第31話 今だけは俺を信じてくれ
ドルンハイムとの戦いが始まった。
「うおおおおおおおおっ!!」「捕まえろっ!!」
「逃がすなぁぁぁ!!」
倉庫の中を、男たちが一斉に駆け回る。
カヅチは箒を握り締め、迫り来る男の腕を横薙ぎに払った。
「邪魔だっ!!」ドゴォッ!!「ぐあっ!?」
一人が吹き飛ぶ。その隙間を抜け、別の男が襲い掛かってくる。
「こいつっ!!抵抗するっ!」
「遅い!」箒の柄で顎を打ち上げる。
「ぐへっ!?」さらに背後。「死ねぇぇぇ!!」
カヅチは振り向きざま、箒を叩きつける。
「ぐおっ!?くそっ…強い…」
カヅチは魔法が使えない。
それでも、身体能力と箒術だけで何とか戦えていた。
一方……サルヴェナはひたすら避けていた。
「おいっ!!」「は〜いっ!」
ヒュンッ!剣を避ける。
「こっちだ!!」「はいは〜い」
ヒュンッ!拳を避ける。
「なんだこいつ!ちょこまか逃げやがって!!」
「え〜だって当たったら痛いし……」
「当たり前だろ!!大人しく捕まれ!!」
「嫌だよ!魔力戻ったら全員皆殺しにするんだから!」
そんな二人を尻目に、ドルンハイムとマシューは倉庫の奥へと歩いていく。
「マシュー君。では、私達は先に奥へ戻りますかな」
ドルンハイムが振り返り、戦闘員に声をかける。
「あぁ〜…その女を捕らえたら、すぐに報告してください」
ドルンハイムのその視線が、サルヴェナへ向く。
「ふふふ……魔女を解体する前に、少しくらい楽しませてもらうとしましょうか…?」
「気持ち悪い目…」
サルヴェナの眉がピクリと動いた。
だが、今は何も出来ない。
「ははは……ドルンハイム様もお好きですね」
マシューが苦笑する。
「あ、今回の報酬なのですが……」
「ふふふ。マシュー君…焦るな。焦れば何事も上手くはいかない…全て終わってからだ……」
ドルンハイムは笑った。マシューはその顔を見て寒気を覚えた。
「……承知しました」
二人は、そのまま奥へ消えていった。
◇◇◇
そして、カヅチとサルヴェナは二人並ぶ。
「……カヅチ」「はいっ!?どうしました?」
戦いながら、サルヴェナが小さく口を開く。
「さっき、一つ……言い忘れてたんだけど……」
「何ですかっ!今ですか!?それ!?」
カヅチは迫る男を箒で殴り飛ばす。
「そんな事よりサルヴェナさんも戦ってください!避けてばっかりじゃ逃げられないですよ!」
「うん。分かってる。分かってるんだけど……」
サルヴェナは少しだけ目を逸らした。
「その事なんだけどね……」「はい?」
「私……肉弾戦、超絶無理なんだよね」
「………えっ?」
「たぶん、人間一人にも勝てない」
「………は?」カヅチの動きが止まった。
「いやいやいやいや」「嘘じゃないよ」
「いや、だって四天王ですよね!?」「うん……」
「魔王の次に強いって言ってたじゃないですか!?」
「魔法ならね…」「………まじか…」
サルヴェナは胸を張る。
「私、喧嘩、嫌い」「…………」
「私、殴る、嫌い」「…………」
「私、蹴る、嫌い」「…………」
「魔法、ドーン、好き」「…………」
カヅチは天を仰いだ。
「それっ!先に言ってくださいよぉぉぉぉぉっ!!」
「なんか、ごめんなさい……」
「戦い方、全部変わるんだから!!なんならめっちゃ頼りにしてたから!!」
「色々、ごめんなさい……」
ちゃんと謝るサルヴェナ。カヅチは頭を抱えた。
そして、すぐに決断する。
「……もういい。走りますよ!走って逃げます。サルヴェナさんが戦えないなら、俺が道を作ります!」
カヅチが箒を思いっきり振るう。
「どけぇぇぇぇぇ!!」ドゴォン!!
