第28話 魔女なのに飛べないんだ
北のサルヴェナの城➖➖
朝日が昇る頃、城の掃除が終わりを迎えようとしていた。
「くらえっ!【高圧洗浄】からの【水拭き】!!」
最後の床が磨かれた瞬間、カヅチは両手を上げてゆっくりとバターンと倒れる。
「ねっむぅぅぅぅ~~……」
カヅチは廊下の床に大の字になっていた。
「もう……無理…。ぐぅ……ぐぅ……」
昨日一晩かけて、城の修復と掃除を終わらせたのだ。
その隣では……。
「……ぐーぐー」羅刹が床に突っ伏して寝ていた。
こちらも完全に限界である。
ピカピカになった床の上で、二人とも爆睡していた。
そこへ…カツ、カツ、カツ…
「ねぇ?ねぇってば?」「…………ぐぅ」
「いつまで寝てるの?」「………ふぇ…」
「さぁ、行くわよ!」「……はえ?」
カヅチが目を開ける。目の前にはサルヴェナ。
「……あの~……俺、今、寝たところなんですけど……」
「はーい!準備する!」「俺の話聞いてます!?」
サルヴェナは完全無視。カヅチは羅刹を見る。
「……羅刹さん…起きてください……お宅のボスがもう迎えに来てますよ…」
「こいつは留守番だ!人間世界に行ったら絶対バレるからな…」
「あぁ…確かに…。見た目、鬼100%ですもんね…」
「そう…変な揉め事に巻き込まれてる暇はないから…おい!羅刹!留守番ね!」
「グーグーぐぅ……」起きる気配がない。
サルヴェナがため息をつく。
「はぁ、まぁいいや。起きたら勝手に城守るだろ!」
「そういうサルヴェナさんはどうす……」
カヅチがそう言いかけた時に、サルヴェナは顔に両手を当てる。ぐりぐり。ごしごし。
「……え?顔が……」カヅチが目を丸くする。
次の瞬間……
額にあった王冠のような魔力の紋様が消える。
黒い角が、すぅっと頭の中へ引っ込んでいく。
白く、どこか人外じみていた肌も、人間らしい柔らかな色へ。長い髪は少しだけ色味が薄くなり、毛先がふわりと揺れる巻き髪に、瞳の鋭さもほんの少し和らぎ垂れ目に……
「………嘘…」
そこに立っていたのは。魔女ではなかった。
どこにでもいそうな、いや。
よく見ると、どこにでもはいない。
少し小柄で、華奢な身体。柔らかな頬。
大きな垂れた瞳。無造作に巻かれた髪。
そこにいたのは、普通の可愛い人間の少女にしか見えないサルヴェナだった。
「どう?」くるっと一回転。
「可愛い?人間みたいでしょ?」
「……うん」カヅチは頷く。
「人間です」(激烈に可愛いのかよ……魔女の姿でも可愛いと思っていたが、これはこれで破壊力が高いな…)
「よし、じゃあ行こう!」歩き出すサルヴェナ。
「ちょっと待ってください!歩いて行くつもり!?はいっ!サルヴェナさん。転移魔法陣は使わないんですか?」カヅチが手を上げる。
「はぁ?」サルヴェナが首を傾げる。
「あんな高エネルギーの魔法、セポちゃんしか使えないわよ」
「えっ?そうなんですか?」
「そうだよ。魔族みんなが使えたら、人間なんてとっくに絶滅してるって」
その言葉にカヅチは納得したような、していないような顔をする。
「じゃあ、二人で箒で飛んで行きましょう」
「……はぁ?」「え?」
「箒でどうやって飛ぶの?」
「いや……魔女って箒で飛ぶんじゃ……」
「私、飛んだことないよ」「……魔女なのに?」
「いや、魔女でも箒で飛ばないよ」
「じゃあ、普段どうやって移動してるんです?」
「ん〜……攫われるか、魔法で吹っ飛ぶ…かな」
「…………」カヅチは遠い目をした。
「あぁ……うん。了解で〜す」
「えっ?何その目?今、絶対ポンコツを見る目だったでしょ!?」
「いやいや、そんなことないですよ」「嘘つけ!」
カヅチは愛用の箒を取り出す。
「じゃあ、俺に掴まってください」
「これで行くの?」「はい。飛んで行きます」
「……本当に飛べるの?」「飛べます」
「落ちない?」「大丈夫!落としません」
「絶対?」「絶対です」
カヅチが手を差し出す。サルヴェナは恐る恐る手を取り箒に乗る。そしてカヅチの背中に手を回した。
「なんか……近くない?」「離したら落ちますよ」
「……それは困る」さらにぎゅっ。
なぜか二人とも、少しだけ黙る。
カヅチは前を向いたまま。
サルヴェナはカヅチの背中にしがみついたまま。
「あ、んんっ……じゃあ、行きますよ」
「う、うん」「【飛行】!!」ブォォォォォォン!!
