第39話 善悪の区別
バイストが立ち上がり、どこかへ向かって歩き始めた頃、別の倉庫では、カヅチがドルンハイムの兵士たちとマシューを同時に相手にしていた。
「はぁっ!」突っ込んできた兵士の足を箒で払う。
「ぐえっ!」男が地面を転がった。
「……魔族相手じゃないと、力が出せないのか……それなら……全員掃除ちゃうよ」
カヅチは箒を肩に担ぐ。強がって笑う。
しかし、身体は正直だった。ジャーブイに殴られた場所も、まだ痛む。
(……くそ……魔力もほとんどない……タイミングを逃したら……逃げられないな……)
その瞬間…ヒュッ!ナイフが飛んでくる。
「っと!」カヅチは箒を振り、ナイフを弾き落とす。
そこへ兵士が突っ込んでくる。「おらぁっ!」
カヅチは身体を半歩ずらし、箒の柄を足元へ滑らせる。
「うわっ!?」兵士が盛大に転んだ。
カヅチは躊躇いなくその顔を蹴り上げる。
「……危ないなぁ。箒が折れたらどうするんだよ」
そんなカヅチを見て、マシューがニヤニヤと笑う。
「なぁ? カヅチ……正義の味方の勇者が、悪に味方していいのか?お前が心を入れ替えて、“魔族の情報”を流すなら、逃がしてやってもいいぞ?」
ナイフを弄びながら口を開き、マシューは笑う。
「なぁ?魔族に信用されてるお前なら、悪い話じゃないだろ?」
カヅチは、ため息を吐いた。そして、マシューを見る。
「……はぁ、そうそう……そんな感じで、俺にあの時もギルドを紹介してくれたよな……白い魔女狩りの……それに……善だの悪だのなんてのは、自分の都合だ」
マシューの笑みが、ほんの少し止まった。
カヅチは箒を握り直す。
「自分に都合の悪い者を悪と決めつけて、排除する。そんなものを、俺は善とは思わない。ドルンハイムについたお前の御託は、もういい」
そして、カヅチはドルンハイムを見る。
マシューが目を細めニヤリと笑う。
「ぷっ……ドルンハイムについた?お前……いつから俺が“紹介屋”だと勘違いしてるんだ?」
カヅチの目が見開かれる。一瞬だけ、何かを考える。そして…… マシューを見る。
「……そういうことか」カヅチの表情が変わった。
「初めから“俺たち転生勇者”は……“お前たち”に利用されてたわけだ……」
「ふっ……!」マシューが笑う。
「ふはははっ!あまり勘がいい奴は嫌われるぞ!!あははっ!」
そして、楽しそうに指を立て、マシューが高らかに笑う。
「あの“白い魔女”のようにな!!あははははっ!」
「マシュー……喋りすぎだ……」
ドルンハイムが冷たい声で制止する。
「ふふふ……すいません。あまりにもこいつが滑稽で…くくくっ!どうせ死ぬなら、最後に少しくらい教えてやろうかと思いまして……」
マシューは肩をすくめる。そして、カヅチを指差す。
「だって……こんな顔して悔しがるんですから!!あははははっ!」
悔しそうに歯を食いしばるカヅチ。箒を握る手に力が入る。
「……ふぅ」そして、ゆっくり息を吐いた。
「良かった……」「……はぁ?何がだ?」
マシューが眉を上げる。
「思った通りで……」「は?」
「お前たちが、最初から“俺たち”を利用してた…それなら……納得できる」カヅチは笑った。
「ははっ!何が納得出来るだ!負け惜しみを言うな!お前はここで死ぬ!その事実は変わらないんだよっ!!」
ドルンハイムも笑みを浮かべ呟く。
「この騒動の犯人を連れて行かないと…収まらないですからね…。カヅチ…貴方がこの騒動の犯人とさせてもらいますよ…」
「ふっ、負け惜しみでもない」カヅチが箒を構える。
「俺はここで死なない」一歩足を踏み込む。
「俺は……お前たちに負けるほど、綺麗な道を歩いてない。それに帰って掃除してやらないとあの城は汚れだらけなんだよ…」
カヅチが笑う。マシューの笑みが止まる。
「それに、次に目指す場所も決まった」
カヅチは、マシューを見てほんの少しだけ笑う。
「色々喋ってくれてありがとう!じゃっ!俺は帰るとするよ!!」
そして、地面を蹴った。
「ッ!!」マシューへ向かって一気に走り出す。
その瞬間。カヅチの足がピタリと止まった。
「っっっ!?」身体が、動かない。
何かに捕らえられたように、指一本すら動かせない。
背後から、声が聞こえた。
「かっこえぇなぁ……」
その声にカヅチの目が見開かれる。
「かっこよすぎて……ファンになりそうやわぁ~……なぁ?」
聞き覚えのある声。ゆっくりと、その声の主が姿を現す。
ふらつきながら立つ男。黄色く濁った白目。歪んだ笑み。
「カヅチちゃ~~ん!?」
バイスト。カヅチは、声を失った。
バイストは楽しそうに笑う。
「あかんでぇ…ちゃんと殺しとかな…」
そして、ゆっくりと一歩踏み出した。
バイストは、カヅチへ歩き出す。
「カヅチちゃんはえぇなぁ……キラキラしてて……勇者って感じやないかぁ〜……」
一歩。また一歩。カヅチに近付く。
「眩しくて……眩しくて……たまらんなぁ……」
そして、カヅチの目の前で立ち止まる。
「……っ」カヅチは必死に身体を動かそうとする。
だが、動かない。
「くそ……っ! 動け……!!」
魔力を流し拘束を解こうとしても、身体が言うことを聞かない。
「無駄やでぇ〜」バイストがニヤニヤと笑う。
「あかんあかん!簡単に逃げられる魔法ちゃうから……。ワイかて…SSランクなんやでぇ〜」
その時だった。ヒュンッ!!
マシューが、カヅチへ向けてナイフを投げる。
だが……ザシュッ!
バイストが片手を伸ばし、ナイフを掌で受け止めた。
「……いったぁ……」掌から血が滴る。
バイストはナイフを見つめたあと、マシューを睨みつけた。
「あかんでぇ……」声から、笑みが消える。
「カヅチちゃんは……ワイが殺すんやからなぁ……」
マシューは何も答えない。
バイストはゆっくりとカヅチへ視線を戻す。
そして、カヅチの胸ポケットへ手を伸ばした。
「……やめろ、それは……」
取り出されたのは、小さな指。サルヴェナの指だった。
「……っ!!」カヅチの目が見開かれる。
バイストは、その指を眺めながら、ニヤァ……と笑った。
「ダメやないか……ちゃんと食べな…好き嫌いはあかんて親に教わらんかったんかいな?……貰うで…」
そして、バイストは、サルヴェナの指をそのまま口の中へ入れた。
続




