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第26話 あいつ死ねばいいのに


 今日も今日とて、魔王城の朝。カヅチの部屋。

「3,004回……3,005回……3,006回……」

 寝ぼけたカヅチが、何かの声と気配を感じてゆっくりと目を開ける。

 視界いっぱいに迫ってくる、スパッツの股。

 しかも、一定のリズムで上下している。

 カヅチはしばらくそれを無言で眺めていた。

「……人の顔を跨いでスクワットするって……しかも鼻先だけちょんと当てて行く……職人ですね」


「ぬははっ!褒めすぎじゃ!おはよう!やっと起きたな?」ル・セポネだった。

「えぇ……とても素敵な朝です……スクワットを除けば…」

「うんうん。ならよかった!」

 なぜか満面の笑みを浮かべるル・セポネ。そして、スクワットを再開する。


「3,007……3,008……」「まだやるんだ……起きたいんだけど…」

「今日はお主に特別任務を頼みたい!」

「特別任務ですか?」

「うむ!北の城の修復と掃除を頼む!」

「北の城……昨日会議してたとこ…?」

「そうじゃ!会議が熱くなってしまってな…。あと、あそこは辛気臭いから模様替えも頼む!」

「修復だけじゃなくて模様替えまで!?」

「そうだ!お花でも添えて可愛くしてやってくれ!よろしく頼んだぞ!」

「あれ?その言い方だと……魔王様と一緒じゃない?」

「そうじゃ!お主一人じゃ!」「え?」

「妾は忙しい……」「忙しい?……筋トレで?」

「違うっ!減らず口を叩くなっ!頼んだぞ!!」

「……はい。分かりました」

 カヅチは壊れた扉を【修復】で直して部屋を出て行った。

「……あれ?妾、何か言い忘れておるような……」

 カヅチが去った後、ル・セポネは首を傾げる。

「まぁ、よいか…。掃除じゃ死にはせんじゃろ…」

 ル・セポネはなぜかカヅチのベッドにゴロンとした。


◇◇◇


 その頃、カヅチは準備を整え、魔王城の入口へ向かっていた。

「すいません」門番のガーゴイルに声をかける。

「北の城って、どっちですか?」

 ガーゴイルは無言で北の方角を指差した。

「あっちの方向だ」

「ありがとうございます。じゃあ、行ってきます!」

 カヅチは箒を構える。【飛行】箒が宙へ浮かび上がる。


「おおおおおっ!やっぱこれ最高!!」

 カヅチはそのまま空へ飛び出した。

 しばらく言われた方向に飛んでいると、遠くに大きな建物が見えてくる。近付く。さらに近付く。


 そして……。「……うわぁ……」

 そこにあったのは、見るも無惨な城だった。

 壁は崩れ、柱は折れ、屋根には大穴。至る所に巨大な亀裂が走っている。

「何これ……」カヅチは箒から降りる。

「巨人でも暴れたの……?」


 そして北の城の入口へ向かった。

「すいませ〜ん」返事はない。

「魔王城から来たカヅチです。誰か居ますか〜?」


 すると……。

 にゅうっ。壊れた壁の中からゴーストが現れた。

「お前は誰だっ!?」カヅチの周囲をぐるぐる回る。

「勇者か!?攻めて来たのか!?みんな呼ぶぞ!」

「いやいや、元ね…。元勇者。攻めて来てない。掃除に来ました。」「元?掃除?」

「そう。元勇者。今は魔王城の清掃員ね。今日は魔王様に頼まれてこの城の掃除に来ました。サルヴェナさんか、羅刹さんって居ます?」


 ゴーストはしばらくカヅチを見つめた。


「……敵じゃないのか?本当か?嘘なら呪い殺すぞ!」

「うん。本当に掃除係です」

「よし、わかった。……ちょっと待ってろ」

 ゴーストは壊れた壁をすり抜け、スゥ〜ッ……と奥へ消えていった。

 しばらくすると、ドスドスと大きな足音が聞こえてくる。


「よぉ!カヅチ!」現れたのは羅刹鬼夜叉だった。

「掃除だってな!」「はい」

「サルヴェナ様、起き上がれないから着いて来な!挨拶しとかないと怒るからな」

