第55話:夏の終わりと、ツンデレ幼馴染の覚醒
どこにでもある少し田舎の県立高校。そして、旧校舎の片隅にある歴史研究部。
……ではなく、夏休み最終日。日も落ちた近所のコンビニ。
史上稀に見る常軌を逸した夏休みイベントから解放され、僕はようやく平和で文化的な最低限度の日常を取り戻していた。
うだるような昼間の熱気が嘘のように引き、涼しい夜風が吹き抜ける時間帯。
僕は半袖短パンという完全に気の抜けた部屋着スタイルで、近所のコンビニへと足を運んでいた。
手にはビニール袋。中身はペットボトルのアイスティーと、適当に選んだ棒アイス。
ただ純粋に糖分と冷気を求めているだけの、何気ない普通の買い物である。
ディープステートを叫ぶ陰謀論者も、小うるさいアーバンガールもいない。
今日は、いままでの鬱憤を晴らすように、一日中クーラーのきいた自室で読書に没頭できたってものさ。
ああ、これが本来あるべき高校生の夏休みだ。
そんな静かなぬか喜びに浸りながらコンビニの自動ドアを抜けた時、ふいに聞き覚えのある懐かしい声に呼び止められた。
「え……千葉!?」
振り返ると、そこにはワイドパンツにシンプルなTシャツという、ラフながらも洗練された服装の少女が立っていた。
ツンとしたクールな顔立ちに、夜風に揺れる黒髪のツインテール。
高校生にもなって随分と幼い髪型だが、昔から彼女のトレードマークでもある。
小中学校が一緒だった幼馴染、市川 碧だった。
「ああ、市川じゃないか。久しぶりだな。予備校の帰りか?」
「あ……まあね! 田舎の県立高校に行ってるあんたと違って、世田浜の生徒は忙しいのよ!」
ツインテールを揺らしながら、市川は少し顎を上げて高飛車に言い放った。
『世田谷教育学園美浜高等学校』……通称、『世田浜』と呼ばれる県下ナンバーワンの私立進学校だ。
彼女はその不遜な態度や見かけに反して、大変な努力家だった。
中学二年くらいまでは僕より成績が下だったはずだが、一念発起して猛勉強の末に世田浜へと進学した凄い奴だ。
僕としても、彼女のその猛烈な向上心には、いつも敬服させられていた。
「相変わらず勉強熱心だな。感心するよ」
「ふ……ふん! あんたも、予備校にでも通って、大学くらいは私と肩を並べられるといいわね!」
僕が素直に称賛の言葉を向けると、市川は少し顔を赤らめてそっぽを向いた。
わざわざ嫌味な言い回しをしてはいるが、要するに「お互い大学受験に向けて頑張ろう」という励ましなのだろう。
旧知の仲である幼馴染としての不器用な激励が、僕には心地よかった。
昔から、彼女は典型的な『ツンデレ』というやつで、その一見嫌味でネガティブな言い回しは、英国人にも通じる遠回しな肯定そのものだった。
その彼女の奥深い様式美は、精神的英国人を自称する僕にとっても、どこか親近感を感じさせる。
「そういえば、どうせあんたのことだから、今年の夏休みもぼっちで読書してたんでしょ?」
市川は馬鹿にしているような口調で、僕の一番理想的な夏休み像を的確に提示してみせた。
やはり、市川は頭がいい。僕が何を望んでいるのかを熟知している。
少し鼻につく態度や言い回しも、幼馴染としての距離感からくる気安さだ。
「いや、それがさ。部活の奴らと海や山に行く羽目になって、色々と大変だったよ」
「え? あ……ふーん」
僕の意外な夏休みの気苦労を聞いて、市川はあからさまに動揺し、露骨に狼狽して見せた。
嫌味な態度をとりながらも、僕の気苦労に対して気を遣ってくれているのだろう。
本当に、クソが付くほど真面目な奴だ。
「まあ、あんたにしては、充実した夏休みだったみたいじゃない! でも、どうせ男ばかりのむさ苦しい夏休みだったんでしょ?」
「ああ。それがな、部活に頭のおかしい女子や、ポンコツな後輩女子もいて、本当に大変だったんだ」
海でIQ3のバーベキューに付き合わされ、山ではポンコツな後輩の介護で重い荷物を持たされる。
挙句に、若葉には偽装彼氏を強要されるわ、里見さんの暴走を止めさせられたり、肉体的にも精神的にも、筆舌に尽くしがたい苦行だった。
「へ……へぇー! で……でも、別に海や山に行った数日だけなんでしょ? あとはいつもと変わらず……」
「だったら良かったんだが、色々あって家に押しかけて来たり、あの迷惑な奴らの家に行かなきゃならなくなってな……本当に大変だったよ」
「え……? 女の子の家に……あんたが?」
「ん……ああ、そうだけど」
僕のことを慮ってか、市川は口を両手で押さえて放心し、驚きを隠せないといった様子だった。
他人の休日のトラブルに対して、ここまで感情移入できる感受性の高さ。
やはり県下ナンバーワンの世田浜に通ってる奴は、田舎の県立の連中と違って人間としての情緒も深く育っているようだ。
「っ……!! そ、そうなんだ! じゃあね! 私はあんたと違って忙しいから!」
ハッと我に返った市川は、顔を真っ赤にしたまま、爪をギリギリと噛みながら踵を返して夜道を去っていった。
何故か怒りと焦りに満ち溢れた様子だったが、きっと幼馴染の身を案じてのことなんだろう。
忙しいのに、わざわざ立ち止まって僕の気苦労を気にかけてくれるなんて、本当に優しい奴だな。
「……だけど、相変わらず、せわしない奴だ」
僕は首を傾げながらも、幼馴染とのひと時のノスタルジーに口角を上げ、溶けかけのアイスをかじって帰路についた。
(来年はもう受験生か。僕もあいつのあの熱心さを見習わないとな……)
ああ、史上稀に見る常軌を逸した高校二年生の夏休みは、旧知の幼馴染との再会によって幕を閉じたのだ。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
これにて、長かった【夏休み編】は本当に完結となります。
最後にして、まさかの王道属性『ツンデレ幼馴染』の登場でした!
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……次回もお楽しみに!




