第22話 箒、飛びます
魔王城➖➖食堂。
ひと仕事終えたカヅチは魔物のみんなと昼食を食べていた。
「カヅチ! 隣、座るぜ!」「どうぞ〜」
体をガチャガチャと鳴らしながら隣にスケルトンが座る。
「そういや聞いたぞ! 昨日、魔王様と南の街で暴れてきたんだって!?」
「いや……暴れてきたっていうか、救出作戦というか……」
「でも、魔王様が朝からみんなに言ってたぞ!」
スケルトンが口いっぱいに飯を頬張りながら喋る。
「昨日の妾は凄かったぞ!とか、人間どもをこう……ドーン!と!」
カヅチの頬に、興奮したスケルトンの口から飛んだ米粒がペタペタッと付く。カヅチはそれを無言で指で取る。
「それ……自分で言っちゃうんだ……」
「ん?何か言ったか?」「いえ……何でも」
カヅチは苦笑した。そして昼休憩を終えると、自分の部屋へ戻る。
◇◇◇
部屋の中央。そこに置かれているのは、昨日ル・セポネが八桁もの大金を叩いて落札した伝説の防具。
高淤加美神の羽衣。
カヅチはしばらく、それを眺めていた。
「……これ……どうしようかな〜」そっと手を伸ばす。
「……防具として使うか……」少し考える。そして……
「……やっぱり、今箒にして分解融合しちゃうか?別に装備したって誰かと戦うわけじゃないし…」
カヅチは羽衣を持ち上げた。
「…………」昨日のル・セポネの顔が頭に浮かぶ。
『妾からのプレゼントじゃ。大切に使えよ』
「…………」カヅチは目を逸らす。
「……大切に……」そして羽衣を見る。
「……使う」カヅチは小さく頷いた。
「箒として」完全に方向性を間違えていた。
「よし……決めた!!【分解】!!」
カヅチは羽衣へ魔力を込める。
その瞬間、羽衣が眩い光に包まれた。
「おおっ!?」羽衣がみるみる形を変えていく。
布がほどけ、細かな光へと変わる。
さらにその光は原子レベルまで細かく分解され……
シュゥゥゥゥ……。カヅチの箒へ吸い込まれていく。一本。また一本。最後の光の粒が、箒へ吸収された。
カチッ。何かが切り替わったような音がする。
すると、箒から映像が浮かび上がった。
[箒レベル8になりました]「……おお」
[追加効果【飛行】][追加効果【空間除菌】]
「…………」カヅチの目が大きく見開かれる。
「…………わぁおっ!!」箒を両手で掴む。
「飛行!? 飛べるの!?」目がキラキラしている。
「はぁ……はぁ……!飛びたい……! 今すぐ飛びたい!!」完全にクリスマスの子供である。
カヅチは箒を抱えて部屋を飛び出した。
「魔王様に言ってこよ!」廊下を走る。
「魔王様ー!」だが……
「…………いない」ル・セポネの部屋にもいない。
「魔王様ー?」玉座にもいない。
「…………」カヅチは首を傾げる。
「どこ行ったんだ?」
その時、玉座の門番とも言われる無口な石像が目に入った。
「……あの」「…………」
「魔王様って……どこに居ます?」
「…………北で……会議……」
「北?」石像はそれ以上、何も言わない。
「……そうですか」カヅチは苦笑する。
「じゃあ、仕方ないか……」
自分の部屋へ戻ろうと歩き出す。そして、ふと足を止め、少し考える。
「…………あっ!」ポンッと手を叩く。
「そっか!」カヅチの顔が明るくなる。
「昨日壊した南の街の掃除に行こう!それなら出張っぽいもんな!」
思いついたら早い。カヅチは自分の部屋へ戻り、机の上に置き手紙を残す。
『南の街へ出張掃除に行ってきます。カヅチ』
「これでよし」箒を肩に担ぎ走る。
「……よし」そして魔王城の外へ。
広大な魔界の空を見上げる。カヅチは箒を地面へ置いた。
「【飛行】!!」ふわり。
「おぉ……」箒が浮いた。カヅチの口元が緩む。
「……浮いた」もう一度魔力を通す。
「あはは……本当に浮いてる」嬉しそうに笑う。
「よし……」カヅチは箒に両足を乗せる。
まるでスケートボードに乗るような姿勢。
「後は……」前を見る。
「俺の意思で自由に動けよ……」
次の瞬間……
ビューーーーーーーンッ!!
