第50話:真夏の災害派遣? 魔窟里見家に潜入だ!
どこにでもある少し田舎の県立高校。そして、旧校舎の片隅にある歴史研究部。
……ではなく、お盆も過ぎた、真夏の昼下がり。
僕は自室でクーラーを効かせ、静かに読書をして残り僅かな夏休みのモラトリアムを満喫していた。
今日はカフカなどの不条理文学は読んでいないので安心だ。
不条理な出来事など何一つ起きない、完璧に制御された一人きりの時間。
しかし、そんな至福の時は、スマホの唸りを上げるような振動音によってあっさりと破られたのだ。
画面に表示されたのは、里見さんの妹・智菜の名前。
電話に出るなり、普段は絶対零度のロジックで世界を切り刻む彼女の声が、珍しく焦燥に駆られていた。
「――千葉先輩! 姉が大変なんです! 今すぐ家に来てください!」
「え……? 里見さんが大変じゃなかったときなんてあるのか?」
「――茶化さないで下さい! 千葉先輩しか姉を止められないんです! お願いですから、家に来てください!」
(嫌な予感しかしない……)
だが、年下からの悲痛なSOSを無碍にできるほど僕は人間ができてないわけではない。
致し方なく、僕は送られてきた住所――里見家という名の魔窟――へと赴くことになった。
閑静な住宅街の一角にある里見家の前に着くと、庭の方からけたたましいエンジン音が響いてきた。
やはり、嫌な予感しかしない。
覚悟を決めてインターホンを押そうとした瞬間、ガチャリと玄関のドアが開き、智菜が迎えに出てきた。
「先輩、来てくださってありがとうございます」
僕は彼女の姿を見て、背筋に冷たいものが走るのを感じた。
モッドガール風のレトロなチェックのワンピース……。
それは明らかに、僕のトラディショナルな英国贔屓を完全にプロファイリングし、計算し尽くされたいで立ちなのだ。
(……なんでいつもいつもこの子は、計ったみたいに僕好みのコーディネートなんだ……今日は急いでいたんじゃないのか?)
戦慄する僕に、智菜はさらなる衝撃の事実を告げた。
「実は姉が、泥沼化するウクライナ情勢や迫り来るC国との戦争に備えると言って、庭にシェルターを掘り始めたんです」
「……は?」
庭に足を踏み入れると、凄まじい光景が広がっていた。
作業着姿の里見さんが、あろうことか『エンジン式ドリル』を抱え、泥だらけになって地面を激しく掘削しているのだ。
僕の存在に気づいた彼女は、ドリルの回転を止め、満面の笑みでぶんぶんと手を振った。
「あ! 千葉くーん!」
「……お前は、一体何をやってるんだ?」
「はい! いつ外国から攻撃を受けてもいいよう、家族を守る為にシェルターを掘っているんです! ……ああ、ご心配なく! うちが終わったら、千葉くんの家にも掘りに行きますから!」
「いや……やめてくれ!」
僕の家の平穏な庭まで穴ぼこだらけにされる。
ここまできたら、もはや対岸の火事では済まされない。
事態が『僕自身の危機』というフェイズに移行しようとしたその時、騒ぎを聞きつけた家族が縁側に姿を現した。
「千葉先輩! 毎度毎度、うちの姉がお騒がせしてしまって申し訳ありません!」
いつものように平謝りするのは、三女の愛菜ちゃんだ。
そして、目の前でエンジン式ドリルを振り回す長女の狂気に全く動じることなく、両親がニコニコと笑いかけてきた。
「いやあ、こんにちは。君が千葉くんか。結菜の父です。いつも娘から話は聞いているよ」
「暑かったでしょう。中で麦茶とスイカでも食べて行って」
「いや……止めないんですか?」
僕が真っ当な疑問をぶつけた瞬間、両親の顔が一気に曇った。
父親はこの世のあらゆる不条理を一身に背負ったような遠い目をして、静かに語り出す。
「千葉くん。巨大台風や大地震……そういった激甚災害を人間の力で何とかできると思うかい?」
「え、災害……ですか?」
(……そうか)
僕は呆然とした。
もう里見さんの両親は、娘の奇行を『ただ耐え忍ぶしかない自然災害』として捉えているのだ。まあ、無理もないが……。
だが、この惨状を放置すれば、僕の家まで被害に遭う。
