第34話 魔王の名前はル・セポネ
カヅチとサルヴェナが連れて行かれたのは、薄暗い倉庫だった。
周囲からは、ガヤガヤとした人の声が聞こえてくる。何かを運ぶ音。笑い声。金属が擦れる音。
「……う、……うぅぅ……」
顔の痛みでカヅチの意識が、ゆっくりと浮かび上がる。
「おぉ、起きたんか?」頬を何度も叩かれる。
「……っ」カヅチが薄く目を開ける。
目の前にいたのは、バイスト。
「あははっ! 起きた起きた!」
バイストは楽しそうに笑った。
「薬の量、間違えて死んだか思たわ!」
「……バイスト……」
カヅチは身体を動かそうとする。だが、動かない。
腕も。足も。身体そのものが、何かに縛り付けられ、吊るされている。
バイストの魔法。【月蝕拘界】魔力によって作られた拘束が、カヅチの身体を完全に封じていた。
「……サルヴェナはどこだ…?」
「あははっ!」バイストが笑う。
「自分の心配より、魔女の心配か? 感心やなぁ〜」
「……どこにいるっ!?」
「くくく、そんなあせんなや…もう少しで始まる。お前も楽しんで行きや……」
バイストが楽しそうに言う。
「バイスト……もうやめろ……始まるぞ、誰も止められなくなる」
カヅチの声が低くなる。カヅチは必死に身体へ力を込める。だが、拘束はびくともしない。
「頼む……やめてくれ……」
バイストの笑みが、ほんの少し消えた。
「……始まる?」細い目が、カヅチを見る。
「止められなくなる?」そして、鼻で笑った。
「ふん、なんや……けったいなこと言うなや」
一歩、カヅチへ近づく。
「あの日……魔王に“殺され、生き返れた時”にワイはもう、始まっとんのや…。それに……もうワイは引き返せへん。大方、ワイが死んだと知って……チャンスや思うたんやろ?」
その目が、カヅチを捉える。バイストは笑った。
「甘いわ☆」その白目は黄色く濁っていた。
カヅチが、息を呑む。
その目に浮かぶものは、憎しみでも怒りでもない。
ただ、深い狂気だった。
「ほな、時間まで、ジャーブイに遊んでもらいや…。ジャーブイがえらい怒っとったで〜。……殺されんよぉにな〜☆」
バイストは背を向け歩き出す。
「……待て!!」
カヅチが叫ぶ。バイストが足を止める。
「頼む……昔、“俺が連れて来た魔女”を返してくれ……」カヅチの声が震える。
「なんでもいい」カヅチは必死に言葉を続ける。
「指でも……爪でも……何でもいい!それで“血の300年”を終わらせよう!」
バイストは振り返らなかった。
「“血の300年”…か…。そやなぁ…なら、ここにいる奴らの“腹の中”に聞けや」小さく笑う。
「………っ!頼む!バイスト!…今なら、今ならぜんぶ終わらせられるんだ!!」
「あはは!ほぉか、まっ、頑張れや!じゃあな〜」
バイストは歩き出す。そして最後に、振り返ることなく言った。
「……“南の夢見る最強勇者さん”」
「………くそ…」その瞬間。ドゴォン!!
「ぐっ!?」ジャーブイの拳が、カヅチの顔面を打ち抜いた。
「ふははっ!!やっと当たったぜ!」
吊るされたカヅチの身体が吹き飛び、そして揺れる。
口の中に血の味が広がる。カヅチは、ぺっと血を吐いた。
「……Aランクのパンチって感じだな」
「………のやろう…」
ジャーブイの額に青筋が浮かぶ。
「おもしれぇ……!ごめんなさいが言えるようになるまで、殴ってやるよ!!」
拳を握り締める。ドゴッ!!ドゴォッ!!ドゴォン!!何度も。何度も。ジャーブイの拳がカヅチへ叩き込まれる。
カヅチは何とか意識を保とうとする。
だが、視界が霞んでいく。そんな中、カヅチは周囲を見た。
テーブル。椅子。そして、並べられていくナイフとフォーク。
「…………」カヅチの目が、僅かに見開かれる。
(……サルヴェナ……)
身体を動かせない。魔法も使えない。何もできない。
(……ごめん……)
カヅチの意識が、ゆっくりと沈んでいく。
(……俺は……見誤った……)
そして……意識が途切れた。
◇◇◇
どれほど殴られていたのだろうか。
カヅチが次に目を覚ました時、そこでは、何かのパーティーが開かれていた。
大勢の人間が笑っている。
テーブルには料理が並べられている。
ナイフが動く。フォークが動き口に運ぶ。
そして、赤い液体がグラスへ注がれていく。
その首や腕には……450750。あの数字が刻まれていた。
「……くそっ!くそっ!!」
カヅチの腫れた目に映る光景。
笑いながら何かを切り分け。フォークで口へ運ぶ。 赤い液体を飲む。その姿を見ていると……
カヅチには、どちらが魔族なのか分からなかった。
「…………」視線を動かす。
そして。中央のテーブルの上に置かれた“何か”が目に入った。
「…………え?」カヅチの呼吸が止まる。
黒い髪。見覚えのある顔。それは……
サルヴェナの頭だった。
「あ……」声が出ない。身体が震える。
「……あ……あぁ……」そして……
「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
倉庫中に、カヅチの絶叫が響き渡った。
「なんやぁ?起きたんか?大声出して…びっくりするやんか〜」
バイストが歩いてくる。そして、テーブルを見る。
「あぁ、先にパーティー始めたんで怒っとんのか?……大丈夫や☆」
ケラケラと笑いながらポケットへ手を入れる。
「さっき、お前が欲しい言うとったんは……ちゃ〜んと取っといてあるでぇ〜」
「………あ、あぁ、」
バイストが取り出したもの。それは“黒いマニキュア”のしてある一本の指だった。
「ほら?これが好きなんやろ?」
カヅチの目が凍りつく。バイストは笑う。
「食えや!!」「や、やめろっ!!」
カヅチの口へ、無理矢理押し込む。
「うっ……!」「あははっ!ほらほら!」
「やめろっ!!うっ、うぅぅぅ!!」
その時だった。カヅチの目に見覚えのあるものが飛び込んできた。
転移魔法陣。カヅチの動きが止まる。
その魔法陣を見た瞬間。カヅチの両目から、涙が溢れた。
(……あぁ…間に合った……)
涙が頬を伝う。カヅチは魔法陣を見る。
(今なら……助けられる…全部……間に合う……)
震える身体。そして、心の中で静かに呟いた。
(神様なんかいない……今、目の前に現れるのは…)
魔法陣の光が強くなる。
光の中から、一人の女が現れる。
銀色の髪。両サイドに垂らした三つ編み。
巨大な身体。圧倒的な魔力。
(……魔王ル・セポネ……)
その後ろから、羅刹鬼夜叉も姿を現した。
「羅刹よ!今回は当たりじゃな!ようやく鼠の巣を見つけたぞ!」
ル・セポネが声を上げる。
「妾に見つからないように魔法陣を張り巡らせ、隠れおって……!全部返して貰うから……な……」
辺りを見回す。その言葉が、止まった。ル・セポネの目が動く。
テーブル。450750の刺青。赤い液体。
ナイフ。フォーク。皿に乗せられた肉。
そしてテーブルの中央。そこにあるもの。
ル・セポネの表情から、笑みが消える。
隣にいた羅刹は額に青筋が走る。
静寂。倉庫中の空気が、一瞬で変わった。
ル・セポネは、ただ、目の前の光景を見つめていた。そして……“プツン”。何かが、頭の中で切れた音がした。
続




