マシューだった。
男は肉を食べながら、マシューを見る。
「くちゃくちゃ……それで?」
「はい。報告を失礼します」
マシューは静かに頭を下げる。
「先日の騒動の主犯格は、450750部隊、北のリーダー、バイストでした」
「…ほぉ…」興味無さそうに肉を切る。
「問い詰めたところ、西へ商品を流していたのも、その男だったようです」
「そうか……」男は肉を口へ運ぶ。くちゃ……。
しばらく沈黙が続く。そして…… 男は窓の外を見る。
「随分と……舐められたものだな…我が国も。話に聞けば、どうやら魔王が我が国の街々に攻めて来たそうじゃないか。……いかんなぁ」
男は肉を食べ終える。窓の外。
街では、多くの人々が行き交っている。
「国民が魔王に怯えている。国王として、黙っているわけにはいかないな」
男は静かに呟いた。マシューが顔を上げる。
「ラグナード国王……」
男の名は、ラグナード。この国を治める国王である。
「それでは……魔族に戦争を仕掛けるということですか?」
「おいおい」ラグナードは苦笑する。
「物騒な言葉を使うな。ただ……」
ラグナードは窓の外を眺める。
「国民が怯えている」
そして、ゆっくり振り返る。
「それに応えるのが、“王としての器”ではないのか?なぁ?マシュー?」「…………」
沈黙するマシューを見てラグナードは微笑んだ。
「ふはは!“お前の商売”も忙しくなるぞ」
マシューは僅かに口元を上げる。
「……いつもお気遣い、感謝します。それでは、こちらも準備に取り掛かります」
そして深々と頭を下げる。
「ああ、頼んだぞ」「失礼します」
マシューは部屋を出ていった。
◇◇◇
扉が閉まる。
ラグナードはしばらく黙って外を見ていた。
そして……「おいっ!ザルキアを呼べ」
「はい。ただいま。」部屋の隅にいた大臣が返事をする。
やがて、一人の男が入ってきた。
「お呼びでしょうか、ラグナード王」
「ザルキア」ラグナードは椅子に座り直す。
「街々から兵を集めよ」「兵を……?」
「ああ」ラグナードの口元に、薄い笑みが浮かぶ。
「魔族に家族を殺された者たちを集めるのだ!そして……焚き付けろ…魔族を皆殺しにしろ、とな」
ラグナードは静かに言う。
「はい。承知いたしました」
ザルキアは頭を下げる。
そして、ほんの少しだけ口元を歪めた。
「……国王様」「なんだ?」
「また、この国が潤いますな」
「………くくくっ……」ラグナードが笑う。
そして、ゆっくりと立ち上がる。
「向こうから手を出してくれたなら……こんなに都合のいいことはないだろ?こちらには、“血の300年”という大義もある」
窓の外を見る、ラグナードの笑みが深くなる。
「魔族との戦争ほど……儲かるものはないからな」
「おっしゃる通りです」「「あははははっ!!」」
部屋に二人の笑い声が響く。
◇◇◇
その頃、城門を出たマシューは、一人で歩いていた。周囲に誰もいないことを確認する。そして、口元を歪める。
「……今回も、たんまり稼がせてもらうよ……ラグナード。くくくっ……」
そしてマシューはヴァルノクスの城下から少し離れた街へ向かう。しばらく歩いた先。
そこには、大きな大聖堂が建っていた。
荘厳な鐘楼。巨大な扉。その中から、静かな賛美歌が響いている。マシューは扉を開けた。
聖堂の中央。崇める人々。
そこにいたのは、ドルンハイムだった。
「これは、これは……」
ドルンハイムが振り返り、いつものいやらしい笑み浮かべる、
「上手く行きましたか?マシューさん」
マシューは小さく頷く。
「えぇ、簡単に話しに乗りましたよ…」
そして、静かに告げる。
「始まりますよ……武器の方、お願いします」
ドルンハイムはニヤリと笑う。
「ふふふ……はい。分かりました。たんまりと【聖なる力】を使わせてもらいますよ」
「それは頼もしい…。では、私は……西に顔を出して来ます」
「えぇ。お願いします。武器の方はお任せください」
マシューは踵を返そうとする。
その時、ドルンハイムはすぐ近くにいた一人の女性へ近づいた。そして、その肩にそっと手を回す。
女性が怯えながらドルンハイムに振り向く。
「……貴女、“悪い物”が付いていますね……」
ドルンハイムはニチャァ〜っと優しく微笑む。
「“神の祝福”を与えましょう……」
「……はい…お願いします…」
女性は震えながら静かに頷いた。
「ぐふふ……では、こちらに……」
ドルンハイムは女性を連れ、聖堂の奥へ歩いていく。二人の姿が、暗い廊下の向こうへ消えていく。
マシューは、その背中を見つめる。
そして、ほんの少しだけ苦笑した。
「はは……相変わらずですね」
マシューは一人、大聖堂の外へ歩き出した。
背後では、女性の叫び声と再び賛美歌が響き始める。その叫びの歌声は、まるでこれから始まる何かを祝福しているかのようだった。
◇◇◇
北の城、ヴァルノクス。大聖堂。
そして、西へ向かうマシュー。
人間たちは、それぞれの場所で動き始めていた。
魔王城の幸せな日常の裏側で、静かに、確実に、戦争への歯車が、回り始めていた。
まだ誰も知らない。これから始まろうとしているものが、魔王城の日常を、世界を再び大きく揺るがすことを。
そして、この戦争を、誰よりも待ち望んでいる者たちがいることを。静かな城下町に不気味な笑い声だけが、響いていた。
続