戦闘員たちがまとめて吹き飛んだ。
「今です!行きますよ!!」
「うん!ありがとう!」
カヅチはサルヴェナの脇を抱え、ヒョイっと抱き抱える。
「きゃっ!なんで抱っこすんの!?」
「急に可愛い声出さないでください!」
「いや、だってあんたが急に掴むから……」
「走りますよ!しがみついといて下さい!」
二人は倉庫の奥へ向かって駆け出す。
「逃げられるぞっ!!」「追えっ!!」
「追えっっっっ!!」背後から戦闘員たちが迫る。
「カヅチもっと速く!」
「えっ?これ以上は人力じゃ無理ぃ!」
「元勇者なのに!?」「今は清掃員!!」
「うん。知ってるぅ〜!」「少し静かにしてっ!!」
カヅチはサルヴェナを落とさないように力を入れる。
「んっ……」「…………?」
「んっ……」「サルヴェナさん?」
「……んっ」「何ですか?その色っぽい声は?」
サルヴェナから妙に色っぽい声が聞こえる。
「いや……その……カヅチ…」
サルヴェナが少し恥ずかしそうにする。
「……もう少し下を持ってくれない?」「下?」
カヅチは言われた通り、掴んでいた腕を確認する。そして…むにゅっ。柔らかい。何か、とても柔らかいものが手のひらに当たってる。
むにゅ、むにゅ、走っているせいで、ほんの少し押し潰される。
「「…………」」
カヅチの顔が固まった。サルヴェナの顔も固まった。
「……あ……ごめんなさい」
カヅチは慌てて手を離そうとする。
しかし、サルヴェナが小さく言った。
「いや、いいんだけど…そのちょっと下にしてくれると助かる……わざとじゃないし」
「……すみません」「うん」「「…………」」
二人とも、しばらく無言になった。
サルヴェナなゆっくり口を開く。
「……カヅチ」「はい」
「今の、忘れようか…」「もちろんです」
「絶対?」「はい。絶対です」
「「…………」」
「……なら、許す」「ありがとうございます」
二人は再び走り出す。
ただし。今度からカヅチは、サルヴェナの体をかなり慎重に掴んでいた。……その時だった。
「……死ねぇぇぇぇぇ!!」
「っ!?」横から巨大な拳が飛んでくる。
「くっ!」カヅチは反射的に箒を構えた。
ドォォォン!!「ぐっ……!」凄まじい衝撃。
カヅチとサルヴェナの身体がまとめて吹き飛ぶ。
「きゃあっ!?」「うおおおおっ!?」
二人は勢いよく地面を転がる。カヅチが急いで立ち上がる。そして男を見てカヅチの表情が変わった。
そこにいたのは、身長二メートル近い筋骨隆々の男。太い腕。鍛え上げられた身体。そして、嫌〜な笑み。
「よぉ?」男が笑う。
「久しぶりだな……勇者カヅチ…あっ?」
男はわざとらしく首を傾げた。
「今は勇者を辞めて、“魔族の犬”になったんだっけな?」
「……ジャーブイ… お前……」
カヅチが、低い声で呟く。
「おいおい!そんな睨むなよ!」
ジャーブイは楽しそうに笑った。
一歩。近づく。
「昔は“みんなで仲良く”、魔女狩りを楽しんだ仲じゃないか?んっ?」口角が吊り上がる。
「…………」カヅチは何も言わない。
「なぁ?勇者カヅチ!?」
その言葉を聞いたサルヴェナの表情から、笑みが消えた。ゆっくりと、カヅチを見る。
「……カヅチ?」「…………」カヅチは答えない。
視線を逸らす。その反応だけで、サルヴェナには十分だった。
背後には、追ってきた男たち。前には、ジャーブイ。二人に逃げ道はない。
カヅチは、サルヴェナにだけ聞こえる声で呟いた。
「サルヴェナさん。……必ず後で説明する」
「……納得出来る説明なんだろうな…」
「……納得出来るかは分からない…でも“嘘はつかない”頼む…今は信じてくれ…」箒を握り直す。
「今だけ……」一度だけ、サルヴェナを見る。
「“今だけは俺を信じてくれ”……」
サルヴェナは何も答えない。
ただ、カヅチの横に立った。
ジャーブイが笑う。
「ふははは!さぁ!久しぶりに、昔みたいに楽しもうぜ?」拳を構える。
カヅチは箒を構える。そしてサルヴェナの瞳が、静かに細くなった。
続




