第20話 誰かの善悪の物差し
南の街・オークション会場跡➖➖
それは、一人の商人が瞬きをした……ほんの一瞬の出来事だった。
商人が目を開ける。目の前には、空を飛ぶ街の兵士。
「…………?」
もう一度、瞬きをする。今度は……笑いながら兵士に突っ込む魔王と鬼。
「………!!」三度目の瞬きで商人はゆっくり膝をついた。
「あぁ、ぁぁ……この世の終わりだ……」
だが……「魔族っ!そこまでだっ!!」
セポネと羅刹鬼夜叉の前に、数人の転生勇者たちが立ちはだかった。
セポネは勇者たちを見つめる。
「お前か?」
「……何がだ?」
「さっきの爆発じゃ。お前のせいでオークション会場が吹っ飛んだではないか」
「……お前が死ぬなら、世界を壊してでも構わないだろ…。結局お前が世界を壊すのだから!」
セポネは少しだけ目を細める。
「戯言を…浅はかな思想が強いな……」
「黙れっ!!魔王を倒すためなら、俺は何だってする!」
「……そうか」セポネは小さくため息をつく。
「妾は……誰も殺したくなかったんじゃがな…。お前たちが騒ぐから、どうやら“お目覚め”のようじゃ…」
その声には、怒りよりも諦めに近い響きがあった。
力でねじ伏せることなど、セポネには難しいことではない。それでも、できることなら誰一人傷つけずに終わらせたかったのだ。それはこれから起きる者の強さを知っているから。
その時……地面で寝ていた魔女が起きた。
「んん~~~……ん?なんか……すっごいムカつく殺気、かましてるやついるんですけど……」
ゆっくりと一人の魔女が起き上がった。
長い髪。眠そうな目。そして、額には何かの王
を示す冠の紋章。そう、この魔女は魔王四天王の一人。冥冠のサルヴェナ。
「あれぇ……?」
サルヴェナは周囲をキョロキョロと見渡す。
「あっ!?羅刹じゃない。何やってんの?」
「何って……サルヴェナ様を迎えに来たに決まってるでしょ!寝てる間に攫われやがって!」
羅刹が呆れたように答える。
「………攫われた?誰が?…… 私が?」
サルヴェナが自分を指差す。
「そうだよ」
「…………」しばらく考える。
「……はぁ?」
「はぁ?じゃない!」
「あんたの言ってる、それが本当なら……」
サルヴェナは真剣な顔で呟いた。
「私、雑魚じゃん……」
「いやいやいや!雑魚ではないが…」
羅刹が慌てて手を振る。
「北の四天王、冥冠のサルヴェナが雑魚なら……魔王様以外、全員雑魚になっちまうって話だ」
「そっかぁ~!そうだよね〜。私は四天王最強だからなぁ〜」サルヴェナは納得した。
「……じゃあ!羅刹!こいつら皆殺しで帰ろう!」
ニコッ。その瞬間、セポネから、凄まじい殺気がサルヴェナに放たれた。
空気が一瞬で凍りつく。先ほどまでの軽いやり取りが嘘のように、周囲の者たちが息を呑んだ。サルヴェナの軽い冗談を許す類いのものではなかった。
「……っ!誰だよっ!!」
サルヴェナが瞬時に後ろへ飛び退く。
じーっとセポネを見る。
「あれ?……なんで、セポちゃん?」
「そうじゃ!お前の“皆殺し”を止めに来たというのに……」セポネが頭を抱える。
そして羅刹をジト〜っと見て指差す。
「お前のこのバカが馬鹿すぎて、全部台無しじゃ!!」
「えぇぇ!?俺!?」
「貴様だ!バカモン!!」
「すみません!」
「サルヴェナ……お前にも怒っておる!」
「えへへ……ごめんさい」
「絶対反省しておらんじゃろ!」
「でも結局、セポちゃんも皆殺しでしょ?」
「したくないわ!!」
ル・セポネは大きくため息をつく。
「……じゃが」周囲を見る。街の兵士。転生勇者。
そして、こちらへ向けられた無数の武器。
「向こうが大人しく逃してくれそうにもないしな……」
その瞬間……!!
