第51話:トラップだらけのお茶会と、絶対零度の冴えた提案
どこにでもある少し田舎の県立高校。そして、旧校舎の片隅にある歴史研究部。
……ではなく、お盆も過ぎた、閑静な住宅街の魔窟――里見家。
なし崩し的に智菜に連行された先は、一見するとどこにでもある日本の一般的な家庭のリビングだった。
しかし、僕にとってはカフカの『城』や『審判』といった不条理小説に迷い込んだかのような、息苦しい異様な空間に感じられていた。
縁側の外の庭では、先ほどまでエンジン式ドリルを振り回していた長女(結菜)と、巻き込まれた三女(愛菜)が、炎天下で必死に土を埋め戻している。
その狂気の光景を完全にスルーして、クーラーの効いたリビングでは母親が気持ち悪いくらい嬉々としながらお茶の用意を始める。
「暑かったでしょう。さあさあ。冷たい物でも」
「あ……どうぞ、おかまいなく……」
僕は苦笑いしながら座布団に座る。すると、そこへモッドガール姿の智菜がスッと割り込んできた。
「ダメよ、母さん。千葉先輩の好みがわかってない」
智菜は母親が用意した麦茶とスイカを背後にそっと隠し、代わりにテーブルの上へあるものをセットし始めた。
それは、舶来のアンティーク・ティーセットと、色とりどりの小さなケーキやスコーンが並べられた、三段のケーキスタンドだった。
(……和風の座卓に、どう見ても不釣り合いな本場英国さながらの貴族趣味のアフタヌーンティー。異様でしかない)
「凄い本格的だけど、いつもこんな感じなの……?」
「ええ、千葉先輩。我が家のティータイムはいつもこんな感じですよ」
智菜は全く表情を変えることなく、平然と言い切った。
かくして、両親から満面の笑みで見つめられながらという、まったく落ち着かない地獄のようなティータイムが始まったのだ。
「ところで、千葉くんには兄妹とかはいるのかな?」
父親が、探りを入れるように何気なく口を開く。
「あ、はい。妹が一人おります」
「ということは、長男か」
「ええ、まあ……そうですが」
両親はソワソワと顔を見合わせ、腹の内を隠しながら示し合わせたかのように話を続ける。
「結菜は長女だが、別に私は嫁にやっても構わないと思っているんだ」
「そうね、家のことより本人の幸せが一番だものね」
「は……はあ」
ティーカップを片手に、首を傾げる僕の反応を見ながら、里見さんの父と母は恐る恐る言葉を重ねていく。
「ところで千葉くん。うちの結菜は中身はアレだが、見た目は結構美人だと思わないか? うちの母さんに似てね」
「あらやだ、あなたってば!」
どうでもいいやり取りを挟みながら、徐々に本題へと進もうとしている不敵さを感じる……。
まるで地獄で掴んだ蜘蛛の糸を絶対に放さないかのように。
僕は困り果ててしまったが、社交辞令でもここは肯定しておかなければならない。
「まあ……かなり美人な方だとは思います」
僕が答えた瞬間だった。
二人は手を取り合って、昇天でもしそうなくらいの恍惚とした表情で見つめ合った。
ゆっくりだ……。
まるでサラミでもスライスするかのように、真綿で首を絞められている錯覚に襲われる。
「いやね、千葉くん。大人は中身が大事みたいなことを言うが、世の中結局は顔が第一! やはり女性は美人である事が一番大事だと思うんだ! そう、家の母さんみたいにね」
「嫌だわ! あなたったら、もう!」
「そ……それは流石に極論では……?」
異様に盛り上がっている二人とは裏腹に、冷や汗ダラダラで僕はその流れを断ち切ろうとする。
すると、それまで静観を決め込んでいたモッドガールの智菜が、二人を窘めるように口を開いた。
「父さん、母さん。千葉先輩が困っているじゃない。いくら姉さんが手に負えない厄災だからって、やっていいことと悪いことがあるわ」
「あ……いや! 私たちはそんなつもりじゃ! 千葉くんさえ良ければと思ってね!」
「そうよそうよ! 二人の幸せあってこそだもの!」
智菜の正論に、慌てて自らの醜態を取り繕う二人。
とりあえず窮地は脱したと思い、僕が胸をなでおろそうとしたときだった。
「姉さんと千葉先輩が結婚せずとも、姉さんに首輪をつけて、皆が幸せになれるとっておきの方法があるわ」
「……は?」
一難去ってまた一難。
智菜のクールな微笑みが、更なる恐怖を助長させる。
「そんな夢みたいな方法が!」と、身を乗り出す両親を前に、智菜は静かに人差し指を立てた。
「ええ……それは、千葉先輩と私が結婚すること」
「ブフぅッ!! ……え……ちょっと待っ!!」
たまらず、僕は飲んでいた紅茶を吹き出しかける。
そして、僕の制止を振り切って、智菜は絶対零度のロジックを淡々と重ねる。
「猛獣使いの千葉先輩も、あの姉と伴侶となって寝食を共にして、四六時中災害対応に追われれば、さすがに身が持たない。……だから、私と結婚して親族として少し離れたところから姉を監視・管理するのが、総合的に見て一番ウィンウィンだと思うの……」
「しかしな、いい案だが、智菜はそれでいいのかい?」
「ええ……それが、あの姉を持ってしまった妹の役目というもの」
「うう……智菜、お前には苦労をかけるね……」
目頭を押さえて感動に浸る母親。
そして、時代劇じみて狂ったホームドラマを目の前で実演する里見家の人々。
しかし、結局多かれ少なかれ里見さんという厄災に晒され続ける僕には、まったくメリットのない『最悪か劣悪かの選択』でしかない。
事態は、僕を完全に無視して、どんどん悪い方向へと進んで行く。
あまりの惨状に、僕はいよいよ吐き気を催しそうになる。
「……先輩、ちょっと」
しかし、絶望しかけた僕に、智菜は両親に勘づかれないよう、そっと耳打ちをした。
「今はこう言うしかなかったんです。ちょっと私の部屋で話しましょう」
と、悪夢のようなホームドラマが彼女の演技だったかのように、彼女はそう囁いたのだ。
半信半疑の僕の手を引き、僕たちは感動に打ちひしがれる両親のもとを去って行く。
ああ、こうして僕は、里見家の奥地(魔窟の最深部)へと足を踏み入れていくのだった――。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
【第51話】は、魔窟・里見家でのトラップだらけのお茶会編でした。
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次回、ついに魔窟の最深部(智菜の部屋)へと足を踏み入れた千葉くんを待ち受けるものとは……?
果たして彼女の「今はこう言うしかなかった」という言葉は真実なのか!?
皆様からの温かい応援が、千葉くんを更に魔窟の奥へと引き込みます。
今後ともよろしくお願いいたします!




