第30話 罠
マシューを先頭に、三人は町へ入っていった。
カヅチとサルヴェナは周囲を見回す。
建物。路地。店。そして……時折、こちらへ向けられる視線。
カヅチは小さく呟いた。誰にも聞こえないほどの声で。
「……変わってないな…… 相変わらず、人間のゴミ溜めだ……」ほんの少しだけ、目を細める。
「ん?なんか言った?」
隣を歩いていたサルヴェナが振り向く。
「えっ?いや?」カヅチはすぐに笑った。
「今日、何食べようかなぁ~って」
「ふ~ん」サルヴェナは首を傾げる。
「ずいぶん怖い顔してご飯決めるんだね……」
「……あはは、怖い顔してた…?」
カヅチは苦笑いした。
前を歩くマシューは、そんな二人を気にすることなく、どんどん進んでいく。
「……マシューさん?どこに向かってるんですか?」
カヅチが不思議そうに尋ねる。
「こっちは……ドルンハイムの…」
「……大丈夫だ」
カヅチの言葉を遮る様に返した。
マシューは振り返らずに言った。
「昔と少しルールが変わった」「ルール?」
「あぁ、こっちに顔を出さなきゃ、この町じゃ何もできない」
「……そうなんですね」
それ以上、カヅチは聞かなかった。
サルヴェナも黙ってついていく。
ただ、時々建物の陰から、路地裏から、こちらを見つめる強い視線を感じる。明らかな敵意。
それでもマシューは足を止めない。
◇◇◇
しばらく歩くと大きな建物が見えてきた。
倉庫のような大きな建物だった。
マシューが立ち止まる。
「ここだ…ちょっと待ってろ……。話しをつけてくる。」
入り口に立っている男へ近づいていく。
マシューは何かを話している。
その間、サルヴェナがカヅチの袖を引っ張った。
「ねぇ?」「はい?」
「あんた、友達は選んだ方がいいと思うよ……」
サルヴェナはマシューを見る。
「……あいつ、暗すぎ」「……うん」
「そして中身を教えなさすぎ」「……うん」
「本当に友達?」
「友達って言うか……知り合いです」
「はぁ、やっぱり…あんなんじゃ友達になれなそうだもんね…」
サルヴェナが呆れたように息を吐いた。
その時……
「おい……」マシューが戻ってきた。
「入れるぞ。着いて来い」「あぁ、分かりました」
三人は倉庫へ向かった。扉が開く。一枚。
そして少し歩いて、もう一枚。二重の扉を抜けた、その先。
「…………」カヅチの足が止まりかけた。
そこには、死体があった。山のように積まれた死体。その横では、小瓶に何かを分けている者。何かを解体している者。ギャーギャーと喚きながら、笑いながら作業する者。まるで工場だった。
ただし、扱っているものが、何者かの命だった。
それを見て、サルヴェナの拳がぎゅっと握られる。
マシューは何事もなかったかのように歩いていく。
「……あまりジロジロ見るな…舐められるぞ……」
カヅチは黙って頷いた。そして三人は、さらに奥へ進んでいく。
やがて、先ほどまでの騒がしさが嘘のように静かな場所へ辿り着いた。
マシューが扉をノックする。コン、コン。
「失礼します。マシューです」
「入りなさい……」
中から声がした。扉が開く。そこにいたのは……
司祭のような服を着た、太った中年の男。
男は窓の外を眺めていた。マシューが頭を下げる。
「先程お話しした通りです……」
そして……
「“魔女の何か”を探す者を、“持ってきました”」
マシューはニヤリと笑った。
「…………」カヅチの眉が動いた。
その言葉に、司祭がゆっくりと振り返る。
「それはそれはご苦労様」
そしてその男はサルヴェナを見て目を見開いた。
カヅチも男の顔を見た。
「っ!……おいっ!マシュー!お前っ!!」
カヅチの顔を見てマシューは肩を震わせた。
「ふはははっ!どうした?何をびっくりしてるんだ!」
「ふざけるなっ!!俺は“買いたい”と言っている!売るなんてことは一言も言ってない!!」
「ふは、ふははは!!びっくりしたぜぇ〜!」
マシューはニヤニヤと笑う。
「まさか、お前の方から“魔女”を連れてくるなんてなぁ~。入って来た時から魔女の臭いをプンプンさせやがって…涎が出そうだったぜ!」
サルヴェナがカヅチを睨んだ。
「おい……お前」「…………」
「私を嵌めたのか?」
「……まさか…そんなことするわけないだろ……」
カヅチは首を振る。
「ちっ!面倒くさくなりそうだな…」
サルヴェナはマシューを見る。
そしてなぜか、ふっと笑った。
「ふふ……まぁ、私にはどっちでもいい」
ゆっくりと前へ出る。
「変わらない事実が、ここにあるからね……」
サルヴェナのその姿が変わった。
額に王冠のような魔力の紋様。鋭い瞳。
人間の少女の姿から、冥冠のサルヴェナへ。
「ここにいる奴らを、全員!!皆殺しにしたらいいんだろっ!!!」空気が震える。
「あははっ!殺したいか?可愛いお口で下品な奴だな…なら、もっと増やしてあげよう……!」
司祭の男が笛を取り出した。
ピィィィィッ!!甲高い音が響く。
すると、外から、ドタドタドタッ!!
大量の戦闘員が駆け込んできた。
剣。槍。魔法使い。瞬く間に、二人を取り囲む。
サルヴェナは笑った。
「ふん!何人来ようが……死体が増えるだけだ!!まとめて消し飛ばしてやる!!」
サルヴェナは両手を広げ、魔力を溜める。
その時、マシューが声を上げた。
「おいっ!勇ましいねぇ〜。だから言ったろ、カヅチ……?“その女は置いてけ”ってな!」
マシューはサルヴェナへ視線を向ける。
「勇ましい魔女さん?最初に俺を狙え……そして…絶対に外すなよ~」ニヤリ。
サルヴェナの瞳が細くなる。
「はんっ!お望み通り、お前からだ!!」
両手をさらに大きく広げる。魔力が集まる。
「くたばれ!!!【終刻の魔冠】!!」
「………は?」何も起こらない。
「……何だよこれ…どうなってるの…?」
サルヴェナが目を瞬かせる。
もう一度、魔力を集めようとする。だが、出ない。
マシューが、パンッ、パンッと両手を叩いた。
「あははははっ!いいか?これは大人からの忠告だ…。次から知らない人から飲み物出されたら、飲んじゃダメだぞ……あはははははっ!!」
「…………!」カヅチの顔色が変わった。
「……ちっ!あの時のか!」
箒を握る。魔力を通す。……通らない。
「……あの飲み物に、何か入れたな……」
マシューが笑う。司祭も笑う。
そして、周囲の戦闘員たちが、一斉に武器を構えた。
カヅチは箒を握り直す。隣ではサルヴェナが拳を握っている。
「おいっ、カヅチ。お前は“信用”していいんだよな!?」
「えぇ、最初からサルヴェナさんを渡すつもりなんかなかったですから!」
「それ、何に誓う?」「……“魔王ル・セポネ”に誓う!」
「あははっ!最高。よし!やるぞ!!」「あぁ!!」
だが、二人とも、魔力が使えない。
逃げ道はない。囲まれている。
マシューと司祭の二人の笑い声だけが、静かな部屋に響いていた。
続




