第54話:絶対零度とアーバンな泥仕合、そして花火の特等席
どこにでもある少し田舎の県立高校。そして、旧校舎の片隅にある歴史研究部。
……ではなく、八月の終わり。地元の夏祭。
智菜の索敵レーダーから逃れるように、裏道を進んでいた僕と若葉は、奇跡的な奴とエンカウントした。
「おお! これは上総介(千葉)様と若狭(若葉)ではござりませぬか!」
落ち着いた色合いの夏用和装に身を包んだ歴史研のヘタレ武士、武石胤久。
普段の時代錯誤な不審者ぶりが嘘のように、お祭りの風景に見事なまでの調和を見せている。
「武石、今日は花見川さんの両親が来ているから、彼氏彼女のフリをしてるんだ。皆には内緒だから、上手く合わせてくれ」
唯一、僕と若葉の「偽装関係」を知っている武石に、僕は小声で念を押した。
それを聞いた武石は、自身の胸をバンッと叩いた。
「ご安心めされ! お二人の『偽りの契り』の件は、この武石 胤久、主君たる安房守(里見)様にも決して漏らしませぬゆえ!!」
「声がでかい!!」
周囲に智菜や里見さんがいないか冷や汗をかきながら、僕と若葉は慌てて武石の口を物理的に塞いだ。
その後、僕らは今来たような自然な流れを装い、待ち合わせ場所である神社の鳥居前で智菜と合流した。
今更ながら、武石と智菜はこれが初対面である。
「おや? そちらにおわすのは、安房守(里見)様……ですかな?」
「妹の智菜ちゃんだ」
「どうも、結菜の妹の智菜です。素敵な和装ですね」
祭りで見事に風景に紛れ、安い浴衣とは違った重厚感のある和装に、智菜は絶対零度ながらも正直な賛辞を贈る。
しかし、武石は突然、地面にバッと跪いて平伏した。
「まさか、我が主君・安房守様にもう一人妹君がいらしたとは! 某は里見安房守様が家臣筆頭、武石 胤久! 愛菜様同様、今日より智菜様も『姫様』と呼ばせていただきまする!」
「…………」
クールながら微笑んでいた智菜の表情が一気に曇った。
頭脳明晰な彼女と言えど、この中二病を拗らせた規格外のカオスは、やはり理解の範疇を超えているようだ。
「千葉先輩……これは、何かの冗談ですか? 仰ってる意味がさっぱりわかりませんが」
「すまない。後で説明するが、本気でこういう奴なんだ……」
ロジックが一切通用しない純度100%の不条理(ヘタレ武士)を前に、完全にドン引きしている智菜。
僕は早々にツッコミを放棄し、妙な面子で祭りへと繰り出す。
一方、忍者姿の里見さんは、どこかで諜報活動をしているのか未だに音信不通だ。
* * *
結局、僕の両脇を若葉と智菜が挟むような形で、屋台通りを巡ることになった。
そして必然的に、二人のヒロインによる、絶対零度とアーバンなプライドを賭けた女の戦争が勃発するのだ。
……しかし、その実態は恐ろしくレベルの低い泥仕合だった。
早速二人は射的の屋台で、若葉が見当違いの方向にコルクを飛ばし、あっけなく弾を無駄にする。
「そもそも、こんな暴力的なゲームはエシカルじゃないし!」
「ふふ……甘いですね、先輩。弾道の放物線と景品の重心を計算すれば、こんなもの必中です」
対する智菜は、スナイパーのようにロジカルな計算を弾き出して引き金を引いた。
しかし――パンッ! という音と共に、コルク銃の意外な反動に物理的な腕力が追いつかず、弾は景品をかすりもせずに明後日の方向へ消えた。
「……粗悪な銃身と、メンテナンス不良による弾道のブレです!」
赤面しながら必死の言い訳をする智菜。
そこへ、ここぞとばかりに若葉が口元を手で隠し、勝ち誇ったように見下ろしてマウントをとる。
「あら、頭脳明晰で完璧超人の智菜さんも、実践はあまり得意ではないんですねぇ~。ふふ……お可愛いこと」
どこかで聞いたことのあるような、オマージュ台詞が炸裂。
その完璧なドヤ顔での煽りは、智菜のプライドを粉々に打ち砕くには十分すぎた。
「……っ! その中身のないアーバンな煽り、到底看過できません! 次です、次は型抜きで勝負です!!」