「……起き上がれない?」

 カヅチは嫌な予感を覚えながら、羅刹の後をついて行く。そして一つの部屋の扉を開けた。


 そこには……ベッドに横たわる眼帯のサルヴェナ。

 そして、その腕にはドス黒い液体の入った点滴。

「「………」」カヅチと羅刹の目が合う。

「サルヴェナ様……」羅刹が声をかける。

「掃除係、カヅチ来ましたよ……」

 サルヴェナがゆっくりと目を開ける。

「……誰?」「カヅチです」

「……あぁ、こないだの…」

「魔王様に頼まれて、北の城の掃除と修復に」


「……あいつ…寝込んでる?」

「……魔王様のことですか?」「……そう」

 カヅチは少し考える。

「……朝から俺に跨ってスクワットしてましたよ」

「……はぁ?スクワット?」「えぇ、3,000回以上」


「……はぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」

 サルヴェナの顔が一気に険しくなる。

「あいつ…タンスの角に足の小指ぶつけて死ねばいいのに……てことは、元気ってこと?」

「はい。元気そうですね」

「くそがっ!こっちはこんななのに!掃除?掃除に来たの?」

「はい。どこからとかありますか?」

「ない…適当にお願い」

「えっ?適当でいいんですか?」

「はぁ、羅刹。面倒見てやって……」

「へ〜い!カヅチこっちから頼むよ」

 そう言うとサルヴェナは再び目を閉じた。


◇◇◇

 

 部屋の外に出たカヅチは困った顔で羅刹を見る。

「羅刹さん……魔王様からは会議って聞いてたんだけど……」

「ん〜……これが魔界の会議……」羅刹も苦笑いする。

「……そうなんだ」「そうなんだよ……」

 二人は揃ってため息をついた。

 そしてカヅチは箒を握る。


「さて……やっちゃいますかっ!」

 まずは城を見渡す。ボロボロの城。

「あはは……これ、本当に一日で終わるかなぁ……」

 すると羅刹が言った。「無理じゃね?」

「即答しないでください。まずはここ廊下からですね」

 カヅチは平らなへこんだ地面へ近付く。

「カヅチ……そこ、壁だった場所だけどな」

「…………」カヅチは黙って壁の残骸を見る。

「……魔王様、何したんですか?」

「……掴んで投げて、魔法握り潰して、サルヴェナ様の脳天を踏み潰そうとしてた…」


 カヅチは深いため息をつく。

「まぁ……何があったかは置いといて…今は掃除しましょう」箒を構える。


 そして……北の城の修復と掃除が始まった。


◇◇◇


 その頃、魔王城➖➖ル・セポネ書斎。

「…………多い…」

 眼鏡姿のル・セポネは、机に積まれた大量の書類を眺めていた。

 ペラッ。「…………多いのぉ……」

 ペラッ。「多すぎてキレそうじゃ…筋トレしたい…」


 王国側から届いた脅迫書。魔族領の商業記録。

 東西南北からの要望書。その中に、一枚だけ少し気になる書類があった。


「…………ん?」ル・セポネが手を止める。


 そこには……黒匣會(こくこうかい)という文字。

 その下には、いくつかの数字が並んでいる。

 その中の一つ。“450750”

「……ちっ!」ル・セポネは顔を顰める。

「……まだ動いておるのじゃな…」しばらく眺める。


 しかし……

「まぁ……よいか…今、動いても“向こうの思う壷”じゃからな…時が来たら…」

 ペラッ。ル・セポネは、そのまま次の書類へ目を移した。

「…………」ペラッ。「…………」ペラッ。

「カヅチ……ちゃんと掃除しておるかなぁ……」

 ふと、そんなことを呟く。

「……まぁ、あいつなら大丈夫じゃろ…帰って来たら胸に埋めてやろう」


 そして再び、ル・セポネはカヅチを思い出し、ニヤニヤしながら書類の山と戦い始めた。


            続

 

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