第53話:夏祭りと自業自得のサバイバル
どこにでもある少し田舎の県立高校。そして、旧校舎の片隅にある歴史研究部。
……ではなく、八月も残り僅かとなり、ようやくクーラーの効いた自室で平穏な夏休みを取り戻しかけていたある日のことだった。
僕のスマホに、若葉から悲痛なSOS(着信)が入った。
デジャブだ。嫌な予感しかしない。
――『千葉先輩! 明日の地元の夏祭り、一緒に来てください! 両親が地元の運営側に挨拶回りするんですが、『若葉の彼氏(偽)にも挨拶したい』って……!』
「いや、いくら何でも地元の祭りにまで……それに、周囲に秘密がバレるリスクが高いぞ」
『まだ婚約騒動のほとぼりが冷めてないんです! ここでボロを出したら、私たち終わりですよ!』
電話越しにも伝わってくる若葉の必死な圧。
花見川家の両親に対しては、まだ体裁を保たねばならず、僕に逃げ道は用意されていなかった。
重い溜息をつき、僕は仕方なく彼女の要求に合意した。
だが、本当の地獄はここからだった。
若葉との通話を終えた数分後、今度はあの絶対零度の中学生、里見 智菜からの着信だった。
――『千葉先輩、明日の地元の夏祭りですが、伝統行事の民俗学的考察の為、ご一緒しませんか?』
……完全に不自然な誘いである。
まだ里見家の安泰の為に、僕を親族にしてシステムに組み込もうとしてるのかもしれない。
つい先日、偽装彼氏の提案を断った手前、絶対に若葉との偽装関係がバレてはいけない僕は、苦し紛れの無難な嘘を返信した。
『歴史研のメンバーと先約があるからゴメン!』
すると、想定内かのようにすぐにレスポンスが返ってくる。
――『……そうですか。じゃあ、私も姉さんと行きますね。会場でお会いしましょう』
(……しまった! 歴史研のメンバーって、里見さん(歩く厄災)も入ってた!!)
自分の言い訳が、最悪の時限爆弾を起動させてしまったことに気づき、僕は血の気が引くのを感じた。
嘘がバレないよう、慌ててフォローを入れる。
『ああ、そう言えば、里見さんにはこれから声を掛けるところだった! ついでに伝えておいてくれないか』
――『千葉先輩……何か焦ってませんか?』
電話越しでもわかる、智菜の氷のように冷たい疑念の眼差し。
勘のいい彼女を必死に撒きながら、僕は自業自得の絶望に頭を抱えた。
絶対零度の策士とラスボスが、僕の言い訳によって強制召喚されてしまったのだ。
***
翌日、夏祭り当日。
偽装関係を演じる為、僕と若葉は歴史研メンバーとの待ち合わせの30分以上前に、会場である神社に到着していた。
Tシャツに半袖シャツという『The・普通の高校生』の装いの僕の前に、若葉が現れる。
「古い物なのでコンサバすぎて、アーバンさには欠けますが、どうでしょうか?」
若葉が着ていたのは、花見川家に代々伝わるという上質な仕立ての若草色の浴衣だった。
彼女はそういうが、そのコンサバさが普段の薄っぺらいアーバンさを上手く補正しており、本物の令嬢に見える。
思わず見惚れかけるほどの奇跡的な美しさだったが、普段の彼女を知ってる分、どう伝えたらいいものか。
「ああ……悪くない。馬子にも衣裳ってやつだな」
「はい? それって褒めてるんですか?」
僕のアンダーステイトメントな賞賛に、若干不満気味に唇を尖らせる若葉。
だが、今はそれどころではない。
僕はすぐに、里見さんと智菜がこの会場に来るという最悪の事態を彼女に共有した。
「嘘でしょ!? あの絶対零度に見つかったら、面倒な事になりますね!」
「だから、君の両親の前以外では絶対に離れて行動する。見つけ次第、今来たばかりという感じでいくぞ」
僕たちはここに、智菜の索敵レーダーを潜り抜けるための『運命共同体(偽装同盟)』を結成したのだった。