「魔王!!来ないならば、こちらから行くぞ!!」
一人の転生勇者が手を掲げる。
「【終焔礼砲】!!」
巨大な炎の塊が生まれ、セポネたちへ向かって放たれた。
「ざけやがって!ぶった斬ってや……」
羅刹鬼夜叉が大剣を構えたその時……
……スッ。一人の男が前へ出た。
「【高圧洗浄極】!!」ブシャァァァァァァァァ!!
凄まじい水圧が炎を真正面から吹き飛ばした。
「なっ……!?」炎が霧となって消える。
炎の熱が一瞬で押し返され、周囲に白い水蒸気が立ち込めた。轟音の余韻が消える頃には、そこにあったはずの炎は跡形もない。代わりに、箒を担いだ男が一人、魔王たちの前に立っていた。
カヅチは小さく息を吐く。そして転生勇者を見る。
「今、“人間にとって大事な話”してる時だから……少し待ってろよ」
「貴様……!」転生勇者が怒りに顔を歪める。
「人間のくせに魔族の……悪の側につくつもりか!!」
カヅチは、深いため息をついた。
「はぁ~~……」そして、静かに一歩前へ出る。
「俺は……誰かが決めた善悪で人を見ない。そうしないと……本当に救わなきゃいけないものが、霞むから」カヅチは転生勇者たちを見据える。
セポネが、少しだけ目を見開いた。
「カヅチ……お主…」小さく呟く。
カヅチは箒を下に下ろす。
そして、手招きする。クイクイ。
「ほら、自信あんだろ?現役勇者さん。」ニヤッ。
「来いよ……才能の違いを見せてやるから☆」
そしてまた一歩、前へ。
その背中には、かつて勇者として戦場に立っていた頃とは違う落ち着きがあった。誰かに命じられたわけでも、正義を掲げているわけでもない。自分で考え、自分で選んだ場所に立っている。
転生勇者が剣を握り直す。
「貴様……!元勇者風情が……!」
「ふふ、まあ……魔王様よりは弱いけどな☆」
カヅチは少しだけ笑う。
「…………ぷっ」
ル・セポネが我慢できずぷるぷると肩を震わせる。
「あははははっ!!」
「あっ!魔王様、笑わないでくださいよ……」
「カヅチ。お主!かっこいいのぉ!!“才能の違いを見せてやるから☆”って!あはははっ!いつか妾も言いたいのぉ、“才能の違いを”……ぷっぁっはっはっ!」
「……そこ褒めるところですか?絶対いじってますよね…」
「当然じゃ!」ル・セポネは嬉しそうに笑う。
その隣で、羅刹が大剣を担ぎ直す。
「じゃあ俺もやっちゃいます?」
「ダメだ、お前は関係ない人をサルヴェナから守れ!」
「……やっぱそっちですか…。了解!」
サルヴェナは欠伸をしながら大きく背伸び。
「じゃ、私も殺るかぁ〜!」
「サルヴェナ…ほどほどにせんと妾と殺りあうことになるぞ…」
ル・セポネが角を輝かせる。サルヴェナはニヤリと笑う。
「現役勇者さんたち……。また明日から仲間と冒険出来るように俺が助けてやるよ」
カヅチが箒を構える。
「……ほざけ!全員討伐してやる!」
転生勇者たちも、一斉に武器を構えた。
元勇者。魔王。北の四天王。その右腕。
そして……人間の転生勇者たち。
南の街を舞台に、両者が睨み合う。
それぞれが、それぞれの正義を信じている。
人間を守ろうとする者。仲間を守ろうとする者。
そして、自分たちの信じるものを譲れない者。
誰が正しく、誰が間違っているのかなんて簡単に決められるものではなかった。
「さぁ……来いよ…掃除の時間だ」カヅチが呟く。
こうして南の街で、元勇者と魔族と転生勇者の戦いが始まった。
続




