第15話 カヅチの休日
魔王城・カヅチの部屋➖➖
「…………ん?」
カヅチがゆっくり目を開ける。
いつものように鳴り響くアラームは……ない。
無言でしばらく天井を見つめる。
そして、枕元の時計を見る。
「わぁ、……もう昼前じゃん」
カヅチは布団の中で伸びをする。
「……寝過ぎたな。はぁ……なんか……勇者の頃より平和な気がするなぁ……」
勇者だった頃は、朝から魔物討伐してレベル上げ。昼も魔物討伐してレベル上げ。夜は作戦会議。そして翌朝には、また魔物討伐。
「ふぁぁぁ!……今は掃除だけだもんな」
カヅチは大きなあくびをして、ベッドから起き上がり、キッチンへ向かう。
「今日は休日だし……ゆっくりコーヒーでも飲むか」
コポコポコポ……。香ばしい匂いが部屋に広がる。
「ん〜……やっぱ朝……いや、もう昼だけど……魔界コーヒーはいいな」
カヅチはコーヒーを淹れ、テーブルへ運ぶ。
そして座布団に座る。一口啜る。
「……うまい」そこで、ふとテーブルの上を見る。
コーヒー。サキュバス・チュパ姉さんから貰ったパンツ。そして、ル・セポネの汗が染み込んだ体操着。
「………俺、なんで並べたんだろ…?」
カヅチは無言で見つめる。
「……分解しようかな……」
サキュバスパンツへ手を伸ばす。だが、止まる。
「……やっぱ勿体無いかな?」数秒考える。
「……え?勿体無いって何?何使うの?履くの?」
カヅチは自分で自分にツッコむ。
「何が勿体無いんだよ…分解しかないだろ?」
パンツを見る。そして体操着を見る。
こっちはサキュバスのパンツ。こっちは魔王の体操着。どちも強烈なフェロモン。
本来なら、さっさと処分するべきものだ。なのに、なぜか手が止まる。
自分でも理由が分からないのが、余計に厄介だった。
「ダメだダメだ……俺、勇者だよ?色欲に溺れて失敗した勇者をたくさん見てきたじゃん……」
腕を組み、真剣な顔。
「……そうだ。俺はそんな誘惑に負ける男じゃない」
数秒後……
「……でもなぁ…」カヅチの視線が体操着へ戻る。
「俺…“元勇者”だからなぁ……」さらに数秒。
「…………一回だけ」手が伸びる。
「顔埋めてから分解しても……」
その時だった……
突然、目の前にV字のラインが現れた。
「……うわぁ…すっごい食い込んでるなぁ」
「おいっ!!少しは驚けっ!!」
カヅチは冷静に顔を上げる。
「魔王様」
「なんじゃ?」
「俺、今日休みですよ」
「知っておる!それがどうした?」
「…………」
カヅチは上を見上げて話すのに疲れて、目の前のV字に話しかける。
「休みの日くらい、そっとしておいてください」
「なぜそこに話しかけるんじゃ!ちゃんと顔を見て話せ!そこは妾であって妾ではないっ!!」
セポネが腰に手を当て突き出す。
「いや……そんなにVを近づけるから……どんだけ自信あるんだよ…臭かったらどうすんだよ…」
「臭くはないっ!ふっ、まぁ、よい!そこに話したければ話し続けろ!」
セポネは笑いながら開き直った。
「いや、話したくて話してるわけじゃ……上見て話すのが疲れ…」
「黙れ!それより、お主。今日は暇じゃろ?」
「………暇じゃ…」カヅチは嫌な予感がする。
「南の街へ行くぞ。付き合え!」
「俺……休みなん……」
「早く用意せいっ!」
(うわぁ、この人…全然話し聞かないじゃん…)
カヅチは呆れた顔でセポネを見る。
「……で、何で南の街なんです?」
「うむ。実はな……南の街に、魔女が一人捕まっておる」
「……魔女?」
「ああ。妾の部下じゃ」
セポネの表情が、少しだけ真剣になる。
いつもの騒がしさが、ほんの少しだけ引いていた。
魔王としての威厳を見せつけるわけでも、冗談でごまかすわけでもない。ただ、部下を心配する者の顔だった。