その後、祭りの会場で挨拶回りを行っている花見川家の両親と無事に合流。
格式高い和装の両親は、若葉の隣に立つ僕の服装を、少し値踏みするように見つめてきた。
「ところで、千葉くんは浴衣じゃないのかね?」
「せっかくだから、二人の浴衣姿も見たかったわ」
地元の名家として、それらしい出で立ちを求められている圧をビンビンに感じる。
「いいえ、僕が普通の格好の方が、若葉さんの格式高い浴衣が引き立ちます。服装とは自分の為でなく、相手に対してのリスペクトだと考えていますので」
英国紳士の美学を用いた完璧な言い訳。
単に浴衣を着るのが面倒くさかった(持ってもいない)だけなのだが、僕は涼しい顔をして言葉巧みな隠蔽工作を放った。
「さすが千葉くん! 相変わらず、高校生離れした聡明さだ!」
名家の圧をスマートに跳ね除け、良い彼氏を演じ切った僕に、父親は手放しで感心している。よし、第一関門突破だ。
……そう安堵したのも束の間だった。
「皆さん、娘の彼氏の千葉くんです。大人の私でも感心するくらい、至誠があって聡明な子でして」
父親が、周囲の町会関係者に向かって、あろうことか僕のことを大々的に紹介し始めてしまったのだ。
「めでたいねー!」
「お嬢様のハートを射止めるなんて、羨ましいな!」
「若いっていいね!」
周囲の大人たちから巻き起こる、謎のスタンディングオベーション。
僕の住んでいる町会ではなかったものの、こんな噂が広まれば智菜の耳に入るのも時間の問題だ。
僕は青ざめ、引き攣った苦笑いを浮かべることしかできなかった。
「まったくもう! こ……困っちゃいますね、千葉先輩!」
隣を見ると、赤く染まった両頬を押さえながら、若葉が何やら嬉しそうに右往左往している。
……このアーバン娘、素直に恥ずかしがってる場合か。
僕の悩みの種は増える一方だった。
ようやく両親から解放された僕たちは、周囲を警戒しながら人混みを進んでいた。
歴史研メンバーとの待ち合わせ時間までは、あと20分くらいある。
その時だ。
人混みの向こうに、藤色の浴衣を着た智菜の姿を発見した。
自分を魅力的に見せる術を完璧に計算し尽くした見事な出で立ちだが、その目は完全に据わっており、獲物を探すハンターのように鋭い視線で周囲(僕の姿)を索敵している。
「ひっ……!?」
「え……!? ちょっと、千葉先輩!」
僕は慌てて若葉の手を引き、近くの屋台の影に身を隠した。
心臓が早鐘を打つ。あれではまるで、スパイ狩りの目じゃないか。
ギリギリで見つからなかったことに安堵した、その瞬間だった。
――タタタタタタタタタタッ!!
「……ん?」
二人の目の前を、「真っ黒な忍び装束(ザ・不審者)」が猛スピードで駆け抜けていった。
前傾姿勢で両手を後ろにピーンと伸ばす、あの有名なナ〇ト走り。
そしてその額には、キラキラと銀色に光り輝く手作りのアルミホイル製額当てが巻かれている。
「花見川さん……今、完全に周囲から浮きまくった、不審者全開の忍者が通ったよな?」
「は……はい。おそらくあれは……」
あれの正体が誰なのか、僕の脳細胞は必死に現実逃避しようとしていた。
ああ、こうして、絶対にバレてはいけない僕らの地獄のステルス・サバイバルが幕を開けたのだった。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
【第53話】は、夏祭りを舞台にした絶望のステルス・サバイバル(前編)でした。
逃げ場のない祭りの会場で、千葉くんと若葉の「偽装同盟」は果たして生き残ることができるのか……!?
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次回、波乱の夏祭り中編もお楽しみに!