「きゃあああああああああ!?何っ!何っ!?」
箒が一気に空へ飛び出した。
「ちょっ!?早い!早いって!!」
「あははっ!大丈夫です!」
「大丈夫じゃない!!」
「手を離しちゃダメですよ!」
「離すわけないでしょぉぉぉ!!」
サルヴェナがカヅチにしがみつく。
箒はそのまま、北東へ。雲を抜け、山を越え……
「すっごい……」
しばらくして、サルヴェナがぽつりと呟く。
「空の上の方って……こんなに広かったんだ」
「初めて飛んだんですか?」
「うん。こんなに高くは初めて!」
「じゃあ、もっと高く飛びます?」
「……うん!お願い」
さっきまで怯えていたサルヴェナの顔が、少しだけ笑う。カヅチも笑った。
「じゃあ、速度も上げますね」「え?」
「【飛行加速】!!」「ばか!待って待って待って!!」箒がさらに加速する。
「ぎゃああああああああ!!」
「あははははっ!!」
「こらっ!笑ってる場合かぁぁぁぁ!!」
二人はそのまま空を駆け抜けていく。
やがて……遠くに山々が見えてきた。
「そろそろです」「どこに行くの?」
「山の中に小屋があります」
「そこに知り合いがいるんだよね?」
「はい。黒匣會について、詳しい人です」
カヅチは山間をキョロキョロと見る。
その言葉に、サルヴェナの表情が変わる。
「そこに……お姉ちゃんの手掛かりがあるかもしれないんだよね」
「ええ、何か見つかるといいですけど」
サルヴェナはカヅチの背中を少しだけ強く握った。
「……絶対、見つける」「はい。見つけましょう!」
箒は山の奥へ進んでいく。
そして…木々の向こう。
一軒の古びた山小屋が見えてきた。
「おっ!あったあった!」
カヅチは箒をゆっくり降下させる。
「着きましたよ」「ありがとう」
サルヴェナが地面に降りる。
「…………」
山小屋を見つめる。
朝までの遠足のような空気は、もうない。
ここから先は、姉の行方を追うための旅だ。
カヅチは箒を肩に担ぐ。
「さて、行きましょうか」「うん」
二人は山小屋へ向かって歩き出した。
山小屋の前まで、カヅチとサルヴェナが歩いていく。カヅチが古びた扉を見る。
「ここに……カヅチの知り合いがいるの?」
「はい。昔、少しお世話になってる人です」
「ふーん……」サルヴェナも扉へ近づく。
その瞬間、ヒュンッ!!
「……っ!?」何かが空気を切り裂いた。
一本。二本。三本。いや、何本ものナイフが、二人めがけて飛んできた。
「……相変わらずだなぁ…」
カヅチは冷静に箒を振る。カキィン!!カキンッ!!飛んできたナイフを、箒の柄で次々と弾き落とす。
カヅチが地面を見る。そこには、何本ものナイフが突き刺さっていた。
「サルヴェナさん。大丈夫ですか?」隣を見る。
「問題ないけど……」サルヴェナが立っている。
「……これ、何?いきなり殺す気?」
その手には二本のナイフが、指で挟まれていた。
「…………」カヅチは黙る。
「…………」サルヴェナも黙る。
「ナイフ……挟めるんですね?」
「うん。普通に飛んできたから、取った」
サルヴェナは光るナイフを眺める。
「……そうですか…そうですよね…四天王ですもんね…」
魔王軍の四天王。可愛い人間姿になっても、やっぱり四天王だった。カヅチは苦笑する。
そして、ナイフが飛んできた方向へ顔を向けた。
「マシューさん!お久しぶりです…… カヅチです」
カヅチが一歩、前へ出る。
すると、山小屋の影から、一人の男が姿を現した。
狩人の服。腰には何本ものナイフ。肩には弓。
年齢は四十代ほどだろうか。無精髭を生やし、鋭い目でカヅチとサルヴェナを見つめている。
「「「…………」」」
マシューは無言。カヅチも無言。サルヴェナも無言。三人の間に、妙な沈黙が流れる。
やがて……
「ふぅ、……カヅチか」
「はい。お久しぶりです。マシューさん」カヅチが笑う。
狩人姿の中年、マシューは腰のナイフへ手を伸ばした。
「……で?」「はい?」
「そっちの女は誰だ?ただならない気配を感じるが…」
マシューの視線が、サルヴェナへ向く。
サルヴェナは、指に挟んだナイフを見せながら笑った。
「……私?気になる?教えてあげてもいいけど…死ぬよ☆」
「…………」マシューの目が細くなる。
カヅチは、少しだけ苦笑した。
「俺の知り合いです」
「…………」マシューはしばらく二人を見つめる。
「……そうか。何か用事があってこんな山奥まで来たんだろ…入れ。」
それだけ言うと、山小屋の扉を開けた。
「ありがとうございます」
カヅチが歩き出す。サルヴェナも続く。
だがマシューのその手にはまだナイフが一本、握られたままだった。
続