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
箒が猛烈な勢いで空へ飛び出した。
「ちょっ!?早っ!!危ないって!」
カヅチの体が後ろへ持っていかれる。
「待て待て待て!!飛行って速度も込みなの!?」
魔王城が一瞬で遠ざかっていく。
「止まれぇぇぇぇぇ!!一回止まれぇぇぇぇ!!」
もちろん、箒は止まらない。
こうして伝説の防具を箒に変えたカヅチは新たな力を手に入れた初日にして、制御不能の飛行を開始した。目指すは南の街。昨日、自分たちが派手に壊した場所。
「うわぁぁぁぁぁ!!誰か止めてぇぇぇぇ!!」
……たぶん、掃除より先に事故処理が必要だった。
◇◇◇
南の街➖➖
「はぁ、何とか着いた…死ぬかと思ったよ…」
カヅチが箒に乗って降り立った瞬間。
「…うわ…また来た…」誰かの声。
街の人々が、一斉にカヅチを見る。
白い目。ヒソヒソと交わされる声。
「……あれ、昨日の……」「魔族と一緒にいた奴だろ?」「オークション会場を壊した……」「街までめちゃくちゃにして……」
「…あはは…」カヅチは苦笑する。
「その反応……ですよねぇ」
その時だった。「この人でなしっ!!」石が飛んできた。
「うわっ!?」カヅチが箒で弾く。
だが、次々と石が飛んでくる。
「ちょっと! 危ないって!」
「黙れっ!!お前のせいで……!」
人垣の向こうから、一人の女性が飛び出してきた。
「……あんたのせいで……」目には涙。震える声。
「あんたのせいで……アゼルが死んじゃったじゃないっ!!」
「……ダメだったのか…」カヅチの表情が止まる。
「“ダメだったのか?”ふざけないで!あんたたちが殺したんでしょ!!……あんなに強かったのに…… うぅ……うぅぅ……」
女性はその場にしゃがみ込み、顔を覆った。
カヅチはしばらく黙っていた。
そして、静かに口を開く。
「……強かったなら……死なないよ」
「……え?」「本当に強かったなら、生き残る」
カヅチは女性を見る。
「それに……死ぬ覚悟もないなら……勇者ごっこも魔王討伐も、やめた方がいい」
「…………」周囲が静まり返る。
カヅチは視線を逸らした。
(……俺は、生きたくて土下座したけど……)
脳裏に蘇る、魔王ル・セポネの前で、必死に頭を下げた自分。
(……まぁ、俺は死ぬのが嫌で勇者じゃなくなったけどな)
カヅチは小さく息を吐き、女性の肩をポンとする。
「……死ぬことより、生きることの方が難しい時もありますから」そう呟いて、箒を肩に担いだ。
「では…俺はオークション会場を直して掃除して帰りますね」
女性は何も言えなかった。カヅチはそのまま歩き出す。街の人々が、無言で道を開けていく。
カヅチは少しだけ振り返る。
「……あ、あと」街の人々を見る。
「昨日は……お騒がせすみませんでした。壊した分は、ちゃんと綺麗にして帰ります」ペコッと頭を上げる。
カヅチは再び歩き出した。
その背中を、誰も追いかけなかった。
ただ……
「……あの人……本当に掃除するんだ……」
誰かが、小さく呟いた。カヅチは聞こえないふりをして、箒を握り直す。
「さて……掃除するか」目の前には、瓦礫の山。
かつて勇者だった男は、今日も箒を構える。
英雄でもない。勇者でもない。ただの清掃員として……。
「【修復】!」瓦礫が一瞬で元の形へ戻っていく。
「よし……まずはここからだな」
南の街に、掃除の音が響き始めた。
続