「人間どもに捕らえられて、牢へ入れられておるらしい。近々、“コレクター”とやらに売られてしまう…」
「それなら……魔王様が行って助ければ?」
「それが出来れば苦労はせん!妾が人間の街で暴れたらどうなると思う?」
「……戦争?」
「そうじゃ」セポネは即答した。
「魔王が人間の街へ現れた。それだけで、人間どもは妾が攻めてきたと思うじゃろう。軍や転生勇者が動けば……それこそ大事じゃ…。それに、魔獣を連れて行っても同じじゃ。街中で戦闘になれば、多くの者が死ぬ」
カヅチは少し考える。
「なるほど……じゃあ、どうするんです?」
「だから、お主じゃ」
「……俺?」
「うむ。お主なら人間じゃ。しかも勇者」
「……元、ですけどね」
「細かいことは気にするな」
ル・セポネはニヤリと笑う。
「魔女が死んでしまえば、妾の力で生き返らせることはできる。だが……捕まっている以上、何も手出しは出来ん!出来れば殺さず助け出したい」
カヅチは小さく息を吐く。
せっかくの休日が消えていく。しかも相手は魔王ル・セポネだ。断ったところで、まともに聞き入れてもらえる気がしない。
それに、捕らえられた魔女を放っておくという選択肢は、カヅチの中にはなかった。
「つまり……人間の街に入って、魔女を助け出してこい、と?」
「そういうことじゃ!妾も変装して行く。どうじゃ?」
「…… 俺の休日は?」カヅチは頭を掻く。
「南の街で妾とデートじゃ!」
「んっ?それ質問の答えになってませんよ!?」
「あはははっ!気にするな!」
ル・セポネは楽しそうに笑い、踵を返す。
「妾も着替えてくる!準備が終わったら城門前じゃ!」
そのまま壊れた扉から出ていった。
カヅチはセポネの去ったあとの扉をしばらく見つめる。そしてコーヒーを一口。
「……俺、今……いいって言った?それに扉いつ壊したの?」
当然、カヅチの問いに返事はない。
「……はぁぁぁ!」カヅチは深いため息をついた。
「平和な休日って……なんだったんだろうな……」
◇◇◇
しばらくして、カヅチは着替え、城門前へ向かった。
城門前に到着してもまだ誰もいない。
「魔王様、遅いな……」
すると……
「おおっ!先に来ておったのか!」
「……ん?」カヅチが振り返る。
「……可愛いいんかい…」セポネを見て小さく呟く。
そこに立っていたのは……
長い髪を下ろし、角を隠したル・セポネだった。
いつもの魔王の服ではない。少し派手目な服を身にまとい、完全に人間の女性へと変装している。
「…………」カヅチは思わず見つめる。
角が隠れ、いつもの威圧感も薄れている。それなのに、目の前にいるのがセポネだと分かると、妙に意識してしまった。
「なんじゃ?妾のことをジロジロ見て……」
ル・セポネが首を傾げる。そしてニヤリ。
「ははぁ〜ん?」
「な……何ですか?」
「さてはお主…… 溜まっておるな?」
ル・セポネがグイッとカヅチに顔を近づける。
「はぁ、早く行きますよ」
「おいっ!無視するなぁぁぁ!!」
「何の話ですか?」
「お主、妾の色気に反応しておるのじゃろう!?」
「してません」
「嘘をつけ!助平な顔をしおって!!」
「してませんって」
「ほれほれ!また抱っこするか?」
「まだ疲れてません!」
「あはははっ!お主は楽しいの〜」
ル・セポネが楽しそうに笑う。
「では、行くぞ!」
「はいはい……」
「はいは一回じゃっ!!」
「…はい。」
二人は城門を出る。目指すは南の街。
カヅチにとって、久しぶりの休日。
なのに……。カヅチは歩きながら、ぽつりと呟いた。
「……絶対、休日じゃないよな……これ」
「んっ?何か言ったか?」
「いえ、何でもありません」
こうして元勇者と魔王は、人間の街へ向かって歩き始めた。休日を奪われた清掃員と、変装した魔王。
二人の南の街への旅が、始まる。
続