「望むところだし! 私のアーバンでサステナブルな指先が勝つか、あなたの屁理屈が勝つか、教えてあげる!」
両者とも全く成果(景品)がないまま、完全に僕を放置して、血で血を洗う低レベルなマウント合戦に没頭し始める。
「針の侵入角が……!」
「エシカルな力が……っ!」
パキッ。パキッ。
型抜きの屋台でも、開始数秒で型を粉砕しては醜く言い争う二人。
口ばかり達者で全く使い物にならない二人の泥仕合と、屋台のおじさんからの生温かい視線に晒され続け、終いにはちっちゃい子たちにまで笑いものにされる始末だった。
まったく、人類がいつまで経っても争うことをやめられない理由が、痛いほどよく分かる。
僕の精神と胃壁はついに限界を迎えた。
「……悪い。ちょっとトイレ行ってくる」
僕は呆れ果て、生気を失った死んだ魚のような目で告げたが、二人は自らのポンコツを露呈するだけの醜い言い争いに夢中で、生返事しか返ってこない。
(もう嫌だ……帰ろう。僕の祭りは終わったんだ……)
僕はそのままひっそりと戦線(屋台通り)を離脱し、人混みを避けるように、人気のない暗い神社の境内へと逃げ込んだ。
すべての修羅場から解放された僕が境内の階段にたどり着くと、そこには見覚えのある「真っ黒な忍び装束」が座っていた。
首から下げた双眼鏡で、真剣に夜空を観察している里見さんだった。
「……里見さん。何してるんだ、こんなところで?」
「千葉くん! 大変です! 今日の花火が弾ける幾何学模様は、見た人間を洗脳するディープステートのサブリミナル兵器です! だからこうして遠くから監視を……」
何だか懐かしい、いつものIQ3の陰謀論。
しかし、下界のドロドロしたマウント合戦とすべての偽装に疲れ果てた僕にとって、一切の体裁もマウントもない彼女のブレない狂気は、不思議なほど居心地が良かった。
「……ああ、そうだな。洗脳されないように気をつけろよ」
僕はツッコミを放棄してそう流すと、無言で彼女の隣に腰を下ろした。
ヒュルルルゥゥ……ドンッ!
夜空に、鮮やかな大輪の花火が次々と打ち上がる。
境内には僕と彼女しかおらず、薄暗闇の中、静かで穏やかな時間が流れていく。
気を遣う必要もないし、変に女の子扱いしなくてもいい……。
IQ3の陰謀論さえ目をつぶれば、ある意味一緒にいて一番楽な存在なのかもしれないな。
まあ、目をつぶれればの話だが……。
「不思議なものですね。春は私と千葉くん二人だけだったのに……」
双眼鏡から目を離し、花火を見上げながら、里見さんがポツリと打ち明けた。
「……ん?」
「今は、若ちゃんや武石くん、佐倉先生、歴史研もにぎやかになって。この夏休みはみんなと色々なところに行けて、凄く楽しかったですね!」
夜空を映す彼女の瞳には、一切の陰謀論の影はなかった。
常に我が道をゆく彼女は、その狂気故、必然的に孤独な存在であった。
だからこそ、人との繋がりを尊いと感じている。
「そうだな。僕も……悪くない夏休みだったよ」
精神的英国人としての、感情を抑えた最大限のアンダーステイトメントな賞賛。
その新しい一面に気づき、僕は少しだけ口角を緩めた。
沢山の大きな花火が止めどなく咲いては消え、まるで人間の営みみたいに、一瞬の光が幾重にもなって夜空を埋め尽くしていく。
ああ、歩く厄災と猛獣使いは、静かに並んで空を見上げながら、狂気と少しのエモさに満ちた夏休みの終わりを美しく飾るのだった。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
【第54話】は、夏休みの終わりを飾る花火と、ヒロインたち(?)の泥仕合でした。
歩く厄災と猛獣使いの夏休みは、こうして静かに幕を閉じました。
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夏休み編もあと一話……次回もお楽しみに!