僕は深い溜息を吐き、いつものように里見さんの陰謀論の『内側』からロジックを破壊する災害対応に取り掛かった。
「……いいか、里見さん。何の攻撃を想定してるか知らないが、現代の核弾頭がもたらす熱線や放射性降下物は、庭の土を掘っただけの穴じゃ絶対に防げない」
「だから、この上にアルミホイルを被せるんです!」
「百歩譲って通常兵器だとしても、第一次大戦の地上戦じゃあるまいし、こんな塹壕は意味をなさない。ピンポイントの精密誘導兵器の前では、それはただの『少し深い水たまり』だ。それに……お前、自分がどれだけディープステートに塩を送っているか分かってるのか?」
「え?」
僕は彼女のカオスな思考をハックするように、ファクトと陰謀論をシームレスに繋ぎ合わせる。
「お前が使っているそのエンジン式ドリルの低周波と地盤の振動データは、地下を伝って敵の軍事偵察衛星に直結している。つまりお前は、自ら『ここにターゲットがいます』と巨大なビーコンを発信しているのと同じなんだよ」
「な、そんな……!?」
「それに、普段から敵の工作活動を暴こうとしている里見さんは、奴らにとって邪魔な存在だ。そんなお前が真昼間から大きな音を立てて掘削なんかしていれば、本国に報告され、襲撃の口実を与えてしまう。だからここはまず、里見さん自身が『一般人』に偽装し、工作員の目を逸らさなきゃいけないんだ!」
僕の言葉に、里見さんは熱心に耳を傾け、顔面を蒼白にした。
「危なく家族を敵の魔の手に晒すところでした! 千葉くん、ありがとうございます、目が覚めました! さすが、私の優秀なハンドラー!」
「お前みたいな、災害工作員を飼った覚えはないがな……」
里見さんは震える手でドリルを置き、かつてないスピードで今掘ったばかりの穴を埋め戻し始めた。
「急いで隠蔽しないと! ロックオンされちゃいます!!」
見事に災害が鎮圧された庭。
その横で、智菜が少し底意地の悪い笑顔を浮かべた。
「ふふ……まるで予定調和なサーカスの猛獣使いを見ているようです。あいかわらず、吐き気がするほど悪趣味で、素晴らしい手口ですね」
「ああ……色々と思うところはあるが、褒め言葉としていただいておくよ」
「ありがとうございます、ありがとうございます! 何とお礼を言ったらいいか……!」
愛菜ちゃんは、まるで仏でも見るかのように僕を拝んでいる。
そして縁側の両親は、災害被災地に皇族でも来られたかのように、曇っていた目に神々しい光を灯していた。
「まさか、あの結菜を本当に止めてしまうとは……」
「うう……あなた、『地獄に仏』とはまさにこの事ね!」
圧倒的感動に打ちひしがれる両親。
母親は目頭を熱くさせ、父親が僕の手をガシッと固く握りしめた。
「千葉くん。あんな娘だが、結菜をこれからずっとよろしく頼むよ!」
「いや……え、ずっと?」
「さあさあ、暑いから早く家に上がって。いいのよ、自分の家だと思ってくつろいでいって」
あまりのプレッシャーと、外堀が完璧に埋められていく恐怖。
「あ……あの、僕はこれで」
たまらず逃げ帰ろうとした僕の背後に、モッドガール姿の智菜がスッと立ち塞がる。
「まあまあ、先輩。せっかくですから、少しお礼をさせて下さい」
何を企んでいるのか、艶やかにほくそ笑む絶対零度の次女。
神を崇めるような三女。やたら強引な両親。そして、穴を埋めるIQ3……。
ああ、こうして僕は、なし崩し的に『カラマーゾフな姉妹』が巣食う魔窟の奥深くへと、連行されていくのだった。
第50話をお読みいただき、ありがとうございます!
読者の皆様の応援のおかげで、ついに50話の大台を迎えることができました!
もし「庭にシェルター掘るなww」「両親の諦めっぷりがリアル」「千葉くん完全に外堀埋められてる!」と楽しんでいただけたら、ページ一番下の【☆☆☆☆☆】を【★★★★★】にして、魔窟へ連行された彼を応援していただけると凄く嬉しいです!
皆様からの評価ポイントやご感想が、里見家の災害を更に激甚化させます。
次回、カラマーゾフな姉妹が巣食う魔窟の奥深くで、千葉くんの運命やいかに……?
引き続きお楽しみに!




